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第29話 “辺境の地”=深遠館

まったりかな?

 それから明石と昼食を取った。

 短い時間であったが、明石と話をして、スミレたちに対して彼女が行った行為は、彼女自身の思惑は何もなかった、本当に命令だったから行った行為だったとわかった。

 その為、スミレは、彼女に向けていた警戒をひとまずワンランク下げた。全く警戒を解かないのは、彼女はまた命令された場合、スミレたちを拘束するかもしれないとの疑いが残ったからである。

 理由はどうあれ、誘拐まがいの行為を命令されたからといって、実行した彼女を完全には信用できなかったのである。


(もしかしたら、この学園で過ごすうちに、私もそうなってしまうのかしら?)


 いやな疑問が頭をよぎる。

 スミレはそれを振り払うように、頭を軽く振った。

 今スミレは、明石に連れられ、“辺境の地”に向かっていた。


 学園の建物から歩いて20分。

 鉄門扉の内側には守衛室があり、予め渡されていた入門証を見せ、中へと入った。


「この建物は深遠館と呼ばれている。組織名は使わない。組織を指す時は、深遠館か単に研究所と皆言っている」

「組織名は伏せた方がいいのですね」

「いや、“辺境の地”なんて組織名、少し恥ずかしいから」

「‥‥‥わかりました」


 組織名を誰が命名したかは聞かないでおこう。

 気を取り直しスミレは、明石に連れられて建物へと入った。

 広く丸いエントランスは、やはり研究施設とは思えない作りだ。

 毛足の長い臙脂の絨毯。壁際の棚には、品がよい大きな花瓶。壁には油絵がかかっている。

 その中央に、1人の女性が立っていた。小柄な眼鏡をかけた若い女性である。


「ようこそ。深遠館へ。私はここで主任をしてます、新垣と申します。以後よろしくお願いします」

「東条院スミレです。こちらこそよろしくお願いします」


 差し出された手を握り、スミレも挨拶を返す。


「キロ、ここまで案内ありがとう。もういいわ」


 明石は頷くと、奥へと歩いて行った。


「片桐くんはもう来ているわ。行きましょう」


 新垣に促され、左に伸びた廊下を進む。

 着いていった先の部屋には、片桐が座っていた。

 部屋は15畳ほどの広さで、左側の壁には大きなホワイトボードがあり、中央には茶色の長いテーブルが二つ、くっつけてあった。その両側に椅子が5つ置かれている。

右側の奥の椅子に片桐が座り、左側の両端にそれぞれ女性が座っていた。


「片桐くんの隣に座ってちょうだい」


 新垣は席を示すと、自分も左の中央席に座った。


「改めまして。ようこそ。深遠館へ。ここでの目的は、工藤から聞いているわね。あなた方の能力の解明とその促進。そしてその能力を生かして貢献してもらうのが最終目標。いいわね?」


 隣の片桐と顔を見合わせて、頷く。


「では早速だけど、これが当分の間の、貴方たち2人の一日のスケジュールです。これに従って動いてください」


 新垣から渡されたのは一枚の紙。その中には一日のタイムスケジュールが載っていた。


「朝5時起床。ランニング5キロ、のち朝食。休憩を挟んだのち瞑想。8時から授業終了時まで学校。ランニング10キロ。筋力トレーニング後。能力カウンセリング。その後瞑想。夕食。勉強。就寝。ってどこの修行ですの!」

「ふふ。苦しいのは最初だけよ。若いんだから身体が慣れるのも早いわ。慣れれば、余裕もできるわ。大丈夫みんな乗り越えてるから」


 先程別れた明石から昼休みに聞いた言葉が、頭に甦る。

 香蓮に鍛えられた事があるとはいえ、かなりハードだ。

 男の片桐はともかく、スミレにはこのメニューきつすぎる。


「本当にここまで必要なんですか?」

「もちろんよ。異能を使うと体力をひどく消耗するのは、今までの研究でわかっているの。東条院さん、いえ、スミレさんと呼ばせてもらうわね。スミレさんも身に覚えがあるのでは?」

「いえ、私は特に。疲れるというのはないです」


 ただ、視えるだけだから。だからどうかお手柔らに頼みたい。

 護身術を香蓮から習っていたとはいえ、体力は人並みだ。一日15キロのランニング。気が遠くなる。


「あら、そうなの。すごいわね。でも、これから更にその力を使っていこうとしたら、体力がお粗末ではやっていけないわ。だからがんばってね」

「はあ」

「ね!」

「は、い」

 

 ずいと顔を近づけられれば、頷かざるおえない。


「案ずるより産むがやすしよ。さあ。時間は有限! 早く始めましょう。じゃあ、担当を紹介するわね。筋力トレーニング担当、名取郁子さんです」


 新垣の左に座っていた女性は突如立ち上がらると、自己紹介を始めた。


「よろしく! 名取です! さあ、早速始めましょう! 今日は2人がどのくらい体力があるかみましょう!倒れるまで走ってもらうわ! もちろん私も一緒に走るから、安心してね!」


 ベリーショートの髪がよく似合う背の高い女性が、元気いっぱいの瞳でスミレ達を見る。

 スミレは口がひくりと動いた。


(一緒に走るから、安心って? どういう意味?)


 脳筋。

 トレーニング馬鹿。


 スミレは慌てて頭からそれらの言葉を追い出した。認めたら負けのような気がする。

 ちらりと片桐の様子を見る。目がキラキラと輝いているのは気のせいだろうか。


「ランニングの前に後一つ。2人の能力の調査、育成については、こちらの内藤が受け持ちます」


 今度は、新垣の右手側の女性が、軽く会釈をする。


「内藤でーす。カウンセリングを重ねて、お2人が自覚している力を更に深く掘り下げていきましょう。また新たな発見があるかもしれません。よろしくお願いしますねー」


 優しそうな女性だ。ふんわりと肩でカールした茶色の髪がよりその印象を強くしている。

 話しやすそうでもある。

 自分をさらけ出す勇気が持てれば、自分の力についてわかるかもしれない。


「何か質問はある?」


 スミレは首を振った。

 もうここまで来たら、頑張るしかないだろう。


「ないんだね! よーし! さあ着替えてからランニングだ! ロッカールームを案内するよ!」


 名取は待ちきれないとばかりに、きびきびとドアへと向かう。

 新垣と内藤は、出て行く三人を笑顔で見送った。


 かくて、きついきつーいトレーニングの日々が始まったのである。



体力トレーニングってきついですよね。建は5キロ走れません。

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