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第27話 それぞれの思い

切ない回になりました。

 それから少し遅れて始まった引っ越し作業は、滞りなく進み、終了した。

 運ばれて行った荷物は、まだ見ぬ新たなスミレ、片桐の自室へと無事運ばれるだろう。

 明日から晴れやかに憂いなく、新天地で過ごせるかどうかは、工藤からの知らせいかんによる。


 スミレと片桐は、お茶を入れ、リビングに移動して、知らせを待つ。

 引っ越しに当たって運んだ物は、衣服や小物など自室で使っている物だけで、殆どはこのビルの部屋に残して行く。

 いつでも戻って来てよいという香蓮の計らいである。

 ありがたく思いながら、スミレは紅茶を飲み、ほっと一息ついた。

 コーナーソファの端に座った片桐も、紅茶をすすっている。


 片桐は基本無口だ。

 本当に必要な時にしか話をしない。

 元々の性格なのか。はたまた家庭の環境がそうさせたのか。

 後者ならば、ぜひとも改善してほしい。

 かといって、碕森のようになられたら、それはそれで困ってしまうけれど。


「なに?」


 いきなり笑ったスミレに不思議そうに片桐が尋ねた。


「いいえ。何でもないわ。それよりお腹すいてない? 何か作りましょうか?」


 片桐は頷き、少し考えて目じりを少し下げた。


「ホットケーキ」

「わかったわ。ちょっと待ってね」


 スミレは素直に自分の食べたいものを言ってくれた片桐に、和みながら立ち上がった。


 それから更に数時間が経ち。

 やっと待ちに待った工藤が、東条院ビル7に帰って来た。

 片桐とともに、朝と同様、香蓮の執務室に集まった。

 工藤は眉間に皺をよせて、スミレに告げた。


「実氏は入院を拒否された」


 スミレは一瞬呼吸が止まり、ソファから次いで立ち上がった。


「な、なぜですか!? 入院理由がうそだと、ばれたからですか?」

「違います。心臓に疾患があり、治療しないと後一月持たないと申し上げた。手遅れになる前に、このまま入院をしてもらうようにお話しました。実際実氏は私の目から見ても、かなり体調は悪そうでしたから、うそだとは思われなかったと思います」

「じゃあ、どうして!」

「実氏は、私の話をきいた時、それは嬉しそうに笑っていらっしゃいました。ああ、やっと妻のところに行けるのかと」

「なっ!」


 スミレは言葉をなくす。


「実氏はこうも言われました。妻のいないこの世に未練はないんだと。できれば早く妻の元に逝きたいのだと」


 工藤の話を、叔父はまるで吉報を聞いたかのように喜んだのだという。


「そして実氏は我々に向かって、深々と頭を下げられました。後一月、そうわかっているならば、いつ逝ってもいいように家族にきちんと挨拶できる、ありがとうと」


 スミレは愕然とした。

 折角今回こそ、死の予告を回避できるとか思ったのに。

 死に逝く者がそれを望んでいない。生きる事を望んでいない。

 ならなぜ、スミレは死の知らせを受けた。知らなければ、良かった。知らなければ、どうにもできない苦しみを味合わなくてよかったのに。

 自分は何のために。


「はあ」


 スミレは崩れるように、ソファに身体を落とし、俯いた。

 死にゆく人間を救えるならばと、代償に学校を変え、引っ越しまでし、今後の人生の方向性も変えたというのに、すべてが無駄だったのか。


「私の力は、結局誰も救えないのかしら。ただいたずらに人を不安にさせ、混乱させるしかできないのかしら?」


 良かれと思って動いた事が、空回りした。結果、得るものは何もなかった。

 今回表立って動かなかったおかげで、奇異な眼差しで見られることがなかったのが、せめてもの救いか。

 得体のしれない何か不気味なものを見るようにスミレを見る家族が脳裏に浮かんだ。


「違う。忘れた? スミレは俺を救った。スミレが気づいてくれなかったら、俺は壊れてた」


 口に出したつもりはなかったが、漏れていたらしい。今まで黙って聞いていた片桐が口を開いた。


「スミレはスミレの力で、俺を救いあげてくれた。それだけは忘れないでくれ」


片桐はスミレのソファに垂れていた手をぎゅっと握った。


「人を救うのは当たり前ですが、生半可な努力や覚悟ではできないということです。それでもスミレさんは、気づいたら放っておくことができないのでしょう。賞賛に値する資質です。ですがこの先も、失敗する方がきっと多い。そのたびに挫折感に打ちひしがれるかもしれない。それでもその悲しみや苦しみがあるからこそ、人はもっと努力する。乗り越えようと努力すれば成功する確率もあがる。逃げずに前に進むことができるか否か。今回は望む結果が得られなかったかもしれない。けれど、少なくとも叔父上本人は、感謝されていた。終焉にむけて準備ができると」


 工藤はスミレの目をまっすぐ見つめる。


「私たちの気持ちはどうあれ、本人は満足されていた。それは少しは自分を評価してあげていいと思いますよ。少なくとも、スミレさんが気づかなければ、実氏は残された時間を有意義に使う事がかなわなかったのですから」

「片桐くん、工藤さん」


 片桐と工藤の励ましに、スミレの目が熱くなる。


「そうだよ。それに今回の件で、スミレは自分の力と向き合おうという気持ちになったのもよかったよ。ずっと逃げていたら、これからの人生楽しく過ごせないじゃないか」


 香蓮がおどけたように両手を挙げた。


 やり切れなさは残る。まだ生きられる可能性はある。自分たちやおそらく叔父の家族は死なせたくない。


(けれど、本人は死を望んでいる)


 否。半身の元に逝くことを望んでいる。


 スミレは再度大きく息をついた。

 本人の希望を第一に考えるならば、納得するしかない。


 それから10日後、東条院実は、静かに半身の元へと旅立った。


世の中なかなか思い通りにいかないですよね。頑張れスミレ!

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