第12話 始動
「また、視たのかい。緑のやつを」
昨日作っておいたプリンを持って、東条院ビル7の最上階、香蓮の元へ、スミレは訪れていた。
珍しく執務室ではなく、プライベートエリアのリビングで、香蓮はくつろいでいた。
お茶を入れようとしたところで、ワゴンを引いて現れた黒川に促され、ソファに座り、先ほど片桐と同じ内容を話す。
「確か1度目に視た時には自殺、2度目の時には交通事故だったね」
「はい」
黒川が置いた紅茶の先にいる香蓮に頷いた。
「病気が原因の死となれば、一族の病歴などすぐに調べられ、検討できるが、突発的な原因も考慮に入れるとなると、特定は難しいかもしれんな」
そう。交通事故などが原因となれば、全くの健康体の人間の可能性も出てくる。
「加え、前の2回が親類だったからと言って、今回もそうとは限らないかもしれない。友人、もしくは知人、ちょっとした顔見知りだったものもスミレのセンサーに入っているとしたら」
「そんな! それはないのではないでしょうか? 今まで私が異変を感じたのは、身内に限られていました!」
「スミレ、片桐くんの事は?」
「あ!」
「そういう事だよ。もしかしたら、スミレの能力は進化してるのかもしれない」
「そんな事、そんな事ある訳ないですわ! 片桐くんの事は、そ、そう! たまたま、偶然視えてしまっただけで!」
「そのたまたまが、今回も発動していないとは言い切れないだろう?」
「でも! 何の訓練もしていないのに、能力が上がるなんて」
「スミレが強く嫌がるから、特に無理強いはしてこなかったけど、今後こういった事が続くようなら、能力について調べておいた方がいいね。そうすれば、対応も早くできる」
もう否と言える雰囲気ではない。
それはそうだ。なるようにしかならないと、割り切れるならばいい。
そうでないなら、ちゃんと対応できるようにしておかなければならなかった。
なのに、スミレは、逃げて。能力と向き合おうとしてこなかったつけが、今、来ている。
死の予告は誰をさしているのか。
それを突き止める為には、今まで怠って来た自分の能力を理解し、更に能力を高めなければならないかもしれない。
でなければ、誰に死が迫っているかはおろか、その死を回避する方法なんぞ見つかる筈がない。
(本当はこれ以上、人と違うようになりたくない)
しかし知り合いが死ぬのを黙ってみているしかできないなんて、もっといやだ。
「わかりました」
「よろしい。私も少しずつ調べてはいたが、中々進まなくてね。人外は管轄外だから。黒川」
香蓮の座るソファの後ろに控えていた彼が、香蓮の指示が聞こえるように、上体を倒す。
「東条院の親類はもちろん、スミレが接触した人間すべての近況を調べてくれ。それと同時にこの子の能力を調べる為の手配を頼む。それとできれば、死を予知された人物を特定できる方法も、併せて調べて欲しいね」
「かしこまりました」
黒川はすぐに部屋を出ていった。
「また、香蓮姉さまに、お手数をおかけしてしまって、申し訳ありません」
自分は彼女に負担をかけてばかりだ。
いつこの恩を返せる時がくるのか。
「ばかだね。子供は大人に甘えていればいいんだよ。そんなに気に病むなら、君が大人になった時に、目下の者に同じようにしてやればよいのさ。それに、これで親類の不幸が防げるなら、それに越したことはないからな」
「ありがとうございます」
「それで? 彼には話したのかい?」
プリンをスプーンですくいながら、香蓮は尋ねる。
「話したというか、その、動揺が隠せなくて、白状させられたというか」
「うむ。そして君がここにすぐ相談に来れたという事は、彼は信じてくれたんだね。でなければ、君は落ち込んでしまって、少なくとも私に話をしに来るのは、明日以降になっていただろうからね」
「忌避はされませんでした!」
「正直に言いたまえ! 100%信じてもらえたんだろう?重畳重畳。彼はこれでまたスミレの婿候補のステップを一段クリアしたと!」
ニヤリと香蓮は笑った。
「もう!ふざけないでください!」
「はは。悪かった。でもよかったじゃないか。これで理解者が増えた。今後も1人ずつでも増えていけばな」
それは何とも贅沢な望みだ。
香蓮や片桐のような存在が、砂漠に落とした一粒の宝石を見つけるように難しい事を、スミレは知っていた。
「今日はもう休みなさい。疲れた頭では良い考えも浮かばないよ」
「はい。ありがとうございます」
スミレはここに来た時よりも穏やかな気持ちで、立ち上がった。




