第11話 信頼に応えたい
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「そうね。どこから話しましょうか」
リビングのテーブルにカップを置いて、座り心地のよい橙色コーナーソファに背を預ける。
L字の短い方に座った片桐も、同様にカップを置いた。そして静かに彼女が話し始めるのを待っている。
もう逃げられない。緊張で身体が竦む。
心を落ち着けようとスミレは紅茶の入ったカップを取り上げ、目を閉じ香りを吸い込む。ダージリンの品の良い香りが、わずかばかりスミレの心をほぐした。
(さあ、覚悟を決めなさい、スミレ)
自分の秘密を話すのは、初めてではない。そして話して嫌われる事も。
また1人に戻るだけだ。この一月の穏やかな時間がなくなるだけ。
スミレの心臓が大きく嫌な音を立てる。
それを振り切るように、一口紅茶を飲み、口を開いた。
「私は高校に入学して、特にクラスメイトと親しくする気がなかった。だからクラスメイトにも、それほど気にかけてはいなかったの。高校三年間、ただ無難に過ごせればよかったの。そんな私がなぜあなたの体調不良に気が付いたと思う?」
ダークブラウンのテーブルにカップを置く。
「それはあなたが、とても無視できない状態だったからなの。私の目にはね。信じてもらえないかもしれないけど、私は人に視えないものが視えるの」
「人に、視えないもの?」
「そう。人じゃないもの。そうはいっても俗にいう幽霊というものはあまり視ないわ。私が視るのはそうね、妖精とも違う、精霊?しっくりする表現が見当たらないのだけど、不可思議なものよ。後、不思議な現象も見るわ」
「現象?」
片桐の眉間に、皺がよる。
「突然竜巻が起きるとか、晴れてるのに雷が落ちるとか、そんな大層なものではないのよ。小さい事、きっと注意しなければ見過ごしてしまうような、本当に些細なもの。でもそれは自然に起こりえないと思えるものよ。そういった現象については、それが起これば貴方にも見る事ができるわ。それを不思議に思うか否かは貴方の判断になるわね。おそらく私といれば、近いうちに見る事ができるわ。不可思議な現象についてはひとまずおいておきましょう。言いたい事は、後で聞くわ。今は不可思議なモノに、話を戻すわね」
片桐が頷くのを確認してから、スミレは続けた。
「私はね、自分の体調がすぐれない時、これ以上無理したらいけないという指針を持っているの。それが、小さき黒きモノたちよ。体長は3センチから4センチ位かしら。黒くて丸い毛玉のような姿をしているわ。それが体調を崩しそうな時に目の前に現れるの。注意しなさい、とでもいうようにね。最初は1つ。それでも無理を続けていると2つ3つ4つと増えて行くの。動きもね、私が無視してると、休めと主張をするように激しくなって行くわ。言葉は発しないけど。とても心配してくれてるのが分かるの。私はそれに根負けして、休むとそれはいつの間にか消えていくの。でもとても忙しい時、小さき黒きモノを無視して現れてた数は最大でも5つか6つよ。その時は本当これ以上は無理したら、病気になるかもと思うくらいだったわ」
スミレは一口また紅茶を飲むと続けた。
「今までその黒い子たちを見たのは、自分と家族に位のものだったの。だから、貴方の周りに視えた時には、驚いたわ。と、同時に怖かった」
「怖かった?」
「そうよ。だって貴方、黒い子たちに日に日に覆われていくんだもの。こんなにこの子たちが纏わりついている貴方の体調はどんなに悪いのかって。もしかしたら、死んでしまうかもしれないって思ったの。だからさっき言った自分の高校生活の目標を破っても、あなたに忠告したのに! 貴方は無視したわね」
その時の怒りを思い出して、スミレは片桐を睨んだ。
「ごめん」
「はい。謝罪は受け入れました。今は貴方が私の忠告を受け入れられないほど、追い詰められていたのがわかっているから許してあげる。でも、本当貴方が口も鼻も覆い尽くされてしまった時には、もう行動を起こすしかないって思ったわ。このまま放っておいたら貴方は死んでしまうって。そして今日に及ぶってわけね」
「それで、その黒いヤツは今も俺にくっついてる?」
「いるわよ。でも数は一時期より断然減ったわ。今はそうね1つ、2つ、くらいよ」
「体調はよくなったが」
「それは私が食べさせてるもの。よくなってもらわなくては困るわ。でも、まだ万全ではないという事ね」
おそらくフィジカルではなくメンタル面において、まだまだケアが必要なのだろう。
「それで、その他にはどんなものが視える?」
スミレは目を大きく見開いた。
「信じて、くれるの?」
片桐はあっさり頷く。
「その黒いヤツ、スミレに視えたから俺は助かった。視えなかったら俺、まだ地獄にいた。助けてくれた。だから、俺は、スミレ信じる」
スミレは呆然と片桐を見つめる。なぜこうもあっさり彼は自分を信じるのか。
家族でさえ、彼女の言を否定し、気味悪がって彼女を避けた。
そればかりか実の兄さえうそつきと罵倒したのに。
本当に自分を信じてくれるのか。本当に?
「この話をしてくれたのは、今日お前がおかしかったのと関連があるのか?俺以外にまた黒いヤツが憑いてるのを視た?」
スミレを見る彼の眼差し。その瞳は揺らがない。恐怖の色もない。
(ああ)
本当にスミレを信じてくれている。
(ああ)
片桐は、それがどれほどスミレにとって、貴重なものかわからないだろう。
どれほどスミレが望んだものだったか。
スミレは感情の高ぶりをおさええるように目を閉じ、俯いた。
「ありがとう」
スミレは息にのせて呟いた。
その一言に万感の思いを籠める。
「え?」
片桐が不思議そうに首を傾げる。
「何でもないわ」
わからないなら、わからないでいい。スミレだけがわかっていればいいのだ。
「そう、そうなの、今日も視たの。でも、黒い子たちじゃないわ。今日見たのは別のもの。それは緑の小さきもの。とても綺麗で儚いもの。けれど、それが告げるのは、死の予告なの」
「死の、予告?」
「そう、滅多に視ないわ。私も視たのは、これで三回目。だけど、緑の小さきものを視たら、必ず私の親類が不幸に見舞われる。これは絶対なの」
「わかった。それはいつ頃?まだ猶予はある?」
なぜこうも彼はスミレをすぐに信じてくれるのか。
ありがたいが、逆に騙されやすそうで、今後が心配になる。
「ええ。今日見たばかりだから、まだ猶予はあると思う。この後、前の二回通りならば、後、警告が2回ある筈。」
後二回、警告はやってくる。
「親類の不幸と言ったけど、実際は親類の死亡予告よ」
そう、あの緑の小さきものを視たら、確実に知人の誰かに死が訪れる。
自分にはどうしようもない。どうしようもできないのに、この予告は自分に何かせよ、回避せよとせっつくように現れるのだ。
過去最初の一回目は、この予告を見落とし、後悔した。もう一回はもがいて気味悪がられただけで終わったのだ。そうだ。過去の二回、結局自分は死を回避するどころか、何もできなかった。
この警告の性質が悪さは、誰の上に死が訪れるのか、ヒントを何も与えてくれないところだ。何もできずに終わり、無力感と罪悪感だけが心に深く圧し掛かる。
自分には何もできないのに、なぜ教える。なぜわかってしまう。なぜ視えてしまうのか。
苦しい。いっそわからなければ、視えなければ、苦しまなくてすむのに。
「もう3回目だから、これが死の警告とわかったけれど、私に何ができると思う?」
一度目は警告とわからず、二度目は闇雲に走り回って。
「香蓮さんにまずは相談。彼女は警備のプロ。親戚の状況なども調べてくれる。彼女はスミレの味方だろう?」
「そうね。前回は相談しなくて怒られたから、今回はしないとね」
「後はネットや本で、能力の事、調べてみよう。より深く能力を知れば、今回の件の解決策が見つかるかもしれない」
能力の探究。それはスミレが最も忌避してきた事だ。
しかし、そうも言っていられない。3度目だ。今回こそ、食い止めたい。
「阻止できれば、一番いい。けど、それが無理でも何かしらできる事を探そう」
そうだ。またあの無力感罪悪感を味わいたくない。
(なんて利己的な考え。死に行く人の事なんて考えてではないなんて)
スミレは自嘲する。
と、いきなりこつんと頭を叩かれた。
驚いて見上げると、そこには不機嫌な片桐な顔。
「そんなことない。スミレは人の為に動ける人。俺が一番知ってる」
まるで、今スミレが考えが分かったように言う。
この短期間で、彼はどこまで自分を信頼してくれているのか。
「考えるより動こう。時間がどのくらいあるのかわからないなら」
「言うようになったわね。元々そういう性格なのかしら?」
ならば、自分も応えたい。何より自分の問題だ。今度こそ、解決する。
何より今回は強い味方がいるのだから。
「香蓮姉さまに、話をしてくるわ」
「俺はネットで調べる」
2人は同時に立ち上がった。




