ナナのただならない放課後(前編)
とある日の朝、登校して自分の荷物棚にやってきたナナは棚の中に紙が置いてあるのに気が付いた。
”放課後、理事長室に来るように”
呼び出しは久しぶりだった。数週間音沙汰がなかったから。ナナは紙を制服にしまって、マキに声をかけなければと思う。マキは理事長には内緒の事件捜査の協力者だ。脅しのような形でそうなったが。
「ナナ、おはよ」
「おはよう、ユリー」
ナナは荷物棚から白い紙を取り出す。そこに文字を書いて、魔法で折りたたんでいく。それを見たユリーが声を掛けた。
「それ手紙飛行機?誰に?」
「マキ先輩に」
「ふうん、なんか随分と仲良くなったね」
「そ、そうかな…」
事件調査の件はユリーたちには秘密なので、ナナは少しぎくりとしつつ手紙飛行機をマキに飛ばす。ユリーはそれを眺めながら、ナナに話しかける。
「マキ先輩のお礼何にするかナナ決めた?」
「ま、まだ…」
疑似宝石を譲ってくれたお礼ということで、ナナたちはマキに何かひとつしてほしいことをしてもらえることになっていた。ちなみにユリーの案によりナナの紅玉をわからなくしたことについては何も言われなかった。本当に部のために疑似宝石が欲しかっただけかもしれない。そうだったら変に構えてしまって申し訳なかったと思う。
「やっぱ昼食奢ってもらおうかな、高いやつ」
「ふふ、いいね。わたしもそれにしようかな」
「予約すれば船盛してくれるらしいんだよね、食堂で」
「昼食に船盛食べるの?」
「そう、すっごく豪勢なやつ」
ナナとユリーが話していると、ナナの元に手紙飛行機が飛んできた。
”わかった。放課後、君に会いに行くよ マキ”
「なんて?」
「放課後、会いに来るって」
「ふーん」
ユリーは平然と返事をしたが、心の中ではマキ先輩もまめだなあと呟く。どんな感情かは知らないが、マキがナナを好んでいるのははたから見ていて明らかだった。ユリーはナナに尋ねてみる。
「いつもマキ先輩となんの話してるの?」
「えっ…えーと、魔法の話…?マキ先輩が作ってる魔法薬とか、授業の話とか、あと最新の魔法の研究の話とか…たまに街のご飯の話も…」
すごく普通だ。色気が何もない。ユリーはマキの思惑がわからない。
「あと、ユリーやセンカの話もするよ。マキ先輩からはカズラ先輩の話も聞くし」
「変なこと言わないでよね。でもカズラ先輩の面白い話があったら俺にも教えて」
「変なことは言ってないと思うけど…面白い話は…お昼食べる時にまた話すよ」
ナナは何かを思い出したのかくすりと笑った。まあとりあえずは穏やかな関係を築いているというところなのだろう。ユリーはひとまず安心する。
センカも言っていたが、ナナは少し普通ではないかもしれないとユリーは思っている。しかしこの同級生と過ごすのは結構気に入っていた。だから、ナナがマキと交流することでナナが泣くようなことにならないといいなと思っている。
「今度さ、マキ先輩の苦手なもの聞いてきて」
「えっなんで?」
「念のため…じゃなくて、できる人の苦手なものって気になるじゃん」
「まあ…そう、かな?」
弱みは握っておいて損はない。ユリーは今までだってそうしてきた。
「ちなみに俺は甘いものが苦手」
「ふふ、覚えておくね」
「ナナは?なんか苦手なもの」
「えっ?苦手な食べ物は…無い…かな」
「ふーん、じゃあ食べ物以外なら?」
ナナにとって苦手なこと。それは条件反射のようにナナの口からこぼれ出た。
「誰かが傷つくこと…」
ナナの返答にユリーは目を見張った。それを見て、ナナは返答を間違えたと慌てる。
「な、なんてね、えっとお化け!お化けが苦手」
ナナは今更遅いと思いつつ、取り繕うようにあははと笑う。ユリーはナナの顔を数秒じっと見た後、はっと鼻で笑う。
「あんなぼろい下宿先に住んでおいて?」
「あ、あそこはお化けはでないから…」
「わかんないじゃん」
ユリーは笑いながら、教室に行こうとナナを急かす。先ほどナナが零したことは聞いていなかったふりをしてくれるらしい。ユリーはそういうところがある。ナナはそれを有難いと思っていたし、それに甘えていた。
「この前掃除した物置から何か怖いもんとかでなかった?」
「怖い…あ、笑いのペンダントとか?」
「どこが怖いのそれ…」
ユリーはナナと言葉を交わしながら、先ほどナナが零した言葉を頭の中で反芻する。そして一人で納得した。ナナに対して危なっかしい面があると思ったことがある。きっとそこから来るものなのだ。
「そのペンダントの光を見ると、十秒間笑いが止まらなくなるんだよ」
「え、絶対?」
「そう、光を見た人は絶対」
「それは怖いわ。今度持ってきて」
「え、何に使うの」
「モミジ先生に光を見せる」
「ふふ、モミジ先生が笑うとこはちょっと見たいかも」
マキはナナの苦手なものを知っているのだろうか。知っていてほしいなと思う。そして見ていてあげてほしいと、ユリーはナナの笑顔を見ながら思った。
放課後、ナナは理事長室を訪れた。マキは本棟の入り口に待たせてある。マキが調査に加わっているのは、ザクロとナナだけの秘密であるからだ。他の教員に見つかるとナナの入学取り消しになる可能性があるとナナは思っている。
相変わらず理事長室にはベリアはおらず、代わりにいたザクロがナナにこう告げた。
「今回の調査は”ラギ・ヒーの失踪事件”についてだ」
「えっ」
ソニアの事件じゃないのか。ナナは不思議に思う。ナナの反応を見て、ザクロは頷いた。
「ナナが命じられたのは”ソニアの失踪事件”だもんな、変だと思うのは当然のことだ。だが、この事件は無関係じゃない可能性が高いんだ」
「…同一犯だと?」
「今回は目撃者がいてな。それこそ姿を消す直前まで」
ザクロの話だと、ラギは成人男性で姿が消える直前に同僚と翌日の会議の話をしていたらしい。そしてラギとその同僚が別れたあと、同僚が伝え忘れたことがあるからとラギを追いかけようとした。すると、路地裏に入ったラギが突然姿を消した。
「路地裏…突然…もしかして、転送魔法」
「ああ。ラギの行方不明届は今日出された。姿を消したのは昨日だ」
「…転送魔法の痕跡がまだ残っている可能性が?」
「それも含めて、調査しろというのが理事長からの伝言だ」
「はい」
「…ところで、今日マキ・オダはいるのか?」
「います。入り口のところに」
それを聞いて、ザクロははあとため息をつく。
「仕方ない、連れていくか…」
「先生、マキ先輩が勝手についてきた”体”で、ですよ」
「やむを得ないな」
ナナはザクロを肩に乗せて、本棟入り口まで行く。マキはナナの肩をちらりと見て、こう言った。
「ザクロ先生、僕の肩に乗られては?僕の肩の方が広いですから、安定するでしょう」
ナナはいきなり何を言い出すんだとマキを見て、その次にザクロを見る。ザクロはふうと息をついてこう言った。
「申し訳ないが、高いところは苦手なんだ」
暗に、ナナの身長は低いと言われた。ナナは事実だが釈然としない気持ちになる。
「そのうち慣れますよ」
「!」
にっこりと微笑んだマキはザクロをさっと持ち上げ、自分の肩に乗せた。ザクロは数十センチ高くなった視界に悲鳴をあげる。
「た、高い!お前、身長が高いな!」
「お褒めにあずかり光栄です」
「違う!」
「そ、それじゃあ行きましょうか…」
ナナとザクロを肩に乗せたマキは、飛行板で花の街の繁華街へと向かった。
前回同様空き地に飛行板を置いて、三人は現場となる場所へ移動する。
「ラギの同僚は、ラギがこの辺りで消えたのを見たそうだ。ちなみに魔法警察もまだ現地調査は行っていない」
「そうなんですか、初動が遅いですね」
「最近南の方で暴動があっただろう。人員をそっちに割いているらしい」
ザクロとマキの会話を聞きながら、ナナは路地裏を見渡す。
「…」
ナナは魔法で周囲の魔法の痕跡を探してみる。少し反応があった。しかし、それが転送魔法かはわからない。
「ラギは優秀な魔法使いであったそうだ」
ナナは壁に触れたり、地面に触れたりする。少しでも痕跡を見つけて帰りたいところではあった。
「勝手にいなくなるなんておかしいと、同僚が言っていたそうだ」
「その点に関してはソニアも同じですね」
マキは静かに頷く。ナナは考える。ソニアとラギはどうやって転送魔法にひっかかったのだろう。設置してあった陣に追い込まれた?でもそれだと関係ない人まで巻き込む恐れもあるだろう。それなら遠隔で誰かが見ていた?ナナは周囲を見渡した。
その時、羽音がして路地裏の上を鳥が羽ばたいていった。ナナは何気なくそれを見上げ、黒い鳥がこちらを見下ろしていることに気付いた。
「君、そちらには何かあったかい?」
マキがナナの方を見ると、ナナは上を見上げていた。マキはナナが見ている方向を見る。そこには、ナナを見下ろす黒い鳥がいた。マキはその鳥に対して違和感を抱く。何か変だ。生き物としての生気がなぜか感じられない。
赤い瞳を少し細めて、ナナは黒い鳥に話しかける。
「あなたね?」
そう言った瞬間、ナナの足元に魔法陣が浮き出た。ナナはそれを一目で把握する。
「転送魔法だ」
ナナは至極冷静に呟いた。転送魔法はすでに発動しており、ナナの足元は陣に飲み込まれている。今から抜け出すには少し厳しい。しかしこれでさらに事件の手がかりがつかめるかもしれない。
「君!」
転送魔法に気付いたマキがこちらに手を伸ばした。
「先輩」
でもナナはその手が取れない。なぜならマキを巻き込んでしまうから。
「わたしは大丈夫ですから」
ナナは笑ってそう言った。けれどマキは諦めなかった。
「馬鹿!」
マキは叫んで、飛び込むような形でナナの肩をつかんだ。ナナが何か言う前に、ナナとマキは転送魔法によってその場から掻き消えた。
「ナナ!マキ!」
マキの肩からふるい落とされていたザクロは、ナナとマキが消えた地面に手をつく。すでに二人の痕跡はない。転送魔法の陣も消えている。
「なんてことだ…」
ただ調査に来ただけのつもりだったのに。生徒がまた連れ去られてしまったかもしれない。しかも二人も。
「ああ、どうか無事でいてくれ…!」
ザクロは祈りながら天を仰いだ。頭上にいた鳥は、すでに飛び去っていた。




