ナナのただならない放課後(後編)
視界がひらけて、ナナは立ち尽くしたまま周囲を見る。薄暗い。しかしどこかに閉じ込められているわけではない。どこかの建物の裏手のような場所だ。周囲に目に付く危険はない。ナナはそう判断して、自分を力強く抱いているマキに声をかけた。
「先輩。マキ先輩、大丈夫です」
「…」
マキは深く息をつき、ナナを抱きしめたままこう言った。
「阿呆が…」
「すみません」
ナナは素直に謝った。
「何に謝ってる」
「転送魔法に気付けずに、まんまとかかってしまったことです」
マキは再び深いため息をついた。
「違う」
マキはナナを抱く手に力を込めた。
「僕が阿呆と言ったのは、君が一人で行こうとしたことだ」
「あの状況では仕方ないです」
口答えをするなと言いたげに、マキはナナの頭を軽く小突いた。
「仕方なくない。こうして僕が来れただろう」
「転送魔法中の対象に干渉するのは危険を伴います。今回はなんともなくてよかったですけど」
「転送先が危険地帯だったらどうする」
ナナは謙遜せずに答えた。
「わたし一人ならどうにかできると思ったんです。だから大丈夫だって言いました」
「大丈夫じゃない」
「え?」
「僕が、大丈夫じゃないから来たんだ」
マキの声が少し震えた。
「いなくなられたら、困る」
そうだ、マキは親しかった人が失踪している。また身近にいる人がいなくなったら精神的負荷がかかる。ナナはそう思って申し訳なさを抱いた。
「そうですね、すみません」
「わかったならいい」
「それで先輩」
「なんだ」
「そろそろ離れていただけると…」
「…嫌なのか」
「嫌というか…」
その時、足音がしてナナとマキは素早く離れて臨戦態勢を取った。足音はナナとマキがいる近くを通って行った。ナナとマキは顔を見合わせる。
「ここはどこでしょう」
マキは建物の影から顔を出す。やや古い建物が並んだ街並みは、学園の近くで見られるものではなかった。マキは近場の建物に住所が記されてあるのを見つける。
「ここは流星の町らしい」
ナナはその名前を知っていた。
「…花の都から飛行して二時間くらいかかるとこですよね?」
「そう。昔は花の都と同じくらい栄えていたが、人の流出が多く荒れていって、今は犯罪率が高い治安の悪い町だな」
ナナは顔色を悪くする。
「転送先がよりによって…」
「ひとまずここから離れるよ」
マキはナナの手を取って歩き始める。
「どこに行くんですか?」
「せっかくだし観光を、と言いたいところだけどね。それは日を改めて別の場所でしよう」
「改めるんですか…」
「流星の町にも役場か図書館かはある。そこで体制を整えて、ザクロ先生に手紙を飛ばそう。僕ら二人は無事だとね」
「は、はい。あ、マキ先輩、先に話しておきたいことが」
「なんだい」
マキは歩く速さを緩めてナナを見る。
「転送魔法は遠隔操作で発動されました。犯人は鳥の目を通してわたしたちを見ていました」
「なるほど」
マキは空を見上げる。もう夕暮れが始まっており、辺りは暗くなり始めていた。
大通りに出ると、役場の場所を示す看板があった。マキとナナはそれに従って、役場にたどり着く。マキはそこで役場の人にそれはそれは流暢に語った。
「学園の実習で転送魔法の練習をしていたら誤ってここに飛ばされてしまったんです。そのため手荷物が何もなく…先生に連絡したいので紙と書くものを頂けませんか?」
「あら~それは大変ね!ちょっと待っていてね~」
制服でサクラ学園の生徒だとわかることもあってか、マキの話はすんなりと受け入れられた。
役場の人から紙を受け取り、マキはザクロへの手紙飛行機を飛ばした。手紙飛行機は人よりも速い。マキとナナが花の街に戻る前にザクロに届くだろう。
「せっかくだし、ちょっとここで調べて行こうか」
「はい」
マキとナナは役場に置いていた新聞記事を手に取って、気になる記事がないか見てみることにした。
「あっさっきのサクラ学園の生徒さん、これよかったらどうぞ~」
ナナとマキが新聞記事をあさっていると、役場の人がやってきてお茶の差し入れをしてくれた。
「ありがとうございます」
「調べものするのは偉いけど、早めに帰った方がいいよ~この辺最近物騒だからさ~」
「そうなんですか?」
「そうよ、ちょっと前に行方不明事件があってから、なんか頻発しててね…みんな警戒してるのよ」
ナナとマキは目配せをし合った。そしてマキは役場の人にこう尋ねる。
「それは怖いですね…それって一体いつ頃ですか?」
「でしょう~え…三か月前くらいだったかな?」
マキと役場の人が会話するのを、ナナは隣で静かに聞いていた。人がいなくなる事件は、ここでも起きているのだ。
「ありがとうございます、気を付けますね」
「そうしてね~」
会話を追え、役場の人が去っていく。マキは三か月前の新聞をいくつか持ってきて二人でそれを読んでみる。
「あっ先輩、ありましたよ」
ナナがマキを呼ぶ。ナナの手元の新聞には、”魔法院研究者行方分からず”と書かれている記事が載っていた。
”流星の町にある魔法院で働く研究員、レン・モクが行方不明となっている。警察は捜査を行ったが、痕跡がつかめず情報を市民から集めている。”
”レン・モクは機密情報を多く所持していたことから、事件の可能性もあるとみて捜査を進めている。”
「なるほどね」
マキが頷いて、ナナが小さく震えた。
「もしかしてソニアさんを攫った犯人と同一犯ですか…?こんなに前から…?」
「どうだろうね、その可能性もあるし、全く無関係の可能性だってあるだろう」
マキは新聞の記事を別の紙に魔法で転写していく。そしてそれが終わったら、マキは記事を片付けていく。
「もう少し調べたいところだが、それは学園に戻ってからにしようか」
「はい」
ナナは窓の外を見る。もう日が落ちかけて辺りは夜の雰囲気だ。
「この時間には電車やバスはもうないだろうから、帰るとなると自力で飛行することになるけど、いいかい?」
「はい」
なんてことないと頷いたナナに、マキは笑みを浮かべる。
「頼もしいね。最長飛行時間は?」
ナナは正直に言おうかごまかそうか考えかけて、もはやマキの前ではごまかす必要がないんだと思い至る。
「半日は飛んだことがあります。休憩しながらですけど」
半日飛行し続けることができるのは、競技者や特殊な訓練を受けてる者くらいである。マキはそう思った。ナナはきっと後者なのだろう。
「じゃあ大丈夫そうだ」
「あ、でも先輩は大丈夫ですか」
ナナの言葉にマキは心外だというように鼻で笑った。
「僕だって三時間くらいは飛行したことがある。休憩ありでね」
ナナとマキは飛行板の貸し出し店に向かった。マキは店で二人乗りの飛行板を手に取る。
「同じ距離を二人で飛ぶなら、二人用の方がいいだろう。お互いの体力を節約できる」
「そうですね」
ナナはいざとなったら自分が飛び続ければいいとこっそり思った。多分体力に関しては、ナナの方がマキより上手だと思ったから。飛行板の貸し出し料はマキが支払った。マキはザクロに請求すると笑った。
「じゃあ前半は僕が飛ぼう」
「はい。お願いします」
マキが飛行板に前を向いて座り、ナナはその後ろに横向きに座り込んだ。
「さあ行こうか。君の素晴らしい飛行を見せてくれ」
そう言うと、マキの指輪の魔法石が強く瞬いた。飛行板はふわりと飛び上がり、さあっと空に向かっていった。
もう陽はすっかり落ちていて、辺りは暗い。
「どうですか」
「問題ない。余裕だね」
しばらく飛行していると、マキがナナに話しかけた。
「何か話してくれないか。その方が集中できる」
「え、はい。えっと…」
ナナは自分の整理のためにも、今日の出来事を振り返る。
「転送魔法の罠にかかるなんて、初めての経験でした」
マキが小さく笑う。
「同感だ」
無理に返事しなくてもいいですよとナナが言うと、マキはこっちは勝手にするから、そっちも好きなようにしてくれと言ってきた。ナナは頷いて、マキに独り言を聞かせるつもりで口を開く。
「転送魔法は発動するだけでも難しい魔法だと思います。成功させるとなるともっと難しい。私も何度かやってみたことはありますが、気力も体力も大いに使うし、成功率も高くないのでよっぽどのことがない限りはもう使わないと思います」
マキの返事はないので、ナナは続ける。
「そんな転送魔法を罠に使うなんて、よほどの熟練の魔法使いじゃないと無理だと思いました」
設置式の魔法はさらにまた難易度があがる。
「ソニアさんはとても優秀な方だったと聞きました」
「そうだね」
マキも独り言のように静かに相槌を打った。
「そんなソニアさんを誘拐できるのは、単純にソニアさんの魔法を上回る魔法が使える人なんでしょう」
ソニアは優秀と言っても、十代の子供だ。彼女よりできる魔法使いは、大人なら山のようにはいなくとも何人もいる。
「面と向かったら、わたしでも太刀打ちできないかもしれません」
「…君」
「はい」
ナナに顔が見られないのをいいことに、マキはとびきり苦い顔をしていた。
「そうやってわかっていたのに、あの時転送魔法でひとりだけ行こうとしたのか」
ナナは墓穴を掘ったなと思いつつ、今思ったことですとしれっと嘘をついた。そして流星の町に来てからずっと思っていたことをマキに言うことにした。
「先輩がついてきてくれてよかったです。ありがとうございます」
ナナには見えないが、マキが笑ったのが声音でわかった。
「そうだろう」
夜風が頬に当たる。静かで、気持ちがいい。ナナは薬学部に行った日の夜のことを思い出した。あの日のように、今なら何でも話してしまいそうな気分だった。
「マキ先輩は、変な人だと思います」
ナナが気付かない程度に、飛行板の高度がほんの少し下がった。
「普通の人はわたしが少し魔法ができるとわかると、そんな態度を取りません」
経験則からナナは言う。マキは、ナナが魔法ができることを隠していた理由を今知ろうとしていた。
「みんな、わたしを便利屋のように扱ってきました」
なるほど。とマキは心のうちで頷く。ナナがサクラ学園を受験することに決めたのは、その役目から脱したかったのだろう。そんな理由なら魔法ができることも隠していたのも頷ける。
「周りの人が悪いんじゃないんです。わたしがそういう態度でいるのが悪かったと今は思っています」
ナナはお人好しの側面がかなりある。断れなかったのだろう。薬学部に行った時もそうだった。
「でもわたしは…」
ナナは言葉の途中で口を閉じて、後方に目を向けた。何か気配を感じた気がした。
「どうした」
不自然に言葉を切ったナナの変化に気付いたマキが声を掛ける。ナナは後方から目をそらさずに、マキに返事をする。
「誰かついてきてます」
誰か。ナナの言い方からして、知り合いとかではなさそうだ。マキがそう思った次の瞬間だった。ナナの魔法石のピアスが強く光り、それと同時にナナが叫んだ。
「きます!」
何が、とマキが問う前にそれはナナとマキを襲った。マキは空気が震えるのを感じたが、自身への衝撃はなにもなかった。ナナが防護壁を魔法で展開していたからである。
「攻撃魔法か」
「はい。こちらを狙っています」
「まずいな」
マキは下を見る。下はぽつぽつと住宅が点在している地域だ。ここで降りてしまっては彼らを巻き込んでしまうかもしれない。
「方向転換をしてどこかでやり過ごすか」
「いえ」
ナナは身体の向きを変え飛行板に膝をついた状態で、マキと背中合わせになった。
「先輩はこのまままっすぐに飛んでください」
ナナは手を前に差し出す。防御壁を何種類か自分たちの周囲に展開しておく。
「わたしが先輩を守ります」
そう言ったナナの顔をマキは無性に見たいと思ったが、それどころじゃないことも理解しているためおとなしくそのままの姿勢でこう言った。
「わかった。僕は決して君を落としはしない。でもひとついいかい」
ナナは後方を見据えたまま返事をする。
「はい」
マキは前方を見据えたまま声をあげた。
「君は、君自身も守ること。いいね?」
ナナは思わず振り返りそうになった自身を止めた。そしてやっぱりマキ先輩は変な人だ、と思いながら力強く返事をした。
「はい!」
「良い子だ」
ナナはむずかゆい気持ちになりながら、改めて後方を見据える。暗くてよく見えないが、一人ではない。気配が三つほどある。相手がどれくらいの能力かわからないが、体力気力の無駄使いはできない。しかし、節約しすぎて、怪我を負うわけにもいかない。ちょうどいいところを見極めなければならない。ナナの神経が研ぎ澄まされていく。
最初の一発は小手調べだろうか。真剣にこちらを落とそうという意思を感じられる威力ではなかった。では次の一発には気を付けなければ。
遠くで一瞬何かが瞬いた。すると光の矢がナナたちに向かって真っすぐに飛んできた。ナナはそれを衝撃波で無効化しながら、次の一手を考える。
無属性の魔法では防戦一方になってしまう。しかし空中にいるから、地の精霊の力添えは期待できない。飛行に悪影響を与えてしまう可能性もあるから、風の精霊を呼ぶのも控えるべきだ。今の時間は夜だし、相手が光なら。ナナのピアスが光る。
「闇の精霊、一緒に遊ぼう」
マキはナナの言葉を聞いて、感心する。闇の精霊を用いる魔法は見境ない暴力的なものが多い。それは闇の精霊そのものの特性に近い。しかし相手は明らかに攻撃の意思があるし、空中なら自分たち以外は標的はいない。それなら好都合である。闇の精霊の魔法はその特性もあり制御も難しいが、ナナにとっては問題ないのだろう。ナナの言う、”ナナを便利屋として扱うみんな”の気持ちはわからないでもない。そんな人間逸材でしかない。でも先程のナナの言葉でマキは新たに決意をする。自分は絶対ナナの言う”みんな”に成り下がることはないようにしようと。
「っと」
また攻撃を受け、飛行が乱れそうになるのを抑える。マキの背後では何か壮絶な戦いが繰り広げられているのだろう。マキは飛行を続けることしかできないので、ただ見たいなあと呑気に思った。
少しして、ナナが呟く。
「三人いましたが、二人になりました」
「一人は逃げたのか?」
「おそらく。服を燃やしたので、飛べなくなったのかと」
ナナは淡々と状況を述べる。
「やるね」
「三人は全員で襲ってくる気配がありません」
「…ほう」
ナナの言葉にマキはいくつかの仮説を立てる。
「二人目が接近してきてます」
「気を付けて」
「はい」
二人目は先ほどの一人より接近してきている。遠隔魔法が得意ではないのだろうか。
「おっと」
何かが飛んできて、ナナは防御魔法で弾く。それはぱっと砕けて空中に散った。石か何かを飛ばしてきたようだ。そういう攻撃方法なら、こちらはこうだ。ナナのピアスが光り、再びナナたちの方に石のようなものが飛んでくる。
パリンと、ガラスが割れるような音がして石は跳ね返って発動者のもとに飛んで行った。瞬間を見極めるのは難しいが、うまくいった。跳ね返り魔法だ。
「もう一人も離脱していきます」
飛行板が破損でもしたのだろう、石を飛ばしてきた一人の高度が徐々に落ちていくのがナナに見えた。
「さすがだ」
「もう一人は…」
ナナが後方に意識を向けた時には最後の一人の気配はなかった。
「…?っ!」
あれと思った瞬間に、ナナは振り返る。最後の一人はナナが一人に気を取られている間に、マキの正面に回っていた。
「…!」
マキは最後の一人と目が合った。黒いフードが風にあおられ、顔が見えていたからだ。月のような黄金色の瞳に、紅茶のような色の柔らかい長髪。マキはその人を知っていた。
「…ソニア?」
最後の一人は魔法で作り出した大鎌でマキに攻撃を加えようとした。
「マキ先輩!」
ナナは立ち上がり、マキに覆いかぶさるようにしながら片手で防御壁を展開した。
「っく!」
大鎌は質量もあるので強力で、ナナは顔を歪めた。しかしこれで折れるような人間でははない。
「みんな!このお姉さんが遊んでほしいって!」
そう叫んだナナのピアスが瞬く。するとナナの周りを跳ねまわっていた闇の精霊たちが一斉にソニアの鎌に群がった。光輝いていた魔法の鎌は、闇の精霊に飲み込まれて夜の闇に溶けていく。マキはその光景を固唾を飲んで見守った。
鎌がほとんど闇に溶けたことで、鎌を持っていた一人はナナとマキから距離を取る。生気のない黄金色の瞳はしばらくナナたちを見ていたが、それ以上は何もすることなくゆっくりとナナたちから離れていく。マキは無駄かと思いつつ、女性の名前を叫んだ。
「ソニア!」
「えっ」
マキの叫びを聞いたナナが驚いた顔で女性を見る。ソニアと呼ばれた女性は、こちらを振り向くことなく夜の帳に消えていった。
「…追いますか?」
ナナがおずおずとマキに申し出る。マキは首を振った。
「敵の目的が見えない今、これで追いかけて罠にかけられても敵わない。今は帰って先生に報告すべきだろう」
そうは言いつつもマキはソニアらしき女性が消えた方向から目を離さない。
「本当にソニアさんだったんですかね?」
「あれはソニアだ。でもソニアじゃない」
マキはソニアの瞳を思い出す。ソニアのあんな生気のない目を見たのは初めてだった。いつも生き生きと輝いていたのに。
「操られているのではないかな」
ナナは身震いする。
「誘拐された人が操られている…?」
そう呟いて、はっとする。ソニア以外の二人もまさか。
「さっきの人たち、もしかして失踪や誘拐事件の被害者の人たちなんじゃ…」
マキも同じことを考えていたのか、深く頷く。
「可能性はあるだろうね。だが今考えても仕方ない。急いで学園に帰ろう」
マキはそう言って、結局学園まで一人で飛行を行った。二人とも考え事で精一杯で、会話はほとんど無かった。
サクラ学園に到着した時、時刻はすっかり夜だった。消えてるはずの学園の門には灯がついており、その灯の下でザクロが二人を待っていた。
「ナナ!マキ!」
「ザクロ先生!」
ザクロは二人の姿を見て小さい目に涙を浮かべる。
「よかった、よかった無事で…」
ザクロは二人を見て尋ねる。
「身体は大丈夫か?怪我はないか?」
「怪我はしてないです」
ナナが答え、マキが頷く。
「もう今日は遅いから、報告は明日でいいですか?」
マキがそう言うと、ザクロは頷いた。
「流星の町から飛んでくるのは疲れただろう。ナナは私が送るから、マキはもう寮で休みなさい」
「ありがとうございます。そうさせてもらいます」
マキは微笑み、学園の隣にある寮へと歩みを進めた。
「マキ先輩、ありがとうございました。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
マキはにっこり微笑み、ナナに手を振った。
自分の部屋への道のりがやけに遠く感じながら、マキは何とか自分の部屋にたどり着いた。
「マキ!遅かったな」
マキは同室のカズラに頷きで返事をして、そのまま寝台に倒れこんだ。
「マキ?」
「…ちょっと…寝かせてくれ…」
結果的に三時間近くも一人で飛行したことによる疲労がマキを襲っていた。ナナと一緒にいる間はなんとか耐えていたが、もう限界だった。マキはこれ以上指一本動かせない。そして数秒もたたないうちに、マキは眠りについた。カズラはそんなマキを見て、怪訝な顔をしつつ身体が冷えないように毛布をかけてやる。
「何があったか知らんが、おつかれ」
翌日、夜更かしをしたカズラが昼前に目覚めるとマキの姿はもう部屋になかった。机の上に魔法薬の空き瓶が置いてあり、カズラはマキが気つけに飲んだのだろうとため息をつく。
「…本当に何やってんだ?」
マキは花の街の図書館に、開館時間に合わせて入館していた。新聞記事がある一角に座り、何枚もの新聞をめくる中気になる記事は書き留めていく。
「…ふう」
マキは息をつきながら紙をめくる。正直疲れはまだ残っているが、調べないと気が済まなかった。自分たちが転送された流星の町は犯人にとって重要な場所の可能性が高い。じゃないと転送されただけのナナとマキをわざわざ襲いになんてこないはずだ。犯人が消そうと思うくらいに自分たちは事件の神髄に近付いているのかもしれない。
マキは資料をめくりながら、魔法で紙にペンを走らせる。文字でいっぱいになった紙は、片っ端から折りたたんでいく。
「……この人も魔法が得意だった……突然姿を消し………」
思考から漏れ出た言葉がマキの口から出ていく。
「…魔法ができる人間を集めて何かしようとしているのか……」
一体誰が。転送魔法、操り魔法、そんな高度な魔法が使えるのは学園長みたいな優秀な魔法使いか魔法を研究している魔法院の限られた人間くらいだが。
「……魔法院…」
そういえば。マキは何かを思い出して、資料を取りに行くために席を立つ。
「……まさか、いや…」
マキは呟きながら歩みを進める。深く考えこんでいたから、昨日の疲れが残っていたから、マキは気付かなかった。
マキの背後から影が近付いていた。影はマキを取り囲み、そのまま暗闇へと消えていった。




