マキのいない日
流星の町に転送された翌日は休日だった。ナナはいつもよりは少し遅く目を覚まし制服に着替える。ザクロに報告するためにサクラ学園に出向こうとして、昼前に下宿先を出たナナのもとに、手紙飛行機が一つ届いた。
手紙飛行機を開くと、そこにはマキからナナへの手紙が記されていた。
”おはよう。体調は大丈夫かな。僕は調べものをしに市立図書館へ行く。流流星の町に手がかりがあるように思う。一応身の回りには気を付けて。 マキ”
昨日の夜別れた時、マキはかなり疲弊しているようだった。それなのに朝から動いて大丈夫なのだろうかとナナはマキを案じた。あとで図書館に様子を見に行こうとナナは思い、今はサクラ学園を目指した。
「そうか、それは大変だったな」
一通り話を聞いたザクロはナナを労った。
「そうですね、まさか襲われるとは思いませんでした」
ザクロは難しい顔をして、小さい腕を組んだ。
「今後はナナとマキの顔はもう犯人と思われる誰かに把握されていると思った方がよさそうだな。学園内は結界が貼られているから大丈夫だとは思うが、学外に出るときは学園の防護魔法具を持ち歩いてもらうようにしよう」
ザクロは魔法具を持ってくると言って、ナナを理事長室に残して出ていく。ナナはそれを静かに見送りながら、考えに耽る。ナナの下宿先は、学園寮と違って学園の結界内ではない。しかし昔に住んでいた魔法使いが残した結界により学園並みの防犯対策が取られていると大家が言っていた。だからなのかはわからないが、昨晩は何もなかった。
「…あれ」
そういえば、マキは今学園外に出ている。市立図書館は市のものなので防犯は皆無ではないが学園よりは弱い。何よりいろんな人が出入りするので完璧な防犯対策は難しい。マキはナナより劣るが、魔法はできる人だ。しかし、昨日の飛行魔法で随分疲れていた。
「………」
ナナはざわりと胸騒ぎがした。やがてザクロがナナとマキの分の防護魔法具を持ってきた。
「付けていれば、持ち主を守ってくれるものだ」
「ありがとうございます」
ナナはそれを受け取って、急いでマキのところに向かうことにした。すると学園と出る時に後ろから声を掛けられる。
「ナナ!」
ナナが振り返ると、カズラが小走りで駆け寄ってきた。
「こんにちはカズラ先輩。どうかしましたか」
「ああ。聞きたいことがあってな、マキを見てないか?」
「今日はまだ会っていませんが、市立図書館にいると思います。今から行こうと思ってたんですけど」
カズラは首を傾げる。ナナは嫌な予感がした。
「図書館なら届くはずなんだがな…」
「…何がですか?」
カズラは片手に持っていた手紙飛行機を持ち上げる。
「用事をマキに伝えるために飛ばしたんだが、宛先不明で戻ってきたんだ」
ナナの心臓が嫌な音を立てた。
「俺も一緒に行っていいか?」
「はい。急ぎましょう」
ナナはそう言うや否や駆け出した。魔法で強化しているのか常人より明らかに速い。カズラは何かが起きていることを察し、何も言わずにナナを追いかけた。
図書館についたナナとカズラは、マキを探した。しかし、マキの姿はどこにもない。図書館の人にマキのような人を見たか尋ねると、こう返ってきた。
「ああその人なら入館と同時に来ましたよ。でも全部の資料開いたまま置いたままでどっか行っちゃったみたいで。次はそういうことしないでって言っといてください」
ほかの利用者から邪魔だと言われたので、資料はすでに片付けたと言う。
「…はい、すみません…」
ナナの顔色はどんどん悪くなる。それを見たカズラはナナに尋ねる。
「…何かあったのか?」
ナナは静かに頷いた。そして図書館を出て、カズラにこう言う。
「マキ先輩は必ずわたしが見つけます」
ナナはカズラにそう言った。カズラはナナの目があまりに真剣で強い光を放っていたのでそうかと頷くことしかできなかった。
「何かわかったら教えてくれ」
「はい」
カズラはナナに深く尋ねることなく、一度寮に戻っていった。ナナは、ザクロに手紙飛行機を飛ばす。
”マキ先輩が攫われたかもしれません。犯人はおそらく昨日襲ってきたひとたちと関係があります。わたしはマキ先輩を捜索します。何かわかればまた連絡します。”
そしてナナはゆっくりと深呼吸をした。焦る気持ちはあるが、焦っては本来の力が出せない。努めて冷静に、そしていつも通りに。そしてナナの魔法石のピアスが輝いた。
探し人の魔法、追憶魔法、折り返し魔法、足跡魔法、ナナは手がかりを見つけるために片っ端から魔法を使っていく。
「…っ」
しかし痕跡が見つからない。ソニアやラギの事件と同じだった。ナナは魔法が少し得意とは言っても、ナナの魔法くらいは魔法警察も使える。使ったのに、いなくなった人たちは見つかっていない。
「……マキ先輩…」
最近は一緒にいることが多かった。それなのにこんなに簡単にいなくなってしまうなんて。予測できなかった自分にも腹が立つ。どうして守ることができなかったんだろう。何かあったらどうしよう。このままずっと見つからなかったらどうしよう。マキと一緒にいることにすでに慣れてしまっていたナナは、マキがいない毎日に耐えれないような気がした。
ナナは徐々に焦る気持ちが大きくなるのを感じながら、それでも魔法をやめなかった。そんなナナのもとに、手紙飛行機がひとつ届く。
「…?」
”寮に来てくれ。見せたいものがある”
カズラからだった。ナナは魔法を中断して、学園寮に向かってみることにした。
「まだマキは見つかってないよな?」
「はい…」
「これがな、寮の入り口に大量に届いていた」
マキは折り目がついた紙束をナナに手渡す。
「マキが飛ばした手紙飛行機だ。自分の部屋宛に飛ばしてたんだろう」
「あ、ありがとうございます」
ナナはカズラから紙を受け取って、ざっと目を通す。流星の町についてと、失踪事件についての情報がぎっしりと書かれている。
「わざわざ自分の部屋に飛ばすなんて、自分に何かあると予想してたんだろうな」
「…」
「力が必要になったら俺にも言え。助けになるかはわからんが」
「はい、ありがとうございます」
ナナはカズラにお礼を言って、紙の束を大事にしまった。もうなりふり構ってはいられない。ザクロからの返信で”無茶をするな”と言われていたが、今無茶をしなくていつするというのだ。ナナはザクロから受け取った魔法具を取り外す。
「見つけられないなら、来てもらうしかないよね」
ナナはそう呟いて、何かを探すように空を見上げた。
その日の夕暮れ、ナナは人通りの少ない道を本を抱えて歩いていた。昼間に魔法をたくさん使い、その後は図書館にこもり切りでナナは体力を少し消耗していた。
「おっと…」
地面の小石につまずいたナナはふらついて、地面に手をつく。
「…ふう」
ナナは休憩がてら近くの花壇の縁に腰かけて息をついた。どこからどう見ても平凡なひとりの少女である。親しい先輩がいなくなってしまって必死に探して、結果疲れ切ってしまった小さい哀れな女の子である。
「…すん」
ナナはそこに座ったまま小さく鼻をすすった。そして膝を抱えて丸くなった。辺りはもう薄暗くなっている。周囲にナナの他に人はいない。
機は熟した。群れにいた一羽の小鳥が、弱弱しい少女の姿を捉えた。
「行け」
命令によって、物陰に隠れていたフードを被った三人がナナのもとへ静かに向かう。少女はそれに気づいていないのか、小さくなって座り込んだままだ。
フードを被った一人がナナに手を向ける。次の瞬間、辺りに砂ぼこりが舞った。
「きゃあ!」
砂煙の中から少女の悲鳴が聞こえ、近くにいた小鳥たちが飛び去って行く。砂煙が収まった時、そこには誰もいなくなっていた。
気絶したふりをしていたナナは、飛行板に乗せられて空を飛んでいた。
「…」
ナナはこっそりと目を開いてフードの三人を確認する。どう攫われるかはいくつか予想していたが、今回は気絶させて飛行という形らしい。焦ってはいけない。今はただかよわい少女を演じ、犯人たちの根城にたどり着くのを絶対としなければ。
もう随分飛んでいるような気はするが、フードの三人は一言も言葉を交わさない。彼は今も操られているのだろう。気絶したふりが通用したのは、好都合だった。土埃の中、地面に転がったナナを一人があっさりと持ち上げ、そのまま三人は飛行術で空に飛びあがったのだ。普通なら本当に気絶するか確認しそうなものだが、そうではないということはそういう難しい命令はできないのではないかとナナは推測する。
ナナが路上で足を抱えて丸くなっていた時に、近くでこちらを伺う小鳥がいた。前と鳥の種類は違うが、あれが犯人だろうとナナはほとんど確信していた。今までの使っている魔法から、犯人は結構優秀な魔法使いだとナナは予想している。マキの資料にも同じようなことが書かれていた。
そんな優秀な魔法使いが、さらに魔法使いを集めて一体何をしようとしているのか。想像するだけで恐ろしい。
「…!」
ナナは徐々に高度が下がっているのに気が付いた。流星の町までほどの距離は飛んでいない。しかし花の街からは遠く離れているだろう。
その時、突風が吹いて飛行板が大きく揺れた。
「!」
固定されていないナナの身体が、飛行板から投げ出される。これは想定外だ。ナナは冷静にそう思いながら、魔法を使わざるを得なかった。ナナのピアスが輝くのを、フードの三人が見る。落下の衝撃を風魔法で緩和させ、ナナは地面に着地した。
「…」
ナナは辺りを見渡す。林の中だ。近くに人の気配はない。ナナはほっとした。これならだれも巻き込まなくて済みそうだ。頭上から降りてくる三人をを見据え、ナナは呟いた。
「悪いけど、容赦しないよ」
言葉通り、ナナは容赦をしなかった。数分もかからず、ナナは攻撃してきた相手三人を魔法で拘束した。暗い地面に転がった三人は静かだ。ナナが顔を見ると、三人とも目をぼんやりと開いたままでそこに意識は感じられない。
洗脳魔法だろうか。洗脳を遮断するために、ナナは魔法で三人を眠りの世界に落とす。ひとまずはこれで動けないはずだ。
しかしこれで洗脳魔法をかけた犯人は、何かあったことに気付くだろう。ナナが逃げ出したことを気付かれるのはまだ早い。ナナは林の木の葉を集めて、ナナにそっくりの人形を魔法で作り上げる。それに追跡魔法をかけ、自分には隠れ蓑の魔法をかける。優秀な魔法使い相手なら通用しないが、この三人にならきっと通用する。
「ふう」
ナナは一息をついて、夜空を見上げた。こんな夜は、サクラ学園受験前日のあの夜を思い出すとナナは思う。あれはひどい夜だった。今日はまだましだけれど。昨日とは大違いだと、ナナはマキと飛んだ夜空を思い出す。
「マキ先輩…」
ナナは祈るように、空に向かって呟いた。
”狩り”に出していた三人の通信が一時的に途切れ、何かあったのかと気を揉んでいたが再び三人の通信が復活した。目的達成の合図も送られてきたので、あの”赤い瞳”の魔法使いを捕縛し、監禁することに成功したらしい。
「手こずらせやがって…」
鮮やかな桃色の瞳は憎しみに染まっている。
「でもいい駒が手に入った…」
紫の駒に、今回の赤い駒。きっと役に立つだろう。
「今に見てろ、ベリア…」
全てはあの憎たらしいほど輝いていた翠の瞳の魔法使いの息の根を止めるため。己の復讐を達成させるため。




