ナナの憧れ
昼食の時間、サクラ学園の食堂でユリーとナナは向かい合って座っていた。ユリーは焼き魚定食で、ナナはオムライス定食にしていた。
「どうかしたの、ナナ」
ナナの匙が動いていないのを見て、魚の骨をちまちまと取っていたユリーが声をかけた。ユリーとナナは魔法薬学の授業を契機に行動をよく共にすることになっていた。
「う、ううん。なんでもないよ。ちょっとぼんやりしてた」
ナナはそう言ったが、本当のところは昨日の放課後のことを考えていた。昨日はザクロ先生とソニアが失踪した日の足取りを追っていた。追想魔法を行って、ソニアが転送魔法にかけられたのではというところまでわかった。それはよかった。それなのに。ご飯が乗った匙を、ナナは持ち上げられない。不安ごとでお腹がいっぱいなのだ。
「…」
「ナナさん、ごきげんよう」
特徴的な口調で誰かすぐにわかる。ナナは急いで顔をあげ、センカに挨拶を返す。
「おはよう、センカ」
「お隣よろしくて?」
「うん、いいよ」
センカはお盆をナナの隣に置いて、優雅に椅子に座った。センカの昼食は焼肉定食だ。もっと洒落たものを食べそうなのにとナナは密かに思った。ユリーはセンカを見て、首を傾げる。
「春組の人だよね。いつの間に知り合ってたの?」
「選択授業で話しかけてくれて…」
「ふうん、ナナにわざわざ話しかけるなんて、何か目的があったの?」
ユリーは悪意を持っているわけではないのに、相手を煽るような言い方をするのでナナは時々冷や汗をかくことがある。しかしセンカは特に顔色を変えることなくこう言い返した。
「まあ!なんて言い草でしょう。私はナナさんがいかようにしてマキ先輩とお近づきになったのか知りたかっただけですわ」
「合ってるじゃん」
それでいいのかと半眼でユリーがナナを見る。ナナは苦笑いをして構わないと頷く。
「こんなわたしと話してくれるだけで十分だから」
ユリーは方眉をぴくりとさせるが、ナナの言葉には突っ込むのをやめて骨を取った魚の身を口に運びながらこう言った。
「ナナ、この人気を付けたほうがいいよ。結構面倒くさいって聞いたことある」
「ユリー、そんな言い方…」
ナナがさすがに咎めようとすると、隣からふふふと笑い声が聞こえる。
「あら。私もあなたのことを存じてましてよ。ユリー・クロさん。ちょっかいをかけたら噛み返される厄介な子犬のようだと」
「せ、センカ…」
一触即発かと思いきや、二人は頷きあって微笑んだ。
「いい度胸してるね」
「そちらも。いい根性をお持ちのようで」
「……気が合うならいいけど…」
ナナは若干呆れつつ手元の匙を見る。不思議と今なら食べられそうだ。ようやく匙を動かし始めたナナをユリーが満足そうに見て、サラダを食べ始めたセンカに話しかける。
「俺のことはユリーでいいよ。センカだっけ?」
「ええ。そういえば、中等部からお見掛けはしていましたけど、自己紹介するのは初めてですわね」
センカの言葉にナナが目を少し大きくする。
「二人とも、中等部が同じなの」
ユリーが味噌汁を飲み込んで、頷く。
「うん。鍵の蕾学園。知ってる?」
「し、知らない…」
ナナは首を振る。ナナは地方出身で花の街に来たばかりなので、学園周辺のことしか知らなかった。ユリーはそこそこ大きい自分の学校が知られていないことを不思議に思いかけてあっと声をあげる。
「もしかしてナナって花の街出身じゃない?」
花の街出身者は、地上にいる人間全員が花の街出身だと思い込みがちであった。
「うん。二人は花の街出身なの?」
「俺は花の街出身」
「同じくですわ」
ナナは二人が都会っ子なのを知り、途端に二人が輝いているように見えた。
「ナナさんはどちらの出身ですの?」
センカが上品に定食を食べ進めながらナナに尋ねる。ナナは眉を下げて声が少し小さくなる。
「す、すごく田舎で…場所言っても二人にはわからないかも」
するとユリーとセンカは自信有り気にこう言った。
「聞いてみないとわからないよ!教えて教えて」
「ええ、私も知識には多少自信がありますわ」
ナナはおずおずと二人に伝える。
「トリの島の、水面の町ってところなんだけど…」
陽の国は、四つの島で構成されている。北にある、ネズミの島。南にある、ウマの島、東にあるウサギの島、そして西にあるトリの島だ。花の街があるのは、ウサギの島で一番大きく、人口も最も多い。逆にトリの島は四つの島の中で一番小さく、山も川も多いので人が住む地が少ない。
「みなもの町…」
ユリーとセンカは明後日の方向を見た後、お互い目配せをしあった。それをナナは苦笑いで見る。
「わからないのも仕方ないよ、本当に小さな町なの」
ユリーとナナはしょんぼりと眉を下げる。
「申し訳ありませんわ、わかると思いましたの」
「俺も…どんなところなの?」
「私も知りたいですわ。どういう町ですの?」
ナナは二人が自分の町に興味を持ってくれたことを嬉しく思った。ナナは地元の町を思い浮かべながら、半分ほど食べ進んだオムライスをつつく。
「名前の通り、町は水が豊富で…大きな湖が近くにあってね。水が綺麗だから自然も豊かで食べ物もおいしくて」
ナナは水面の町が好きだった。いつも町は澄んだ空気で満たされていて、空が綺麗だった。
「古くに出来た街だから、どこの建物も結構古いんだけど趣があってね…町の人たちは植物が好きな人が多いから、どこ行ってもどの季節でも花が咲いてて」
ナナは地元の好きなところを二人に語った。ユリーとセンカはナナの話を相槌を打ちながら熱心に聞いていた。
「本当に綺麗なところなんだよ。機会があれば写真見せるね」
「いいなー行ってみたい」
ユリーが感嘆する。センカはナナに尋ねた。
「いい場所ですのね。そこからここに出てくるのには、勇気がいったんじゃありませんの?」
「う、うん。でも、違うところで新しい生活がしたくて」
「心機一転ってやつだね」
「そ、そう。都会ならわたしの憧れの生活ができるかなって…」
するとユリーが面白げにナナに尋ねた。
「へえーナナの憧れってどんな?」
「えっと…友達を作って一緒にご飯食べたり、どこかにお出かけしたり…あと素敵な恋とかしてみたり…」
ナナは少し照れながら自らの憧れを語った。まさに今していることも憧れの生活そのものである。それをにこやかに聞いていたユリーとセンカは少し首を傾げる。
「その生活は地元ではできないんだ?」
突然ユリーに核心を突かれて、ナナはしまったと思った。そこを掘り下げられると、話すことがたくさんある。ナナは表情に出さずに緊張した。
ナナにはサクラ学園で憧れの生活をするために、なるべく隠しておきたいことがいくつかあった。
生涯秘密にしておきたいというわけではなく、時が来たら全然話すつもりはあった。けれど、まだ早いような気がする。だってまだ知り合ったばかりなのだ。すごく普通に知り合ってくれたユリーとセンカの今の関係をもう少し続けたい。
密かに焦る中、でとりあえず回答をひねり出す。
「い、田舎だと…ちょっと…そ、それよりわたし、二人の話も聞きたいな。二人が住んでた場所はどういうところ?」
ユリーとセンカはひっかかりを感じつつも、ナナに自分たちの住んでいたところを話すことにした。
「花の街出身って言っても、花の街も広いからね。俺は北区出身。センカは?」
「私は西区出身ですわ」
「へ、へえ」
センカはナナに花の街について丁寧に教えてくれた。花の街は、北区、南区、西区、東区から成り、サクラ学園があるのは東区。東区は学園や商店が一番多く集まっており、人も多い。他の区はそこまで大差はないという。またそれぞれの区には名産や名物料理なんかがあるという。
「鍵の蕾学園は北区と西区の境目にあって、両方の区の人たちがいたんだ」
「ユリーさんは目立つ生徒でしたから私でも存じていましたの」
「俺に言わせればセンカも大概そうだよ」
二人とも目立つ生徒だったらしい。二人の中等部の様子がありありと想像できて、ナナは可笑しくなった。
「鍵の蕾学園の人でサクラ学園に進学する人は多いの?」
「さすがに多くはないんじゃない。サクラ学園だしね」
「そうですわね。もう一人くらいはいたような気がしますけど…」
サクラ学園は難関校だ。受験できる生徒は限られてくるとセンカは言う。
「というか、ナナはよくそんな田舎の方からサクラ学園受験できたね」
ユリーは素直に疑問を口にした。再び核心に近いところを突かれ、ナナは少したじろぎながら答える。
「わたしは…サクラ学園を受けられる…ぎ、ぎりぎりだった…」
ぎりぎり嘘にならない回答をナナは選ぶ。まだ二人には隠しておきたいことがあるが、嘘は絶対につきたくなかった。
「へえーでもそれで補欠合格にはなったんだから大したもんだよね」
「えへへ…」
「地元を離れたということは、ナナさんは寮に入っていますの?」
サクラ学園には併設の寮がある。地方からくる生徒はほとんどがそこに入寮する。
「あ、入りたかったんだけど…定員で…」
「そうなんだ。じゃあどっか借りてるの?」
「うん下宿」
「一人暮らしいいな!俺、今度遊びに行っていい?」
「男性一人で女性の部屋に行くものではありませんわ。その時は私もご一緒します」
「う、うん!いいよ」
「その時は僕もご一緒してもいいかい?」
盛り上がっていた会話に割り込んできた声の方を、三人は一斉に見た。
「?」
「!」
「うっ」
ユリーが首を傾げ、センカが歓喜と驚愕の表情をして、ナナは眉を潜めた。
「やあ、こんにちは。盛り上がってるね」
マキはナナに爽やかな笑顔を向けた。
「ま、マキ先輩…」
「こんにちは」
「こんにちは…」
「君の友達?」
マキが目を向けると、センカは両手で顔を覆った。
「せ、センカ?」
「こんな近くで直視しては恐れ多いですわ…!」
「そんな感じなんだ…すみません。こいつのことは気にしないでください」
ユリーがセンカを呆れた顔で見つつ、マキに軽く頭を下げる。
「ナナと同じ教室のユリーです。こっちはセンカ」
マキがナナを見る。ナナは少し胸を張ってこう言った。
「わ、わたしの友達です!」
「そうかそうか」
マキは笑顔で頷いて、机の上を指さした。
「話で盛り上げるのはいいけど、そろそろ昼食の時間終わるよ」
途中から話が盛り上がり、ナナたちは食事を進めるのを忘れていた。
「そうだ、次実験だった。ナナ、急ぐよ」
「う、うん。ほらセンカも、まだお肉残ってるよ」
「む、胸がいっぱいで…」
「お腹はあいてるでしょ。早く食べな」
マキは食べ始めたナナの隣にかがんで、少し声を抑えて囁いた。
「放課後、会いに行くからね」
「………」
オムライスを口にいっぱい入れていたナナは返事ができなかった。マキはナナの返事を待つことなく、自分のお盆を持って颯爽とその場を去っていった。
「…マキ先輩なんて?」
さっさと定食を平らげたユリーが、ナナに尋ねた。
「…」
ご飯を噛みながらナナはなんて言おうかと少し迷う。ユリーは何かを察して少し目を細めてさらに尋ねる。
「脅されてるの?」
脅されていると言えばそうだが、それを言うとさらに不都合なことになってしまう。ナナは首を横に振った。
「それならいいけど、困ったことがあったら俺に言いなよ。先輩だろうと蹴散らしてあげる」
なんて頼もしい。ナナはユリーに感謝の念を抱きつつ、そんなことをユリーにはさせられないと思う。ご飯を飲み込んで、ナナは笑う。
「うん。ありがとう」
そしてナナの隣でようやくセンカが動き始めた。
「わ、私も」
「センカはもう蹴散らされてるじゃん」
「心の準備をしていたら大丈夫ですわ。私は次の授業は急ぎませんから、お二人は先に行ってくださいまし」
センカの定食はまだ残っている。ユリーとナナはそうすることにした。
「じゃあね、センカ」
「またね、センカ」
「ええ」
ナナとユリーはセンカに手を振って、食堂を後にした。一人残ったセンカは、先ほどのマキの顔を思い浮かべる。
「はあ…マキ先輩、麗しいお方ですわ…」
そう呟きながら、うっとりと白米を口に運んだ。




