ナナの友だちできるかな
朝、サクラ学園の門をくぐると同時に、ナナに声を掛けてくるようになった人がいた。
「やあ、おはよう」
綺麗な笑顔で爽やかに挨拶をしてくるマキを見て、ナナは小さく声を出す。
「…おはよう…ございます…」
自己紹介をし合ってから、ナナの前にマキは度々現れるようになった。
「今日は何の授業があるんだい?」
「…魔法薬学と…風の魔法についての座学と…」
人前ではマキは取り留めのない話題を振ってくる。無視することはナナにはできないので、仕方なく返事をしていた。
「あ、マキ先輩と補欠合格の子だ」
「見ろよ、”幸運の子”とマキが一緒にいるぞ」
ナナとマキが並んでいるのを見て、周囲が不思議そうな顔をしている。正直に言ってナナも不思議でたまらなかった。
「なるほどね、そういえば君の得意魔法ってなんだい?」
その質問の真意を見抜こうとして、ナナはマキの顔を見る。しかしマキの顔には綺麗な笑みが張り付いているだけだ。
「どうしたのかな?」
「…いえ」
早々にナナはマキの思惑を見抜くのを諦めて、無難な回答を探す。
「好きなのは…飛行魔法です。飛ぶのは気持ちが良いので…」
「そうかそうか。今までの最高飛距離と最高高度は?」
「そ、そんなの覚えてません…」
「じゃあ一番最近長距離で飛んだのはどこからどこまでだい?」
ナナは素直に答えようとして、一旦口をつぐんだ。最近長距離で飛んだのは、地元からこのサクラ学園のある花の都までだ。準備に手間取ってぎりぎりになったため、大型旅客車や飛行機は間に合わなかったのだ。しかし、それを答えるとマキはなんと言うだろう。ナナの地元はかなり辺鄙な土地で花の都まで行くのに、車なら半日かかるし飛行機でも二時間近くかかる。飛行術は飛行機ほどの速度は出せない。全力を出してもせいぜい車と飛行機の間くらいだ。
ナナは少し魔法が得意なのでその距離と時間を飛ぶのは苦ではないが、普通の一年生ならできない人の方が多い。マキはやたらナナの実力を知りたがっているようだが、ナナはあまり大っぴらにしたくなかった。平凡な学園生活を送りたかったから。
「………忘れました…」
しかし、ナナは嘘が下手だった。マキはナナの言葉を聞いて面白そうに目を細めた。
「ふふ、思い出させてあげようか」
「間に合っています!それでは!授業の準備があるので!」
今日も負けを確信したナナはそう叫んで脱兎のごとく逃げ出した。マキとの会話は大抵ナナが逃げ出して終了する。そして逃げ出したナナの背中をマキは楽しそうに眺めるのが恒例になりつつあった。
そしてマキがナナに近付いてくるので、ナナは同級生へ話しかける機会をそれはもう失っていた。ちなみにマキが近づいてくる前も見失っていた。ナナの思い描く楽しい学園生活には友がいてほしい。ナナはそう思うが、友の作り方をナナは知らなかった。なぜなら地元にだってナナの友はほとんどいなかったから。慕ってくれる人は大勢いた。それまではそれでいいじゃないかとナナは自分を慰めていたが、それを打破したくてサクラ学園まで来たのに。
「はあ」
うまくいかないなあとナナは小さくため息をついた。
教室にもうすぐ着くであろうところで、ナナは声を掛けられた。
「お前が補欠合格の落ちこぼれ?」
「…」
男子生徒が三人、ナナをニヤニヤと見ていた。同じ一年だが、別の教室の生徒だ。入学してすぐは同級生たちはナナのことを遠巻きに見ている人が多かったが、学園生活に少し慣れてくるとこうしてナナに対して嫌な絡み方をする人が増えてきた。
「補欠合格ってことは俺たち一年の中で最下位ってことだよな?」
ナナは思う。こういう人たちはナナに対して上であるということを示したい、自尊心が高いだけだの人だと。きっとわからないのだ。慮るということができないのだ。人には人の数だけのいろいろな事情があることを。
「…」
ナナは困った顔をしながら男子生徒を見ることだけしかできない。下手に肯定や否定をするとさらに面倒なことになるのが、この数週間でわかったからだ。
「おい、言葉もしゃべれないのか?」
ナナは、男子生徒の周りの魔力が動くのを感じた。何か魔法を使おうとしている。対処しなければならない。
どうして私はこうなってしまうの。と、ナナは泣きそうになった。
そう思っていると、別の声がナナたちに向けられる。
「ちょっと!そこ邪魔なんだけど!」
「あ?」
ナナと男子生徒がそちらを見ると、黒い目をした小柄な男子生徒が立っていた。
「通れないよ。授業に遅れちゃう」
するとナナに絡んでいた三人の男子生徒は、その小柄な男子生徒を見てあからさまに嫌そうな顔をした。
「げっユリー」
ユリーという男子は、ナナと同じ教室の生徒だ。
「通っていいよね?」
ユリーは堂々と男子生徒たちにそう尋ねた。男子生徒たちは顔を見合わせて、小さくこう言った。
「こいつ面倒だぜ、行こう」
そうして男子生徒たちはあっさりと引き下がった。
「ふん」
ユリーは男子生徒たちを見て鼻で笑った。そしてその後ナナを見る。あっけにとられていたナナは、慌ててユリーにお礼を言った。
「あ、ありがとう」
「別に。本当に邪魔だっただけだよ」
そう言ってユリーは歩き出した。そして教室に入っていく。ナナは流れでユリーの後を歩き、一緒に教室に入った。教室の席は固定ではないのでナナがなんとなくユリーの席の近くに座ると、ユリーが小さく声を上げた。
「やっちゃった」
ナナがどうしたのだろうと様子をそっと伺っていると、振り返ったユリーがナナを見た。
「魔法薬学の教科書、戸棚に置いて来ちゃった。持ってる?」
「う、うん」
「見せて?」
ユリーは尋ねつつ、もうナナの隣に移動している。なるほど肝が据わっているというか、遠慮がないというか。ナナはユリーのずけずけとした態度に若干気押されつつも、普通に会話が出来ていることを嬉しく思った。
ユリーはナナの教科書を見てぽつりと呟く。
「めっちゃ書き込んでるじゃん」
「う、うん」
ユリーはナナの顔を見る。
「補欠合格でも、入学しちゃえば一緒なのにね」
「!」
ユリーの言葉に、ナナの目が輝く。そんなことを言われたのは入学して初めてだった。
「見返してやろうね、あんな奴ら」
「う、うん」
「こっちが小さいからってなめやがって」
「うん?」
「いい?やられたら十倍返しが基本だからね」
「…」
ナナは、男子生徒たちが言っていた”面倒”の意味をなんとなく察しつつ、ユリーの言葉に頷いた。
「そういえば名乗ってなかったね。俺はユリー・クロ」
「あ、わたしはナナ・カマド」
ナナがそう言うと、ユリーは可笑しそうに笑った。まるで少女のような愛らしい笑みだった。
「学園長から聞いたから知ってる。よろしく、ナナ」
「うん、よろしく。ユリー」
ナナは嬉しくて駆け出したい気持ちになった。ようやく初めてまともに話せる同級生に出会ったのだから。ユリーとの会話は弾み、ナナが久しぶりの同級生との会話を楽しんでいると授業の始まりの時間になった。
魔法薬学はナナにとっては少し不得手で、いつもは少し苦手な時間だったが、隣に気軽に話せる人がいるだけで心はとても軽かった。
そんな魔法薬学の授業が終わると、ユリーは荷物をまとめて立ち上がった。
「見せてくれてありがとう。次の選択授業、ナナは何?」
こんな素朴な会話さえ、ナナにとっては嬉しい。
「風魔法の座学だよ」
「あー、俺は実践生活魔法だ。じゃあまたね、ナナ」
またねと言ってくれるユリーに感謝をしながら、ナナは笑顔で返した。
「うん、またね。ユリー」
ユリーはナナに軽く手を振って、教室を出ていった。ナナもほくほくと浮足立った気持ちで教室を出た。
そして渡り廊下を歩いているときに向こうからマキが歩いてくるのを見つけた。
「…っ」
ナナは思わず近くの柱に隠れた。マキに会うといろいろ聞かれるので、それをかわすのに疲れるからだ。マキが同級生だったら友人にもなれたかもしれないのに、とナナは思いかけて、いやそれは無理かもしれないなと笑顔を貼り付けたマキの顔を思い出した。
今まで気にしていなかったが、二年生もこの時間は選択授業なのだろうか。ナナはそう思いながらマキが通り過ぎるのを待った。そしてそろそろ行ったかなと柱から顔を出す。
「やあ、こんにちは」
「わあぁ!」
ナナはマキの顔が目の前にあって思わず叫んでしまった。
「こんなことで僕から隠れられたと思わない方がいいよ」
マキは綺麗な顔で笑って、じゃあねと言ってその場から立ち去った。
「あ、はい…」
マキがやけにあっさりと去ったので、拍子抜けしつつナナは胸をなでおろした。
カズラは一年にちょっかいをかけるマキを見て、へえとこぼす。
「あれが今のマキの研究対象?」
尋ねられたマキは、まあねと答えた。本当はもう少し話をしたかったが、次の授業は少しでも遅れると面倒になるため止めておいた。別に隠れているところにわざわざ行く必要もなかったが、ああもあからさまに逃げ隠れられると追いかけたくなるものである。
「ふつーのちっちゃい女子に見えるけど」
カズラはナナを見た素直な感想を言う。
「そうだろう?だから面白いんだ」
マキはそう言って愉快そうに眼を細めた。カズラはそんなマキを見て、少しナナのことを不憫に思う。
「あんまり一年を困らせるんじゃないぞ」
「もちろん。限度をわきまえているさ」
マキの言葉に本当かなあとカズラは思う。そして尋ねた。
「ソニアの失踪事件のことは何か掴めたのか?」
ソニアはマキの幼馴染で、マキにとっては妹分と聞いていた。マキとソニアは賢さの程度も近いらしく、研究も度々一緒にしてるのをカズラは見たことがある。ソニア失踪事件の報道からしばらくマキは気を乱していたが、今は他のことに目が向けれるくらい落ち着いている。
「いや、何も」
マキは表情から笑みを消した。カズラはそれを見て、マキはもしかしたらソニア不在の穴を新しい研究対象で埋めようとしているのではと思い至る。マキはそう思っていなさそうだが。
「…そうか」
カズラはそれ以上深堀をするのをやめた。そしてどういう理由でも、マキに構われるようになった一年はやっぱり不憫だと思うのであった。
ナナが風魔法の座学の教室についたら、教室の椅子はすでに大半が埋まっていた。
「えっと…」
空いている椅子を探していると、入り口近くにいた女子生徒がナナに声をかけた。
「そこのあなた、私の横が空いていますわ」
「え」
「補欠合格のあなたと言った方がよろしくて?」
女子生徒は橙の目でナナをまっすぐに見つめている。そこにナナを揶揄う意図がないのは見てすぐにわかった。
「あ、いえ…はい。ありがとう…」
ナナはお礼を言って、女子生徒の隣に座る。ナナの教室では見かけない女子だ。
「…」
話しかけていいのかな。ナナを補欠合格だと知っていても隣に誘ってくれたということは、少なからずナナに興味がある人かもしれない。ナナはそわそわと隣の女子をうかがった。するとナナが話しかける勇気を振り絞る前に、女子生徒はナナを見た。
「あなた」
「えっあ、うん」
「マキ先輩と、親しい間柄ですの?」
「え?」
予想外の女子生徒の言葉に、ナナの声はひっくり返った。
「え、いや、マキ先輩とは…別に…」
「そうですの!」
女子生徒はナナの言葉にぱっと嬉しそうに笑った。もしかして、いやまさか、いやでもあり得るよな。とナナが考え始めていると、その女子生徒は申し訳なさそうにナナにこう言った。
「突然ごめんあそばせ、私マキ先輩をお慕いしていますの」
やっぱりそうなの。ナナが驚きと困惑で言葉を失っている間に、女子生徒は続ける。
「最近マキ先輩があなたと一緒にいるところをよくお見掛けしていたので、一体何事かと思いまして」
わたしも何事かと思っている、とナナは言いたかったが女子生徒の勢いに負けて口を挟めない。
「マキ先輩とお近づきになるにはどうしたらいいか、教えてほしくて声を掛けましたの」
「…わ、わたしにはわからないかも…」
ナナが申し訳なさそうにそう言うと、女子生徒は頷いた。
「教えられない、ということですわね。構いませんわ」
教えられないというか、なんというか。ナナがどうやって言えばいいのか悩んでいる間に、女子生徒は一人で話を進めていく。
「それならば、一緒にいてあなたの魅力を教えてくださいまし!」
「え」
「あなたの一緒にいたら、マキ先輩ともお近づきになれそうですし!」
そっちが本命っぽい。こんな風に熱烈に慕われるマキ先輩って何者なんだろうと、ナナは初めてマキに対して興味を持った。
「と、いうわけでよろしいかしら」
「な、何を…?」
「私とお友達になって頂ける?」
動機は全くもって不純だが、ナナにとってはこれ以上ないほどの嬉しい申し出だ。断る理由がない。ナナが全力で首を縦に振ると、女子生徒は嬉しそうに笑った。
「ありがとう。私は、センカ・キン。あなたは…ナナさんよね?」
「う、うん。ナナ・カマドです…センカ、さん?」
「私のことはセンカで構いませんわ」
「あ、うん。よろしく、センカ」
ナナは胸が熱くなるのを感じた。このひと月、なんの進展もなかったのに突然二人の同級生の知り合いができるだなんて。
ナナの輝かしい学園生活はこれから始まるのかもしれない。ナナはそんなわくわくとした気持ちになった。
そうして授業を終え、センカと別れたナナは自分の戸棚に教科書類を片付けに向かった。そこで、戸棚の隅に小さな紙が挟まれているのを見つける。
”放課後、理事長室へ来るように”
紙には手書きの文字でそう書かれていた。
「………」
ナナは大きく膨れ上がっていた楽しい気持ちが萎んで行くのを感じた。ナナは仕方ないことだと自分を慰めながら、その紙を小さく畳んで制服にしまった。
廊下に出ると、暗雲とした雲が空を覆っているのが見えた。午後は雨が降るかもしれない。




