第十九章 変わる世界
財団の事業拡大に伴い最後のキャラクターの登場です。とても重要な人物です。
ゆうぐれなあす財団はGGSの運用を始めた。世界中から製造認可の申請が来る。その間に治験の準備もしなければならない。財団は必要な人材を募集した。
その中に、厚生労働省の官僚を辞めて応募してきた三村薫という女性がいた。まだ、30過ぎたばかりの若さではあったが、恐ろしく仕事が早く事務方の中でもすぐに頭角を現してきた。
彼女のおかげで、治験申請の作業はスムースに進んだ。彼女の評価は上がり事務局長までになっていた。
財団に来てから二年ほどがたった時に、薫はミユキの部屋を訪ねた。
「少しお話があります。お時間よろしいでしょうか?」
ミユキは何事かと思い聞いた。
「先週、祖母の三村利恵がなくなりました。祖父の三村春彦は昨年亡くなっています。」
「そうですか。お悔やみ申し上げます。え、三村さんというと・・・」
「はい、私は三村史郎の兄伸郎の娘です。」
「そうだったんだ。なぜそれを早くいってくれなかったんですか。」
「仕事には関係のないことですから。それより祖母は最後まで理事長に対し申し訳ないことをしたと悔やんでいました。私も死に際にその話を聞いて驚きました。どうか祖母を許してやってください。」
ミユキは驚いた。許すも許さないも、ミユキには何のわだかまりもなかった。
「もう済んだことです。私は何も思っていません。そう墓前に報告ください。」
ミユキは優しく薫に告げた。
家畜用に作られたGGSの普及は早かった。特に毛の短い豚の生産は飛躍的に低コストになった。しかし、人への適用となると一部で根拠のない不安をあおる意見もあった。そのためか、治験に必要なボランティアが集まらない。ミユキは自らの体を安全性の証明に使おうと考えた。財団の幹部は当然反対する。木下は自分がやると言い出す。ミユキはそれを止める。最後は、
「私の財団です。私が決めます。」
そう言って、ミユキは自ら安全性を証明した。末永は手をまわして大々的に報道されるようにした。こうして、治験もスムースに実施され三年後に正式承認された。
ミユキは人への適用に対し、財団がその費用を負担することに決めた。そのため普及は家畜以上に早かった。飢餓での死亡が年ごとに減っていった。
さらに、あれだけ苦労したにもかかわらず、黒いGGSはタトゥーとして若者に流行るようになってきた。
こうして世界はGGSなしでは成り立たなくなっていた。飢餓がなくなれば争いごとも少なくなってくる。最後まで残っていた内戦もやがて終結した。
ミユキはGGSの普及の仕事を末永や薫に任せて、自分は一人でこれまでの開発の失敗談をまとめていた。20年分の失敗はたくさんある。
「失敗は成果である」のぞみ財団の理事長だった大河内の言葉通りに、後世にその成果を伝えたかった。
時は流れて西暦2032年秋、ミユキはいつものように理事長室で文献を読んでいた。その時手元の携帯電話が鳴った。末永からだった。
「ミユキさん。急いでテレビを見て!」
末永が焦って言った。ミユキは急いでテレビをつけた。画面の上にテロップが出ていた。
「今年のノーベル生理学・医学賞は日本の中園ミユキ博士に決定」と書かれていた。
ミユキは何が何だかわからなかった。直後、事務室からの電話が鳴った。取材依頼が来ているそうだ。末永と薫が手回しをして一時間後に記者会見となった。それでも実感はなかった。
しかも、四日後にはノーベル平和賞をゆうぐれなあす財団とともに受賞になった。初めての同年ダブル受賞だ。訳が分からないまま、その冬にストックホルムに飛んだ。
ミユキの仕事がようやく開花しました。長い年月をかけてつかんだ栄誉を受けるためにストックホルムへ。
そこで、ミユキは何を。
次回最終章です。




