身勝手な男たちの対峙
一方、リバーシュ・キース・ウェルガムンドはアレクサンダーを待っていた。降雪はないもののまだ肌寒い日々が続き、外套を着ていても身を切るような寒さは変わらない。にも関わらず、無表情のまま分厚い石塀にもたれかかっている。
目隠しの為の背高い草木のみの、殺風景な校庭。彼は、デルマの兄をそこへ呼び出した。
「大変お待たせいたしました、ウェルガムンド伯爵」
しばらくして現れたアレクサンダーは、申し訳なさげにしながらもゆったりとした歩みでリバーシュに声をかける。まさかこんな場所へ呼びつけられると思っていなかった彼は、心の内で思いつく限りの罵詈雑言を眼前の男へと浴びせた。
やはり何度対峙しても、本能がリバーシュという存在を勝手に脅威として認識し、握った拳が微かに戦慄く。それを背後に隠しながら、アレクサンダーは長い睫毛をそっと伏せた。
「昨日は、妹が大変なご迷惑をおかけいたしました。あれから、デルマは落ち着きましたか?」
「……はっ、白々しい」
リバーシュは石塀にもたれかかったまま腕を組み、利刃のような瞳で彼を睨め付ける。
「貴様が妹の心配など、するはずがない」
「私の態度が気に障ったのでしたら、謝罪いたします。ですが、デルマの身を案じこの国へ足を運んだことは、事実です」
内心怯んでいるが、アレクサンダーもただの人間ではない。真っ向からリバーシュに対峙し、これがさもまともな兄の会話であるかのような態度で応じた。
「婚約者の元で過ごすのが危険だと、この俺にそう言っているのか?」
「無礼は承知です、どんな制裁も受ける覚悟で私はこの場に来ましたから。プシュケが亡くなった今、妹はデルマただひとり。なんとしてでも守りたいと思うのは、おかしな感情ではないはずです」
「それを、貴様が口にするとは」
デルマは、アレクサンダーとの間に起こったすべてをリバーシュに話してはいない。それが彼にとっては腹立たしく、眼前に佇む悪びれた様子のない男を今すぐに捻り潰したいと思うくらいには、感情が揺さぶられていた。
相手を深く知りたいなどと、考えたことは一度もない。ただ、死にたくないから必死に生きてきた。自分ですら自分を理解できないから、毒に頼り精神を壊すしかなかった。
それが今になって、ただの政略結婚の相手に掻き乱されているとは認めたくないが、現にこうしてアレクサンダーと対峙している事実は変わらない。
マリーウェルシュの娘との婚約がなくなるからという建前すら、口から出てきてはくれないのだ。
「望みはなんだ」
「デルマを連れて帰ります」
「お前の父親がそれを許すと?」
「説得の方法はいくらでも」
戦場に生きる男を前にしても、アレクサンダーが怯む様子は一切ない。彼は興味本位というただそれだけの理由で、幾度となく誰かの命を握りつぶしてきた。
そういった面ではお前と何も変わらないと、無意味な自負を掲げて鼻を鳴らす。
所詮相手は、嫌われ者。戦争が落ち着いた今、脅威となるリバーシュの存在は邪魔でしかない。
デルマを半死半生の状態にでもして、その罪を擦りつける。せっかく友好を結んだばかりで、アンダールも問題を大きくしたくはないはず。
ましてや、アレクサンダーの婚約者は別国の王女だ。天秤にかければ真実などすぐに揉み消され、リバーシュなど簡単に切り捨てられるだろう。
いくら【邪神】といえど、権力には敵わない。地位を捨ててまで、デルマに執着する意味もないはず。
今後の展望がありありと見える彼にとっては、勝ち戦も同然だった。
「現に妹の様子はおかしかった。急に暴れたり、取り乱し倒れたりしたことなど、マリーウェルシュの家にいた頃には一度もありませんでした。このままでは、取り返しのつかない事態になってしまう。そうなる前に、兄として大切な家族を守りたいのです」
頭がどうにかなりそうなのは、アレクサンダーの方。デルマという憂さ晴らしがいなければ、いずれは仮面が剥がれ落ちてしまう。
「そんなに妹が大事か」
「もちろんです」
「だったら」
身勝手なアレクサンダーの意見に大した反論もせず、リバーシュは静かに腰元の剣を二本同時に引き抜く。そしてその内の一本を、彼の足元にぞんざいに投げて寄越した。
「俺と殺し合いだ」
「は……?突然、何を」
「拾わぬなら、それでも構わない」
刀身を確かめるように一度撫でた後、躊躇いもなく剣を頭上に構える。その切先はまっすぐ喉元に狙いを定めていた。
唐突に武力を行使されたアレクサンダーの背中には、ひと筋の汗が流れ落ちた。まさかここまでの馬鹿とは思わなかったと、思わず舌打ちをしてしまいそうになる。
ここで殺せば自分の立場がどうなるのかも分からないほどに、その小さな脳は戦争でやられてしまったのか、と。
彼も剣術には長けているが、どう高く見積もっても相打ちにすら持ち込めない。何発か殴られるくらいは覚悟していたが、まさか本当に剣を向けられるとは。
「……正気ですか?ウェルガムンド伯爵。僕は、デルマの兄ですよ?」
「それがどうした」
「無意味な殺し合いをしにきたわけではありません」
肌を刺すような激しい殺気を放ちながら、一方で微動だにしないその様が恐ろしい。それなりの間合いがあるはずだが、気を抜けば一瞬で仕留められてしまうとすぐに分かる。
アレクサンダー自身も剣術に秀でているという自覚があるが、そもそもの次元が違うのだ。安全を保障された場でしか、剣を握ったことがない。
「俺を今殺せば、邪魔者はいなくなる。十分意味はあるだろう」
「でしたら、手加減してくださると?」
「はっ、馬鹿馬鹿しい」
嘲笑とともに、リバーシュの瞳がぎらりと光る。その瞬間、アレクサンダーは本能的に剣を拾い上げると、長躯によって繰り出された重い一太刀を間一髪刀身で受け止めた。
金属がぶつかり合う耳障りな音が響くと同時に、衝撃をかわしきれなかった反動でアレクサンダーの背が激しく石塀に叩きつけられる。
ーーこの男は、本気で殺す気だ。




