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莫迦の真似事ー化け物少女は、無慈悲な邪神の妻となるー  作者: 清澄 セイ


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家族愛は、手っ取り早い掌握術

「なにが婚約者だ、馬鹿らしい」


 舌打ちとともに彼が吐き捨てた言葉は、そのまま自身にもぴたりと当てはまる。結婚相手の王女のことなど、爪の先ほども愛してはいない。地位と名声を盤石にする為の駒であり、精神的な部分で彼女を頼ろうという思いは頭の片隅にもなかった。


 リバーシュも同様だろうと踏んでいたはずが、昨日の食堂での茶番はなんなのだと、思い出すだけで反吐が出る。デルマは自分のものだとでも言いたげな、あの瞳。所詮ただの政略的な結婚相手のくせに、さも知ったふうな態度をとり完全にこちらを馬鹿にしていた。


「マリーウェルシュ様、失礼いたします」

「ああ、はい。どうぞ」


 控えめなノックの音を聞いた瞬間、アレクサンダーの頭は瞬時に切り替わる。人当たりの良い柔和な笑顔を浮かべ、艶のあるブルネットの髪を軽くかき上げた。


「ご主人様がお呼びでございます」

「ウェルガムンド卿が、僕を?」


 初老の執事長は身に染みついた所作で、丁寧に淡々と告げる。忌々しい男の名が耳に入り、アレクサンダーはほんの一瞬眉を顰めた。


「昨日のお詫びがしたいと言付かっております」

「お詫びだなどと、そんな。デルマは変わりありませんか?」

「デルマ様は体調が優れなかったご様子で、ご主人様が一晩中看病をなさっていたと」

「は……?」


 訝しげな表情を浮かべるアレクサンダーに対し、執事長自身も内心では彼に共感する。わざわざこのような言い回しをしたのは、そうしろと命じられたから。リバーシュ本人ではなく側近のコリンを経由してのことだったが、その時の執事長もほとんど同様の反応だった。


「失礼ですが、それは本当の話でしょうか?」

「はい。そう聞いています」

「……妹が、卿にご迷惑をかけているのですね」


 アレクサンダーは申し訳なさげに立ち上がると、眼前の執事長に向かって陳謝する。まさかそんなことをされると思ってもいなかった彼は、ぎょっとして目を見開いた。


「本人に代わり、兄である私から謝罪します」

「どうかお止めになってください、マリーウェルシュ様!私は一介の使用人に過ぎません、高貴な方にそのような真似をさせるなど、あってはなりません」

「身分は関係ありません、僕はただ自分がそうすべきだと思ったまでですから」


 白々しい演技も、白皙の美青年というだけでたちまち本物に変わる。己の立場を確立させる為ならば、貴族としてのプライドも簡単に捨てられた。


 アレクサンダーはこのようにして、この屋敷でも既に多くの使用人たちを味方につけている。その部分では、さすがプシュケの兄といったところだ。誰もが皆、彼の見目と甘言にころりと騙される。


「色々と気苦労も多いでしょうに、妹にまで気を遣ってくださって本当に感謝しているんです」

「そんな、私はただ職務をまっとうしているだけで……」

「ですが、それに対し正当な評価を受けるのは当然でしょう?誰にでも、簡単にできることではない」


 あなたは特別だと、絶世の美男子に面と向かって言われれば、いくら色恋とは無縁の老いた男とはいえ赤面せずにはいられない。その上、主人はあの恐ろしい「邪神」なのだから、アレクサンダーの気遣いがより一層身に染みる。


 あの方は感謝などしてくれない、目すら合わせない、ただの一度もこんな風に一人の人間として扱われたことなどない。執事長の脳内を駆け巡るすべての言葉は、そっくりそのままリバーシュに対する己自身の態度にもぴたりと当てはまるという事実に、彼は気付いていなかった。


 目を逸らし、人としての扱いをせず、国を勝利に導いた英雄を【邪神】と侮辱する。にも関わらず、それを相手のせいにして自分の行動を正当化する人間の傲慢さを、アレクサンダーはよく理解していた。


「僕はただ純粋に、妹を心配しているだけなのです。プシュケが病没した時は、身を引き裂かれるような辛さでした。あんな思いはもう二度としたくないと、そう願うのは傲慢でしょうか?」

「い、いえ。そんな滅相も……」


 ブルネットの瞳が一瞬潤み、表情が切なげに歪む。妹を亡くしたというアレクサンダーの境遇を、執事長はとても気の毒に思った。


「ウェルガムンド卿やこの国の方々を疑っているわけではありません。ただ、国同士の遺恨というものをすぐになくすのは難しいということも、残念ながら事実です。デルマはプシュケと違い、体は丈夫ですが精神的に繊細で脆いところがあります。些細なことに気を病み、いつか壊れつしまわないかと不安で仕方ありません」


 愛情溢れる口調で語るアレクサンダーに感銘を受けながらも、執事長は無意識のうちに「精神的に繊細で脆い」という部分で思わず首を傾げそうになった。


 デルマの普段の立ち振る舞いを見る限り、とてもそんな風には見えない。いい意味でも、悪い意味でも。


 とはいえ、家族である兄の方が当然彼女を理解しているのだから、この屋敷では気丈に振る舞っているだけなのかもしれないと解釈する。現に、茶会の席で突然倒れてしまったのだからと。


「他の方から見れば僕はきっと、妹離れできない情けない兄なのでしょうね」

「いいえ。ご家族を心配なさるのは当然です」

「そう言っていただけると救われます」


 少し照れたようにはにかむアレクサンダーの笑顔は、執事長のくたびれた心臓を見事鷲掴みにした。リバーシュとは恐ろしく真逆の、神に愛された心優しい青年。普段常に気を張っているということもあり、彼はいとも簡単にアレクサンダーの手中に落ちた。


「失礼ですが、ご家族は?」

「私ですか?首都の方に妻と息子が三人おりますが」

「それは素晴らしい。愛する家族というものは、何物にも代えがたい宝です」

「ええ、仰る通り」

「差し支えなければ、ご家族のお話を聞かせていただけませんか?」


 執事長の表情はぱっと輝き、立場も忘れて饒舌になる。熱心に耳を傾けながらも、アレクサンダーの内心はどろどろとどす黒い感情が渦巻いていた。


 苦労も知らない幸せな家族の話など、聞いているだけで耳が腐り落ちそうだーーと。

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