気遣いとは無縁の男、リバーシュ
一方コリンの名前を出したデルマは、思い出したようにはっとした後思いきり頬を膨らませる。
「そういえば、なぜ私は執務室への出入りを禁止されているのですか?本当なら、自分で直接リバーシュ様をお誘いしたかったのに」
「禁止?誰が」
「あなた様に決まっているでしょう!」
自ら命令を下したくせにとデルマは憤慨するが、リバーシュは彼女の言葉の意味をすぐには理解できなかった。しばらく考え、そしてようやく答えを口にする。
「女は近寄らせるなと、以前から言ってある」
「ですが私は、仮にも婚約者ですよ?例外にしていただくことはできなかったのですか?」
「頭に過ぎりもしなかった」
「なんですって……」
人の感情に疎いデルマでさえ、彼の言い分が無神経であると分かる。リバーシュにしてみれば他意はなく、ただ単にそうする考えがなかっただけ。言われてみれば、彼女の主張は間違っていないとも感じるが、いかんせんこれまでなんの問題もなかった為に、思い至らなかった。戦場に生きるリバーシュにとって、女は邪魔でしかなかったからだ。
近づいてくる令嬢たちは皆例外なく、親に命じられ嫌々やって来る者だけだった。媚を売られても怯えられても、どちらでも腹が立つ。自らが望んで足を運んできた変わり者は、デルマくらいしかいない。
「失礼ながらリバーシュ様は、女性の扱いというものに少々疎いのかもしれません」
「当然だ。必要性を感じなかったからな」
「ではこれからは、少しは私を特別扱いしていただけますか?」
いまだにどこか不服そうな表情で唇を尖らせているデルマに、リバーシュは内心困惑する。一喝して黙らせてしまえばいいものを、ベッドに座る青白くか細い婚約者を眼前に、なぜかそれが躊躇われてしまった。
此度の件で、もしも彼女がリバーシュを直接誘いにきていたとして、そのまま共に食堂を訪れていたとしたのならば。自身が最初からアレクサンダーとデルマの間に立ち、このような事態は防げていたのかもしれないと。
「執務室への出入りは、許可するよう周知しておく」
「ちなみに、他の女性は?」
「言うまでもないだろう」
リバーシュが嫌そうな声を出したので、デルマは満足して微笑みながら頷いた。自分と自分以外の女が同等に扱われることに不快感を感じている、心中が少し不思議だった。
「くだらぬ話はここまでだ」
「ええ、大事なことなのに」
文句を垂れる彼女を無視し、リバーシュは再びベッドへと近づく。傍に腰掛けると少し軋む音がしたが、沈むほど柔らかくはなかった。
「なぜ、ああなった」
リバーシュに睨めつけられ、デルマは澄んだアルビノの瞳を揺らす。黒布に覆われていない彼の素顔を見ていると、なにも誤魔化したくないという思いが込み上げてくる。
特に、顔半分を覆うほどの深い古傷。おそらく戦の渦中でついたものなのだろうと推測するが、誰もが恐れる「邪神」にこんな傷を与えた猛者は一体どんな人なのだろうと、デルマは漠然と考えた。
「上手く説明できませんが、たぶん怖かったのだと思います」
アレクサンダーの顔を思い浮かべようとしても、もやがかかったように霞んで上手くいかない。あの美しく薄情なブルネットの瞳が、こちらを見つめていると想像すると、途端に指が痺れはじめる。
(確か以前も、リバーシュ様の前で取り乱したことがあったけど……)
デルマ自身ははっきりと覚えていないが、リバーシュは確かにそう言っていた。だからこそ、二人きりになるなと忠告してくれたのだ、と。
リバーシュは「興味がない」と言って、深くは詮索しなかった。彼女にとっては好都合だったが、それは今でも同様なのだろうか。マリーウェルシュ家で家畜以下の扱いをされてきたと知っても、どうでもいいと一蹴するだろうか。
——それとも。万が一、哀れまれ、蔑まれ、近寄るなと唾を吐かれたら。
アレクサンダーの存在など瞬時に消え去り、代わりに嫌悪に満ちたリバーシュがこちらを見下ろしている姿がはっきりと瞼の裏に映り、デルマ悲鳴を上げそうになるのを咄嗟に口を押さえ止めた。
「どうした」
「いえ、平気です!」
彼女の慌てぶりを目にし、リバーシュは兄の件で思うところがあるのだろうと勘違いをする。
「無理に聞き出す気はない」
「で、ですよね!リバーシュ様は、私のことなんてこれっぽっちも興味がありませんものね!」
ぺらぺらと余計な発言を重ねたせいで、彼のこめかみにはくっきりと青筋が立つが、部屋が暗いせいでデルマはそれに気付けない。
わざとベッドが揺れるように自重を使い、リバーシュは彼女の腰元のすぐ側に片手をついた。




