微睡む意識の中で、浮かべた相手
辺りがとっぷりと暮れた頃、デルマはようやく目を覚ました。ぼんやりと霞む視界が鬱陶しく、数度瞬きを繰り返す。
「ここは……」
明かりのない暗闇でも、自室でないことはすぐに分かった。薬品と薬草、それに酒の混じった不快な匂い。寝心地の悪いベッドに、粗雑にかけられた毛織の掛け物。この部屋の主人が誰であるのか、容易に想像できる。
「わ、わぁ……っ!そんな近くに!」
まだ目が慣れていないせいで、距離感が掴めないデルマ。体を起こしかけた瞬間、視界いっぱいにリバーシュの顔が広がり思わず仰天してしまった。
「まだ生きてはいるな」
「は、はい。たぶん」
まさかこんなにも至近距離で見られているとは、流石のデルマでも予想できなかった。それどころか、部屋の主人がいることにすら驚きを隠せない。
「あ、あのう」
「なんだ」
「す、少し離れていただけません……?」
明かりがないとはいえ、ぎらぎらとした金眼は嫌でも目に入る。目覚めた瞬間こうだったということは、意識のない間もリバーシュはそばにいた。寝顔を見られた経験などないデルマは、起きて早速頭の中がごちゃごちゃと混乱した。
「息は」
「しています」
「ならばいい」
見れば分かることをいちいち聞いてくるリバーシュが理解できず、デルマは疑問に思いながらも素直に答える。やっと彼が離れてくれたので、内心ほっと溜息を吐いた。
リバーシュは静かに、壁掛けの蝋台に火を灯す。彼が部屋で使うのは貴族なら当然使用する蜜蝋ではなく、庶民でも手に入るようなあまり質の良くない蝋燭。いつもなら気にならないその匂いが、なぜかやけにデルマの鼻をついた。
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
居住まいを正した彼女は、ゆらゆらと揺れる心許ない薄明かりに照らされたリバーシュの横顔に向かって、詫言を述べた。
今の彼が黒衣を纏っていないことが、なぜかデルマの気持ちを落ち着かせる材料となっている。
「記憶はあるのか」
「はい、断片的にではありますが」
ただ、理由は説明できない。アレクサンダーと対峙しただけで、あんなにも感情が激しく揺すぶられたのは初めてだったからだ。確かに、デルマは昔から彼に優しくされると忌避感に陥っていたが、だからといってあのようになったことはない。
(まるで、凄く怖がっていたみたい)
どこか第三者の気分で、ふわふわとした俯瞰的な立場でそう思う。
「あの男が、お前になにかを」
「いえ、そうではありません。ただ……、アレクサンダーに近づきたくないと、本能的に感じてしまって」
無意識に両手を握るデルマを、リバーシュは机に腰を持たれたままじっと見ていた。慰める気もなければ、詳細を尋ねるつもりもない。
脇目も振らずに自室へ運び、暗闇の中でいつ目が覚めるのかも分からない彼女を、穴が開くほど睨み続けていたのも単なる気紛れ。深い意味などあるはずがないと、リバーシュは心中でなぜか言い訳を並べていた。
「あそこにいらっしゃったということは、お誘いを受けてくださったのですよね?それなのに、私ったらなんて失礼な……」
「くだらん、どうでもいい」
確かに、リバーシュからすればそうなのかもしれない。けれどデルマは、彼が自分を気にかけてくれたという事実が嬉しかった。
アレクサンダーは、誰もが認める眉目秀麗な好青年。今は「天使」を演じているものの、デルマの言い分を信用する人間が、果たしてどれほどいるだろう。彼に酷い仕打ちをされたと訴えたところで、どうにもならないことは目に見えている。
だがリバーシュは、無条件でデルマを信じた。野生の勘、似たもの同士の共鳴、はたまた美貌への嫉妬。
(いい、絶対にあり得ない)
だとするなら、なぜ。あれこれと予想してみても、結局他人の心のうちなんて分からないのだから無駄だろうと結論づけたデルマは、考えるのをやめた。
「そうだ、コリン様にもお礼を言わないと」
「コリンだと?」
「彼が伝えてくれたおかげですもの」
ちゃんと約束を果たしてくれるか少し疑っていたが、それは杞憂だったと嬉しそうに微笑む。そんな彼女の姿を前に、リバーシュは深く眉間に皺を寄せた。




