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莫迦の真似事ー化け物少女は、無慈悲な邪神の妻となるー  作者: 清澄 セイ


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鈍感な彼女に、制裁を

「ともかく」


 リバーシュは呆けているデルマを引き戻すように、低い声で唸る。彼女ははっと我に返り、気を取り直すようにほんの一瞬唇を結んだ。


「あの男には注意しろ、決して気を許すな」

「と、いわれましても。具体的になにをどうすればいいのか、よく分かりません」

「独りにならなければいい」


 それならば、容易い。アレクサンダーは人身掌握に長けているが、このウェルガムンド家に限っていえば、デルマに部があるのは明らかだった。それに彼女自身、真似事は大の得意だ。プシュケはもちろん、アレクサンダーを真似ることも簡単にできる。


(ある意味、恵まれていたのかも)


 もしもリバーシュの妹として生まれていたなら、絶対に人付き合いなどできなかっただろうから。


「分かりました、リバーシュ様の言う通りにします」


 彼に迷惑はかけたくないと、デルマは素直に頷いた。にも関わらず、リバーシュは不機嫌そうに腕を組んで彼女を睨めつける。


「お前、本当に分かっているのか?」

「ええ、もちろんです。あなたの不利益になることは、したくありませんから」

「……」


 ご機嫌取りにへらりと笑ってみせるデルマだが、全く効果は見られない。それどころか、盛大なボタンのかけ違いにますますリバーシュの苛立ちは募っていく。


 デルマが感情の機微に疎いと理解しているし、以前は気にもならなかった。けれどこと最近においては、自身の意図を汲み取ろうとしない彼女にやきもき続きのリバーシュ。


 「無慈悲な邪神」ともあろう男が、十近く歳の離れた小娘に振り回されているなど、誰かに知られたらその場で腹を切る自信があると、彼は内心頭を抱えていた。


 恐怖で支配することもできず、脅しも通用しない。それどころかきらきらとした崇拝の瞳を向けてくるデルマに、最早リバーシュの武器はなにひとつとして通用しなかった。


「だから、何度も言っている。俺のことなどどうでもいいと」

「でしたら、なぜ?」


 無垢な瞳で自身を見上げるデルマに、リバーシュはとうとう限界に達した。粗暴な仕草で立ち上がると身を乗り出し、容赦なく彼女の腕を掴む。予想だにしていなかったデルマは、目を見開いたまま体を硬直させた。


「忘れたか?お前はすでに、俺のものだ」


 鋭い切先のような金色の瞳が、彼女の芯を容易く貫く。


「たとえ兄であろうが、自由にはさせない」

「リ、リバーシュ様」

「お前を傷つけていいのは、この俺だけだ」


 その瞬間、ただ動いていただけの心臓に命が宿った。内側からふつふつと湧き上がる言いようのない感覚に、デルマはとても対応できない。


「デルマ」

「あ、あの」

「返事をしろ」

「は、はい」


 追い打ちをかけるがごとく名を呼ばれた彼女は、呆気なく白旗を上げた。されるがまま、掴まれた腕がじんわりと熱を帯びていく。


(最近本当に、心が落ち着かない)


 白磁の頬を赤く染め、アルビノの瞳を潤ませる。本人はまったくの無意識だが、天使のような風貌をしたデルマのそんな表情は、実に無防備で可愛らしかった。


「はっ、変な顔だな」


 口調は荒いが、リバーシュの口角は僅かに上がっている。笑顔というには険しすぎるが、彼女にとっては十分な破壊力を発揮した。


「わ、笑うなんて酷い!」

「笑った覚えはない」

「うそ、今絶対笑った!」


 勢いよく手を振り解き、頬を膨らませながら全身で抗議するデルマ。当のリバーシュはただ舌打ちをするだけで、笑みを見せたと認める気はさらさらない。彼女同様、こちらもほとんど無意識だった。


 互いに感情表現が拙いせいで、しばらくの間無駄な争いが繰り広げられることとなった。


 そうしてようやく落ち着いたデルマだったが、頬にはほんのりと紅い名残が残ったまま。リバーシュは立ち上がると、帰り支度と言わんばかりに普段通り頭から黒衣を身に纏い、目元以外を黒布で覆い隠す。


(こっちがいつものリバーシュ様だけど、なんだか不思議な感じがする)


 先ほどまで素顔を眺めていたせいなのか、なぜだか胸の辺りにちくりと針で刺されたような違和感を感じた。


「お前は今日、もう部屋から出るな」

「あ……、はい。分かりました」


 散々だった茶会の席以降アレクサンダーを待たせているが、デルマはまぁいいかと彼に従うことにした。他人と馴れ合わないリバーシュが、わざわざ部屋までやってきたのだから、忠告を無下はしたくなかった。


 結局、なぜ突然帰ってきたのか明確な理由は分からずじまいだったが、そこにこだわる意味もないだろうと彼女は自分の中で話を完結させる。


「火傷が痛くてしかたないという理由をつけることにします」

「お前なら、火傷ごときどうとでもなさそうだが」

「もう、リバーシュ様がおっしゃったから言い訳を考えたのではないですか!」


 微かに喉を鳴らすリバーシュに、デルマは再び頬を膨らませる。


「私だって人間なのですから、痛みくらい感じたっておかくありません!」


 あくまで一般論的にはという何気ない反論だったが、彼女の言葉を聞いたリバーシュの、唯一隠れていない金の瞳がほんの少しだけ細められた。


「ああ、当然、お前は人間だ」

「リ、リバーシュ様……」

「大人しくしておけ、デルマ」


 すげない物言いで背を向けると、リバーシュは部屋を出ていく。まるで最初からいなかったかのように、彼がいなくなった部屋にはなんの残り香もなかった。


「名前呼んでなんて、軽々しく言うんじゃなかった……」


 以前の軽率な自分に恨みごとを呟きながら、デルマはふらふらとその場にへたり込む。どれだけ強く頬を抑えても、一度火照ったそこはしばらく元には戻らなかった。


 リバーシュのせいでアレクサンダーのことなどすっかり頭から抜け落ちてしまい、その夜は夢にまで現れうなされてしまうほどだったのは、彼女だけの秘密。

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