曝け出された弱き者
「俺はお前の前では、繕うのをやめた」
「リバーシュ様……」
「お前もいい加減、覚悟を決めたらどうだ」
すべてを見透かすような金瞳から、目を逸らすことができない。あと数日は顔を合わせないと思っていた婚約者が、突然部屋を訪ねてきたというだけで頭の整理がついていないというのに、アレクサンダーの件もあってデルマの思考回路はこんがらがってしまった。普段のように上手い言い訳が思いつかず、ただじいっとリバーシュを見つめるだけ。
「その火傷は、本当に事故なのか」
「そ、それは、あの」
「故意ではなく?」
簡単な質問にも、デルマはしどろもどろに口を濁すことしかできない。本人は答えを渋っているつもりでも、側から見ればそれは容易に肯定の意だと想像がつくというのに。
「ち、違うんですリバーシュ様。この場合の事故と故意は紙一重と言いますか、やりたくてやったわけではないにしろ、結局選択したのは私ということであって。であれば故意だと言わざるを得ませんが、別の角度から考えてみれば不測の事態だったという見方もできなくはないといいますか……」
「長々と、意味が分からん」
「あ、はい。私もそう思います……」
あたふたしていたかと思えば、しゅんと肩を落とす。デルマは今、リバーシュに対してどのように接するのが正解であるのかが分からなかった。プシュケならば、自身の保身一択で舞台女優も顔負けの泣き落としをしてみせただろう。本来そうするべきなのかもしれないが、デルマの心の一部分が「嘘を吐きたくない」と抗っている。
せっかく、少しずつでも積み上げてきたリバーシュとの関係を、悪い方向に向かせるようなことはしたくないと。
かといって、素直にアレクサンダーとの間柄を話せるほどの信頼関係も築けていない。ただでさえ、自分は死んだプシュケの身代わり。彼にとって取るに足らない存在であり、足枷になるなら容赦なく切り捨てられる。
(今までなら、別にそれでよかった)
他人に対して優しくするのも、自分の生活を確保する為だけのもの。リバーシュと関わるのは、単なる好奇心。たとえ痛めつけられようが殺されようが、そこに恐怖などなかった。デルマにとっては、身体的に傷つけられるということは問題ではない。
では今なぜ、こんなにも頭と心が揺れているのだろうか。自身の過去を知られるのは、己にとって不都合だから。本当に、それだけ?
「質問を変える」
いつまで経っても明確に答えない彼女に、リバーシュはそう言った。彼もまた、自身が大して苛立ちを感じていない事実に内心驚きながら。
「アレクサンダー・マリーウェルシュは、お前にとって本当にただの兄か?」
今日なにが起こったのか、詳しく知る必要はない。デルマの思考が普通でないことは、既に知っている。先ほど、彼女が口にした「事故か故意かは明言できない」といった支離滅裂に感じる内容も、おそらく間違ってはいないだろうとリバーシュは思う。
アレクサンダーとの間で予想外のトラブルが起こり、それを治める手段として用いたのが紅茶だったという意味。デルマは「自分自身を物理的に傷つける」という、おおよそほとんどの人間が躊躇することを、いつも平然とやってのけるのだ。
「答えろ、デルマ」
なぜかその声色は、彼女を責め立てるものではなかった。まっすぐな瞳も、窮屈そうにソファに治っている長躯も、当然のように曝け出された顔の傷も、なにもかも。予定外の帰宅と、突然の来訪。デルマに対して向けられたそのどれもが、普段のリバーシュとは違って見えた。
まるで、心の中を知りだかっているような。こちらに歩み寄ろうとしているような。そんな、気遣いとも取れる雰囲気だった。
「……いいえ」
表情を暗くしたデルマは、小さく首を横に振る。観念したというよりも、この場で誤魔化したくないという自身の感情に負けてしまった。
「アレクサンダー・マリーウェルシュは、私にとってある意味でとても大きな存在といえるでしょう。上手く表現ができませんが、歪な兄妹関係であることに間違いはありません」
「そうか」
「……ごめんなさい」
令嬢らしい振る舞いも忘れ、デルマは情けなく背を丸めた。誤魔化すこともできず、かといってすべて打ち明ける気にもなれない。




