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莫迦の真似事ー化け物少女は、無慈悲な邪神の妻となるー  作者: 清澄 セイ


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予想外の帰城

 その後諸々の処置を受けようやく解放されたデルマは、勢いをつけベッドに飛び込む。あんな火傷は、彼女にとってかすり傷にも等しい。にも関わらず、まるで命に関わる大怪我だとでもいうような使用人たちの慌てぶりに、ただ曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。


 身ひとつでこの地へ降りたった数ヶ月前、デルマには味方がひとりもいなかった。慣れない乗馬に落馬した時も、足の骨折を放置していた為に酷く悪化した時も、表立って心配するものはおらず、彼女自身もそれを当然だと思っていた。


(優しくしてもらえるように仕向けたのは私だけど、まだちょっと慣れない)


 首や手にぐるぐると巻かれた包帯を指でなぞりながら、デルマはぼんやりと虚空を見つめるだけ。アレクサンダーとのやり取りは、無理矢理現実へと引き戻されたような感覚だった。まるでリバーシュと過ごした日々はまやかしで、兄の家畜として生きる毎日が本当の現実とでもいうように。


「……この気配、もしかして」


 ふと、頬に当たる空気が冷えた気がして思わず立ち上がる。耳を澄ませても足音すら聞こえないのが、逆に直感を刺激した。


 慌てて扉に駆け寄ると、デルマが手を掛ける前に外から不躾にそれが開かれる。全身に黒衣を見に纏ったリバーシュが、威圧的な出立ちで彼女を見下ろしていた。


「リ、リバーシュ様⁉︎確か、あと数日はお帰りにならないはずでは……」

「煩い、喚くな」


 低い声で嫌そうに呟くと、驚くデルマを無視しずかずかと部屋へ入っていく。その様子をただ見つめていた彼女だったが、はっとしてリバーシュの後を追った。


「もしかして、なにか不測の事態が?見たところ、お怪我はないようですが……」


 頭の先から足の先までじっくりと観察しながら、デルマは首を傾げる。身体的外傷がないのであれば、他に考えられるのはウェルガムンド家に不利益を及ぼす事柄。けれど外交等において矢面に立つのは側近のコリンであり、リバーシュはただ力でねじ伏せるだけだ。大抵のことはその図式で上手くいっていたが、今回は失敗したのだろうか。


「大方、馬鹿げた妄想でもしているんだろう」

「ば、馬鹿げた妄想……」

「いいから、座れ」


 数日前、レイが選んだという淡い桃色のソファーにどさりと腰掛ける。リバーシュとの雰囲気があまりにもミスマッチで、デルマはつい噴き出してしまった。


「おい、なにを笑っている」

「ごめんなさい、なんだか色々とおかしくなってしまって」


 デルマは形式的に謝罪しながら、リバーシュの向かいに腰を据えた。


「そもそも、リバーシュ様はなぜこちらに?」

「仕事を切り上げた」

「へぇ、そうだったのですね。あ、いえそれも気にはなりましたが……。なぜ、私の部屋にいらっしゃったのかという意味です」


 以前一度だけやってきたことがあるが、それ以外でリバーシュが足を運んだ記憶はない。いつもデルマが一方的に彼の自室へと赴き、ひとりでぺちゃくちゃと喋ったりたくさん食べたりしては、満足そうにして帰るだけ。もちろん、リバーシュ不在の夜は部屋から出たりはしなかった。


「それは、どうした」


 デルマの質問には答えず、彼は視線だけを僅かに動かす。


「ああ、これは軽い火傷です。私がついうっかりして、紅茶を頭から被っただけで、大したことではありません」

「……紅茶を、頭から?」

「ええ、思いきり頭から」


 無論この馬鹿げた言い訳が通用するとは思っていないが、暗に「それ以上聞くな」という意味を含ませた。


(リバーシュ様は、私の事情になんて興味がない)


 結局、先日の誕生日にも祝いの言葉ひとつ贈られなかった。デルマは気にしていなかったが、勘づいたレイだけがなにやらぶつくさと文句を垂れていたなと、彼女はふと思い出した。


「とにかく、お気になさらないでください!それよりも、お帰りになったばかりなのでしょう?きっとお疲れでしょうから、早く自室に……」

「お前は、いつもそうだ」


 リバーシュは遮り、ぎろりとデルマを睨めつける。


「一方的にずかずかと踏み入るくせに、己を探られるとすぐに拒絶する。あまりにも身勝手だと思わないか?」

「申し訳ありません、そんなつもりは……」


 言い淀む彼女を前に、リバーシュは躊躇いなく顔を覆っている黒布を剥ぎ取った。目から頬を伝って口元まで伸びる爛れた傷が露わになるが、どちらもすでに気にしてはいなかった。


 特にリバーシュは、これまで必要最低限の人間にしか見せてこなかった素顔を、デルマに見せることに対してなんの躊躇もなくなった自分自身が、今もまだ信じられない。


 ただの一度も、怯えた表情を見せない。それどころか、この醜い傷を恍惚とした瞳で「素敵だ」などと宣った光景が、脳裏に焼きついて離れなかった。

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