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莫迦の真似事ー化け物少女は、無慈悲な邪神の妻となるー  作者: 清澄 セイ


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誰かに殺されるくらいならば

「デルマ、お前はプシュケよりもずっと賢いだろう。父さんに言われたからと、わざわざ莫迦の真似事に付き合う必要はないんだ」


 耳を塞ぎたくなるような甘い声色に、デルマは言いようのない寒気に襲われる。とっさに顔を背けようとした彼女の頬を逃すまいと、アレクサンダーが強引に掴んだ。


「リバーシュ・ウェルガムンドは、残虐で無慈悲な邪神だ。お前が今こうして生きているだけでも奇跡なのに、もたもたしていたらいずれ殺される。俺は、それが心配でたまらない」

「リバーシュ、さま……」


 朦朧とする意識の中で、デルマは無意識に婚約者の名前を呟く。頭の中に浮かぶのは、恐ろしくどす黒い殺気を纏った彼の姿。鋭い目つきと、地鳴りのような低い声。今にも殺されそうな雰囲気の中で、リバーシュはいつも不服そうな顔をしながら部屋に入れてくれた。


 ――デルマ。お前はもう、俺のものだ。


 唐突に、いつか言われた言葉を思い出したデルマは、アルビノの瞳にぱっと光を灯す。痺れていた指先が動き、靄がかかっていた視界が明るく広がった。


(アレクサンダーの言うことは、全部間違ってる)


 渾身の力で彼の腕から抜け出したデルマは、這いつくばりながら壁にもたれかかる。長い睫毛に縁取られた目を大きく見開き、アレクサンダーの顔をまっすぐに見つめた。


「私は、それで構いません」

「お前……、急になにを」

「リバーシュ様の手で殺されるのなら、本望です!!」


 初めて、声を荒げ自分に反抗する姿を見たアレクサンダーは、驚きのあまり一瞬声を失う。けれどすぐに、今までに感じたことのない激情が、彼の脳を揺さぶった。


「……調子に乗るのもいい加減にしろ、デルマ。豚の分際で、散々面倒をみてやったこの俺に口答えとは」

「なにを言われたって、私は戻るつもりなんかない」


 先ほどまでが嘘のように、体中に赤く色づいた血が巡るのを感じる。デルマはしっかりとした足取りで立ち上がると、自身の首元に手を当てた。


「今はもう、この首元に首輪はついていないわ。私は、あなたの家畜じゃない、リバーシュ様の婚約者よ!」

「この俺に、偉そうな口を聞くな!!」


 アレクサンダーは目を血走らせ、再びデルマへと襲いかかる。彼女はひらりとそれを躱すと、未だ手のつけられていない紅茶のポットに手を伸ばすと、なんの躊躇いもなくその中身を頭から自身に浴びせた。


「キャーッ!!誰か、誰か来て!!」


 デルマの叫びを聞きつけ、レイや執事長を筆頭に幾人もの使用人が部屋へと駆けつける。そして眼前の惨事を目の当たりにし、誰もが絶句した。


「レイ、ごめんなさい!私お茶を淹れようとして、ついうっかり手を滑らせちゃったの」

「え……っ、手を、滑らせた……?」


 誰がどう見ても、そんな程度で済まされるものではない。熱い紅茶を浴び、デルマの肌は瞬く間に赤く腫れていく。それに乗じて彼女はわざと首元を掻きむしり、アレクサンダーからつけられた指の痕を隠蔽した。


「アレクお兄様には、かかっていない?私のせいで、火傷なんてしていないわよね?」

「あ、ああ。僕は平気だ、それよりお前が……」


 瞬時に平静を取り戻したアレクサンダーは、ほんの少し乱れた佇まいを整えながら答える。まさかあのデルマが、自分に対しここまでの抵抗を見せるとは予想外だったと、内心では動揺を隠せず指先が微かに震えていた。


「デルマ様、とにかく今すぐに入浴室へ行きましょう!火傷なされたところを冷やさなければいけません!」

「まぁ、レイ。私なら平気よ、さっきは驚いてついさけんでしまったけれど」

「いいえ、すぐに処置いたします。それから、医者の手配も」


 彼女は使用人たちに囲まれながら、困ったような笑みを浮かべる。その様子を眺めながら、アレクサンダーただひとりが憎々しげに奥歯を噛んだ。


「アレクサンダー様、申し訳ございません。こちらは破片が飛び散り危険ですので、部屋を移っていただけませんでしょうか」

「僕も付き添います、兄として心配ですから」


 間髪入れずに、デルマが彼の申し出を断った。


「お兄様といえど、着替えを見られるのは恥ずかしいです。落ち着いたらまた伺いますから、少しだけお待ちくださいませ」

「……分かった、デルマがそう言うなら」


 ここで食い下がるわけにもいかず、アレクサンダーは大人しく足を進める。すれ違う瞬間、デルマを案ずるフリをして彼女の耳元で囁いた。

 

「忘れるな、お前を殺すのは俺だ」


 台詞とは裏腹に紳士的な笑みを浮かべると、彼はその場から去っていく。デルマは振り返ることもなく、ただ一度だけ短く溜息を吐いたのだった。

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