化け物を欲する男
「アレクお兄様、私ちょうどお腹が空いたの。一緒にお茶しましょ!」
「ああ、そうだな」
「ふふっ、お兄様の好みはよく知っているから安心して」
デルマは彼の側からするりと離れると、軽い足取りでレイの元へと向かう。アレクサンダーは侍女と楽しげに談笑する妹の姿を横目に見ながら、ブルネットの瞳を冷ややかに細めた。
その後アレクサンダーはしばらく使用人たちと雑談していたが、用意が整うと途端に全員がその場からいなくなった。普通こんなことはなく、デルマだけが首を傾げる。
「俺が言い含めておいた。可愛い妹と積もる話があるから、しばらくは二人きりにしてほしいとな」
アレクサンダーは丁寧に撫でつけていた髪を片手でぐしゃりとかき上げ、粗暴な手つきでクラバットを緩める。人払いをした途端に、口調から表情からすべてがデルマがよく知る彼へと変わった。
(こうする為に、使用人と仲良くしてたんだ)
妙に納得しながら、デルマはただ軽く相槌を打つだけ。顎で差された通りに、対面のソファに腰掛けた。
「さて、デルマ。ここでの生活を随分満喫しているようだが、俺に言うことはあるか?」
「言うこと?遠路はるばる足を運んでくれてありがとう、お兄様?」
「……はっ、いい加減莫迦の真似事はよせ」
正面から伸びてきた手が、まっすぐデルマの細首を掴む。指先が白くなるほど、アレクサンダーは容赦なく彼女の首を絞めた。
「か、は……っ」
「どうだ、懐かしいか?お前は痛めつけられるのが好きな、化け物だからなぁ?」
美しい顔に浮かぶ笑みは妖しく不気味で、アルビノの瞳いっぱいに映る自身を見てはさらに口角を上げた。
「まさかあの邪神にもこうしてほしいと頼んでいるんじゃないだろうな」
「た、たの……ま、な……っ」
「お前の言うことなど信用するか」
首に跡がないことを見れば一目瞭然だが、デルマを責める口実に真実など無用。アレクサンダーは恍惚とした表情で、彼女の眉間に皺が寄るのを嬉しそうに見つめていた。
久々の感覚に、加減が効かない。とうとう口から泡を流し始めた頃、ようやく手から力を抜いた。デルマは糸の切れた人形のように四肢をあらゆる投げ出し、どさりとその場に伏せる。その様子を冷えた瞳で見下しながら、容赦なく頭を踏みつけた。
デルマが去ったことにより憂さ晴らしの道具を失ったアレクサンダーは、自虐本能を抑えることに苦労していた。適当なメイドを選んでは似たように痛ぶってみたが、いかんせんすぐに壊れてつまらない。その上父であるアドルフから「王女に気づかれたら面倒だ」と苦言を呈され、ますます発散どころを失っていた。
デルマなら、何をされても騒がない。デルマなら、何を言われても黙って従う。デルマなら、デルマなら、デルマなら……と彼女を思い浮かべては、テーブルにいくつも首輪を並べるという無意味な行動を繰り返していたのだった。
「お前は一度でも、俺を思い出したか?デルマ」
「ア、アレク……おに、いさ……」
「いい加減、それを止めろ‼︎」
怒号とともに、アレクサンダーはさらに足に力を込める。
「お前はそうやって、無様に這いつくばっているのが相応しい。所詮プシュケの真似事をしてみたところで、お前が化け物だという事実は変わらないんだ」
ぽっかりと空いた穴が少しずつ満たされていくのを感じ、彼は内心高揚感に胸を滾らせていた。万人から称賛されようが、美しい王女を手に入れようが、そんなものでは決して埋まらない。
「お前のような化け物を受け入れてやれるのは、俺しかいない」
「お、に……さ、ま……」
「まだ、分からないのか?」
全身が痺れ動くことができないデルマの傍に肩肘をつくと、彼女の腹の古傷にそっと触れる。先ほどまで渾身の力で首を絞めていたとは思えない、慈悲を窺わせる優しい手つき。なにをされても文句ひとつ言わないデルマが、昔から唯一嫌悪を示す行為だった。
「帰ってこい、デルマ。お前の居場所なら、俺が用意してやる」
「わ、わたし……」
「今までの扱いに不満があるなら、望み通りにしてやってもいいんだ」
アルビノの瞳に映るのは、アレクサンダーの穏やかな微笑み。中身がどれだけ汚れていようが、表側が美しければそれでいい。ほんの少し甘言を使えば、簡単に言うことを聞かせられた。これまでそうして生きてきた彼にとって、デルマは唯一この手法が通用しない相手。
優しくすればするほど、なぜか怯えて体を縮こませる。アレクサンダーにとってはそれが興味深くもあり、同時に腹立たしさを助長させる行動でもあった。なにをしても籠絡できないのならば、いっそ手足をもぎ取るより他に方法はない。




