アレクサンダー・マリーウェルシュの来訪
応接間の扉を開けると、すぐにアレクサンダーが振り返る。デルマの顔を見た瞬間驚いたように目を見開いたが、すぐに普段通りの柔和な表情に戻った。
「お兄様!まさか私に会いに来てくださるなんて、思ってもいなかったわ!」
「ああ、デルマ。久しぶりだな」
淡い紫色のドレスをふわふわと揺らしながら、デルマはアレクサンダーの元へと駆け寄る。天使と称される妹と、美しい兄が並ぶと圧巻で、誰もが思わず目を奪われた。
こと最近リバーシュの前では形無しだが、それ以外では完璧にプシュケの真似事ができる。アレクサンダーに対してもそれは当然で、彼女は心の底から嬉しそうにはにかんだ。
久しぶりに対面したアレクサンダーは、表面上穏やかに微笑みながら内心デルマがまだ莫迦の真似を続けていることに腑が煮え繰り返りそうだった。髪も目の色も顔の造りも違うのに、所作が特徴を捉え過ぎている。
アルビノの瞳は、デルマだけに与えられたもの。幼少期より、彼女の生意気な瞳を何度抉り出してやろうとしたか分からないが、その度になぜか手が震えできなかった。
この目に見つめられると、不愉快で不愉快で仕方ない。けれど今、自分以外の男がそこに映し出されていることの方が到底我慢ならなかった。
デルマが彼の邪神の元へ旅立ってからというもの、アレクサンダーはいつ彼女が殺されるだろうかと気が気ではなかった。父の手前もあり、そう簡単には手を出されまいと頭で理解していても、感情のコントロールが上手くいかなかった。
今こうして息災である姿を目にし、彼は安堵するとともに言葉では表せない黒い渦が胸中で暴れ初めていた。
「どうして突然、来てくださったの?」
そんなアレクサンダーの情緒など気にも留めず、デルマは白く細い腕を兄のそれに絡めた。
「喪が明け、ようやく結婚式の目処が立った。お前にも知らせをやろうとしたんだが、どうせなら直接伝えた方がおもしろいだろう?」
「もう、そんなこと言って。本当は、私に会いたかっただけのくせに」
「ははっ、否定はできないな」
薄気味の悪いやり取りに、アレクサンダーの額に微かな青筋が走る。当のデルマは、そういえばマリーウェルシュの家では二人も人が亡くなっていたんだと、今さらながら思い出した。
リバーシュの元へやってきてからというもの、彼のことを考えない日は一日もない。そこがプシュケとの決定的な齟齬であったが、まぁ仕方がないかと楽観的に捉えていた。
いかんせん彼の存在が大きい為に、マリーウェルシュ家の面々に思いを馳せる時間もなければ、故郷を恋しいと感じる心もそもそも持ち合わせていない。アレクサンダーがやってきた時いた時は確かに驚いたが、顔を見ても特段心を揺さぶられることはなかった。
「誰かと一緒ではないの?たとえば、モネ王女様とか」
「まさか、彼女をこの国に連れてくるわけにはいかない」
アレクサンダーの言葉に、レイ含む使用人たちの眉がぴくりと反応する。いくら絶世の美男子といえど、彼はアンダールの人間。デルマとは打ち解けたが、基本的にはいまだ敵対心が拭えていない。
「失礼、変な意味ではないんです。アンダールがこれまで貴国にしてきた蛮行を鑑みれば、歓迎されないのは当然のこと。僕は仕方ありませんが、それを婚約者に味合わせたくはなかった」
彼は使用人ひとりひとりの顔を見やりながら、穏やかな口調でそう付け加える。まさか謝罪されるとは誰も思っておらず、皆一様に罰の悪そうな表情を浮かべた。
「デルマを受け入れてくださった皆さんには、心から感謝しています。連絡もなしに突然訪問した非礼をお詫びしたいのですが、妹と再会できた嬉しさについ自分の感情を優先してしまいました」
「そんな……。顔を上げてください、マリーウェルシュ様。謝罪しなければならないのは、私共の方です。無礼な態度をとってしまったことを、どうかお許しください」
執事長が一歩前へと進み、アレクサンダーに対し陳謝する。他の使用人たちも対面を保つ為、彼に倣い腰を折った。
「いまだに妹離れできない、馬鹿な兄なんです」
少し照れたようにはにかむ彼の笑顔は、それは凄まじい破壊力だった。ただでさえ、トルスタンにはいない儚い美貌の令息が、権力を傘に着ることなく柔軟な対応をしてみせた。その上で妹を大切に思う兄の顔を見せられれば、もう堕ちないものはいない。
元敵国?それがなんだ、所詮美男子には敵わない。ことメイドたちにおいては一斉に頬が赤く染まり、一瞬でアレクサンダーの虜となってしまったのだった。




