リバーシュのいない城は、殺気に欠ける
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ある上天気の日。デルマは適当な鼻歌を口遊みながら、専属侍女であるレイとともに庭園を散策していた。この城には花らしい花などなく、目に入るのは目隠し用の荒々しい樹木ばかり。
レイは花でいっぱいの実家を思い浮かべながら、いつかあの景色をデルマにも見せてやりたいなどと考えていた。楽しそうにしてはいるが、きっとこんな場所は退屈で仕方ないだろうに、と。
当の本人は、色とりどりの花に囲まれた庭園に興味などない。目に映る景色はなんだって構わず、滑らかなルビーレッドの髪を風で遊ばせながら、彼女は心地よさそうに目を細めた。
二、三日前からリバーシュは不在で、使用人たちはのびのびと過ごしている。あの肌に突き刺さる殺気が恋しいと感じているのはデルマだけで、夜の時間も退屈で仕方がなかった。
誕生日の日、デルマがリバーシュに本音を打ち明けて以降、彼女の足取りが明らかに変わった。早く行きたくてそわそわと忙しなくなったり、かと思えばいざ扉を目の前にすると躊躇ったり。
デルマの行動原理は「プシュケなら、こうする」意外になかった為、それ以外で発生する思わぬ感情にはまったく耐性がなかった。結局、不機嫌そうなリバーシュが先に扉を開けてしまうということも、あれから何度かあった。
レイや他の使用人たちの前では、完璧な天使を演じられるのに。リバーシュに対してだけ、気が緩んでしまうのはなぜなのか。
――化け物だと、ただそう思い込んでいるだけだ。
言われた言葉を、もう何十回と反芻した。その度に、心臓が縄で締め付けられるような感覚を覚え、拳で胸元を叩く。周囲から恐怖の象徴とされている彼の金色の瞳は、デルマにとって日に日に輝きを増していく。
あくまで邪神としてのリバーシュを崇めていたはずが、いつの間にかそれを剥ぎ取った彼自身との会話を楽しんでいることに、デルマ本人は気付いていなかった。
「こんな風に散歩できるなんて、今日はなんて佳き日なのかしら!」
「もう、また……」
「だって私、気に入ってしまったんだもの」
誕生日の日に、レイがデルマに対し贈った言葉。それ以降、彼女は事あるごとに「今日は佳き日だ」と嬉しそうに口にしては、レイに呆れられていた。
「そろそろ休憩して、お茶にいたしましょう」
「まぁ、素敵!今日のお菓子はなにかしら?」
「今日は確か、クリームクッキーサンドだと料理人が」
「わぁい、やったぁ!」
デルマはぱぁっと目を輝かせながら、弾んだ声を上げる。そしてふと、この閑散とした庭に花よりも先にガゼボを作りたいと思いついた。そこでティータイムができれば、きっと楽しいだろうと。
(リバーシュ様は、誘っても来てくれないだろうなぁ)
話を切り出した時、どんな反応が返ってくるのか手に取るように分かる。心底嫌そうな顔で口元を歪ませる様が目に浮かび、彼女は思わず小さく噴き出した。
「どうされましたか?とても楽しそうですが」
「あのね?今リバーシュ様の顔が浮かんで――」
デルマが嬉しそうに話し始めた瞬間、ひとりの使用人が彼女の元へと駆けてくる。そして、ここでは決して耳にすることのない名前を口にした。
「アレクサンダー・マリーウェルシュ様がお越しに」
「え……っ、アレク、お兄様が……?」
リバーシュの顔はぱっと消え去り、代わりに兄の存在が頭を過ぎる。絶世の美青年と賞賛されていた彼はいったいどんな容姿をしていたか、上手く思い出せない。
長年アレクサンダーと生活をしていたが、デルマは彼の美醜を気にしたことなど一度もなかった。マリーウェルシュ家の面々から、心身ともに与えられる酷い苦痛に耐える為に感情を手放した彼女には、アレクサンダーの美しさがまったく理解できない。
(アレクサンダーが、どうしてここに……)
純粋な疑問が浮かび上がり、デルマはやや首を傾けた。リバーシュと過ごすようになってから彼のことばかりで、アレクサンダーがその後どうなったかなど頭の端にもちらつかなかった。
「応接間にてお待ちですが、いかがされますか?」
「ええ、今から行くわ。お茶とお菓子の用意をしてくれる?できれば、あまり甘くないものを」
「はい、かしこまりました」
使用人は恭しく腰を折り、その場から立ち去る。リバーシュがいない今、自分が応対するしかない。周囲からしてみれば家族に会えるのだから、もっと喜んで迎えなければと、デルマはにこりと微笑んでみせた。
(あーあ。クリームクッキーサンド、早く食べたかったのになぁ)
それだけを残念に思いながら、彼女はレイとともに城内へと戻るのだった。




