佳き日に作った、クランペット
「もう少し、ここにいさせていただけませんか?」
「好きにしろ」
「ありがとうございます、リバーシュ様」
顔を顰めたまま、リバーシュも立ち上がる。胸元を叩きたい衝動に駆られたが、拳を強く握り締めそれを堪えた。
「ふぅ……」
いまだ落ち着かない心臓を抑え、先ほど言われた通りに呼吸を整える。この場にいると決めたのなら、もう迷惑はかけられない。
「今日は、クランペットを作ってきました。リバーシュ様と一緒に食べたくて」
簡易ソファに腰掛け、デルマはバスケットの中身をテーブルの上に並べ始める。簡易ポットから紅茶を注ぎ、蜂蜜の入った小瓶をクランペットの隣に置いた。
「これは、一体なんだ」
「えっ?ですから、私が作った……」
「アンダールでは、クランペットは黒く焦げ付いているのが普通なのか」
「まさか、そんなはずありません。リバーシュ様は、クランペットを召し上がったことがないのですか?」
さもリバーシュがおかしな発言をしているかのように、デルマは目を丸くする。けれど正しいのは彼の方で、クランペットだと言って置かれたものは、どこからどう見ても炭の類にしか見えなかった。
「見栄えは悪いですが、味は普通です」
「これを食べたのか?」
「いいえ、食べていません」
「なぜ、味が普通だと言える?」
「だって、同じ材料で作ったから」
デルマは、プシュケの真似をするようになってから初めて貴族らしい食事を口にした。それまでは、虫でも雑草でも雨水でも平気で口にしており、たとえ腹を壊しても次の日にはけろりとしていた。
美味しいものは美味しいが、不味いものは不味いと感じない。口に入ればなんだって構わないという精神は、今もなお変わっていなかった。
「心配でしたら、私が先に毒味をいたしましょう」
躊躇うリバーシュを見て、デルマは毒を盛られていないかと疑われているのだと、勘違いする。
(普段自分で毒を飲んでいるくせに、なんだか矛盾してる)
黒焦げのそれを掴むと、ひと口。食物を口にしているとは思えない、なにかを破壊しているかのような咀嚼音が静かな部屋に響く。
「ほら、食べられますわ」
「……」
ごくん、と喉を鳴らし得意げに胸を張るデルマに、リバーシュはただ目を細めるだけ。普段ただでさえ食に興味のない彼は、眼前に置かれたクランペットを睨みつけながら、心底食べたくないと無意識に口を結んだ。
「やはりこれは、失敗作なのですね。実は料理人にも、これは食べない方がいいと止められましたの。私はあまり気にならなかったけれど、とても人様にお出しできるような品ではなかったみたいです」
もうひと口齧りながら、デルマは淡々とそう言った。以前好きなものはなにかと尋ねた時、リバーシュは「口に入ればなんでもいい」と答えた。あれは嘘だったのかと、彼女は内心唇を尖らせる。
「大体、自分で作る必要はないはずだろう」
「なんとなく、挑戦してみたくなって」
料理本を読んで手順は完璧に記憶してあるし、料理人を見ていれば案外簡単にできそうな気がした。いつかここを追い出された時の為にも、料理は自分で作れるに越したことはないとも思ったが、どうやら道のりは長そうだ。
「それに、今日は佳き日です。私が作ったものを、リバーシュ様に食べていただきたいなと思って」
レイが、デルマの誕生日を「佳き日」だと言ってくれたことが、想像以上に嬉しかった。リバーシュからの祝いが欲しいわけではない、ただ今日という日になにかいつもとは違うことがしてみたかっただけ。
「おとなしく、料理人が作ってくれたものを持ってくるべきでしたわ。これはすぐに片付けますので、どうかお気になさらず……」
バスケットに仕舞おうと手を伸ばした彼女よりも先に、素早くクランペットを掴み口に放り込む。甘い蜂蜜を遥かに凌駕する苦味が舌を刺激し、穀物でできているとは思えない硬さに、奥歯の軋む音が聞こえた。
「美味くはない」
リバーシュは言いながらも、淡々と食べ進めていく。あっという間にひとつ平らげ、また新たなひとつを手に取った。
「あの……。無理をなさらなくても」
「口に入れば同じことだ」
「それはそうですが」
そういえば、リバーシュがなにか食べ物を口にしているところを、初めて見たなとデルマは思う。普段と変わらず
険しい表情をしてはいるが、もぐもぐと口を動かしている様子は、なんとなく可愛らしい。
「……見るな、鬱陶しい」
「申し訳ありません、嬉しくてつい」
言い訳めいた口調でそう言うと、彼はふと食べる手を止めた。




