エピローグ4 戻り来たるもの
……【大怪蟹】との戦いに勝利し、見事池袋を救った灯夜たち。長い苦難の一日は終わり、一行は無事学園へと帰還したのだった。
そしてこれは、その翌日から始まる後日談である――――。
……人里離れた山中のさらに奥、無数にある鍾乳洞を数百メートル降った先にある東の妖の居城。そこに俺が帰り着いたのは騒動から一夜明け、正午も過ぎた頃になってからだ。
「クソ、ひと仕事終えるたびにこんなクソ山奥まで戻らされるなんて……不便どころの騒ぎじゃあねえ。クソだクソ!」
昨日池袋で栲猪の野郎を始末し、富向のなれの果ての巨大蟹が空の彼方にフッ飛ばされるのを確認した後……この俺、がしゃ髑髏の我捨は任務完了の報告のため再び妖の本拠地に戻らなきゃあならなかった。
あの地下深くには携帯の電波も届きゃしねえし、それ以前に携帯持ってる奴が居るかどうかすら怪しい……本来なら専門の伝令役とかがいるハズなんだが、生憎新参者の俺にはソッチ方面のツテが無え。
何にせよ、報告するには直接出向くしかねえって事だ。
そういうわけでこのクソ山奥を目指した俺だが、その道のりは平坦なものではなかった。
まず検問で封鎖された池袋から出るまでが一苦労だ。外から野次馬が入らないようにって事だろうが、中から出る分にはフリーパスって訳にもいかねえ。闇に紛れてコソコソと網の隙間を搔い潜っている時はまるで自分がお尋ね者にでもなったような気分だったぜ……まあ当たらずとも遠からずだが。
池袋から出られてもまだ厄介事は続く。何せ道路は通行止めで電車も動いちゃいない……結局交通機関が生きてる所まで延々歩くしかなかった。妖だって歩かされれば疲れるのだ……特にあんな激しいドンパチをやらかした後では。
そんでも何とか駅までたどり着き、電車を乗り継いで山奥駅へ……ってところでタイムアップ。終電の時間だ。
田舎の電車の時間あたりの本数は都会のそれとは比べものにならない程少ない。一本逃せば次は特急待ちを挟んで一時間後なんてのもザラにある。それを繰り返せば零時を回るのもあっという間という訳だ。
……さすがに夜を徹して歩く気分じゃねえ。まあ仕事は済ませたんだから焦る必要もあるまい。先に戻った阿邪尓那媛がもうだいたいの事は報告した後だろうし。
って事でテキトーに暇を潰して始発を待つ事にした。どうせ山奥駅に着いたところでそこから本当の山奥まで歩くハメになるんだからな――――
てなわけでようやく妖どもの居城に帰ってきた訳だが……何か、様子がおかしい。雰囲気が妙なのだ。
「おいテメエ。ここで今何か起きてんだろ……言え!」
俺はその辺を歩いていたテキトーな妖――――一つ目の小僧を捕まえて聞いてみた。
「い、痛い! 離して下さ――――ゲホっゲホ……何かって何の事です!?」
「だから、何かの事だよ! 俺が前に来た時はこんな雰囲気じゃあなかった。絶対に何かあったハズだ!」
「何もないですよ! ちょっと前に裏切り者が出たとかいう話を聞いたくらいです。それ以外には、特に何も――――」
ガタガタ震えながら答える一つ目。やっぱりこんな下っ端じゃ何も知らねえか?
「そいつならもう片付けたよ! そういや、俺より前に土蜘蛛の女が帰って来てるだろ。あいつはどうした? 阿邪尓那媛ってヤツなんだが……」
「つ、土蜘蛛の連中なら何やら重要な話し合いだとかで全員奥に引きこもってますよ。そういえば裏切り者もその土蜘蛛のひとりだとかいう――――」
「だから、そいつは片付けたって言ったろうが!」
駄目だ、コイツじゃ話にならねえ。俺は喉首を掴んだままだった一つ目を放り捨て、居城のさらに奥を目指すことにした。
「蛟の旦那なら、さすがに何か知ってんだろ……」
土蜘蛛の話し合いってのは十中の十裏切り者絡みなのは間違いない。阿邪尓那のヤツがどんな報告をしたかは知らねえが、栲猪がくたばった事実は奴らを少なからず動揺させてるのかもしれない。
「仇討ちだなんだで向かって来られたら面倒だな……面倒なだけだが」
地下深くに築かれた居城……多くの妖がそこを根城にしている都合上、その内部は棲み分けの為にいくつもの区画に区切られている。さっき聞いた土蜘蛛の引きこもってる場所もそのひとつだ。
「旦那たち水妖が居るのは地底湖のあたりだが……」
奥へ奥へと進むたび、妙な違和感は強くなっていく。空気そのものが張り詰めたようなピリピリとした感じだ。俺が前に来た時には感じなかった気配……何か、得体の知れない化け物でも潜んでやがるっていうのか?
「さて、どうするかな」
俺の前で、道はふたつに別れている。ひとつは蛟の旦那が居るであろう地底湖へ向かう道。もうひとつは、今や洞窟全体を覆いつくした不気味な気配……その瘴気のような気配がより強まっている道だ。
「普通なら、まっすぐ旦那の元へ行くのが正しいんだろう……けどよォ!」
俺が選んだのは、気配の根元への道。当然だ……泣く子も黙る死界の怨霊、がしゃ髑髏の俺様がたかが気配にビビったとあっては怨霊の名折れ。
旦那にゃ悪いが報告は後回しだ。まずはその正体をこの目で確かめねえと!
一歩、一歩と足を踏み出すごとに……通路を満たす瘴気は濃くなっていく。今じゃあ見えない空気の壁みたいな圧力まで感じるようになった。これが妖の妖気の類いだとしたら、そいつは俺が知っているどんな妖よりもバケモノじみた怪物だって事になる。
「この先は確か大広間。俺はまだ入ったことはねえが……」
昔は妖どもの頭領、妖大将とやらが集会なんかに使っていた場所で、洞窟の中だってのにいっぱしの大ホールとして使えるよう整備されていたらしい。
まあそれもずいぶんと前、例の大夜行の後妖大将が雲隠れしてからは使われていないって話だ。そういえばこの前の夜行の時も決起集会は地底湖でやってたっけか。
「……ここかよ」
そして今、俺の前にはその大広間に続くデカい扉が立っている。高さ十メートル以上はありそうな観音開きの鉄の扉……まるで悪の大魔王でも飼っていそうな門構えにはさすがの俺も軽くドン引きだ。
「やべえ気配はこの中からしやがる。居やがるのか……中に」
確かめるには、扉を開けるしかねえ……だが、それはその奥に潜む何者かに俺の存在を知らせる行為に他ならない。
何せこれ程の妖気を放つ相手だ。招かれざる客をどう歓迎してくるか予想もつかねえ。
「まあ、ここまで来といて引き返したんじゃビビりもいいとこだ。鬼が出るか蛇が出るか、試してやろうじゃあーねぇか!」
覚悟を決めて、俺はノブも取っ手もない扉に手を置いた。氷に触れたようなぞっとする冷気が手のひらから伝わってくる。
「とは言えどう開けたもんか……とりあえず押してみるか?」
扉に体重をかけようとした、その時だ。不意に背後に生じた気配に俺は反射的にその場を飛びのいた。
「我捨! 我捨ではないか!」
「み、蛟の旦那!?」
そこに居たのは……見慣れた水色の着物を着た長髪の、一見優男風の姿。頭領代行としてこの居城を仕切る蛟の旦那だ。
「おお我捨よ! 良いところに戻った! 今日は何と良き日であろうか……!」
大股でつかつかと歩み寄り俺の両肩をがっしり掴む旦那。いつになく高いテンションと上気した顔から、おれはなんとなく事態を悟った。
「我捨よ、遂に待ち望んだ時が来た。長き雌伏は終わりを告げ、ようやく訪れるのだ……我等妖が再び立ち上がる日が!」
旦那がこうなるのは、決まってある人物が関わっている時。水妖の長、蛟をすら従わせるそいつが、このうっとうしい気配の正体だったのか……!
「我等が頭領にして東の妖大将。そして……我が終生の忠誠を捧げた唯一の主!」
重苦しい音を立てて、巨大な扉が開き始める。そして俺は……見た。奔流のように溢れ出す凄まじい妖気の――――その源を。
「大将軍、山本五郎左衛門閣下がお戻りになられたのだ!」
久しぶりの妖サイドのお話!
……やっぱり不穏なのはそれはまあ……(;^_^A




