エピローグ3 フードコ-トで密談を
……【大怪蟹】との戦いに勝利し、見事池袋を救った灯夜たち。長い苦難の一日は終わり、一行は無事学園へと帰還したのだった。
そしてこれは、その翌日から始まる後日談である――――。
「――――で、そのヤバい話って何よ?」
ゴールデンウィーク中の天御神楽学園。大半の生徒が校外で連休を満喫する中であっても、学園内の商業施設は通常通りに営業を続けていた。
「決まってんじゃん。昨日の池袋のアレよアレ」
学園に残っている生徒や教職員も少なからずいる為、各種テナントが営業を止めてしまう訳にはいかない……無論これで生計を立てている以上、客がいて利益が出るのであれば営業しない理由はないのだが。
「ガス爆発で燃えたってヤツでしょ。まあヤバいっちゃあヤバいけどさ……あたしらには関係なくね?」
このフードコートもそんなテナントのひとつ。いつもは放課後の生徒たちで賑わう人気スポットだが、流石に大型連休の今は閑散としたものだ。
「それがそうでもないって話なんだよ……何でもアレ、妖の仕業なんだと」
そのフードコートの隅のテーブルで、二人の女生徒がのんびりと談笑していた……少なくとも、傍目にはそうとしか映らなかった。
「げ、妖かよ。東の管轄でこんな大事になんのって珍しくね? ここの術者がなんかヘマでもやらかしたとか?」
「そ。例の対策室の連中が散々苦戦して片付けたって話だけど、その妖を見たって話が今ネットで噂になってんのよ」
二人共見た目はどこにでもいる一般生徒。着崩した制服から高等部だという事も分かる……お嬢様らしからぬ髪色と言葉遣いはこの学園の生徒らしくないと言えなくもないが、そういった生徒が一定数いるのもまた事実だ。
「ヤバいってコレか……『池袋上空にドラゴンを見た!』ってヤツ。動画ニュースになってないんで気付かなかったわー」
だるそうにスマートフォンをいじりながら話し続ける二人……会話の内容も一見他愛ない直近の話題だが、そこに混ざる単語のいくつかはこの学園の実情を深く知らなければ出てこないものだった。
「気になって調べてみたら、対策室の主力がみんな病院送りになってて笑ったわ……ドラゴンとやり合ったってのもまんざら噓じゃないかもなー」
「でもさー、池袋が無事ってことは『倒した』って事じゃね? 封印したとしたら現物を……そうでなくても死体の一部くらいは持ち帰ってきたハズ、だよな!?」
「並の妖ならくたばればチリしか残らねーが、伝説級のヤツは死んだ後にも霊力の宿った遺物を残すって言うしなー。もしドラゴン……【竜種】あたりのレア物となればその価値は――――」
ごくり、と唾を飲み込む二人。彼女たちは妖の残した霊的遺物が術者の間で高額で取引されているのを知っていた。絶滅した【竜種】のそれが天文学的な価値を持つであろう事も……
「こ、これは上に報告した方が……いや、今すぐ報告しなきゃヤバいだろコレ!」
「だな! 情報だけでも結構な報酬出んだろコレ……他のヤツに先越される前にあたしらで――――」
「――――アタシらで、どうするって?」
不意に耳元で囁いた声に、弾かれるように腰を浮かせる女生徒。がたり、とテーブルが揺れて背の高いフタつきのドリンクカップが倒れて転がった。
「な、お前……!」
そこに居たのは、金色に染めた髪を肩の位置で束ねた長身の少女だった。二人とどことなく近い雰囲気はあるものの、こちらは制服ではなく休日らしい私服姿である。
「灰戸一葉――――いつから聞いてた!?」
「なんや、ウチが盗み聞きでもしてたような言い方やなあ。たまたまヒマ潰しに来ただけだってのにえらい言われ様や」
灰戸と呼ばれた少女はにやにやと笑みを浮かべながら隣のテーブルから椅子を拝借し、二人のテーブルに相席を決め込む。
「……何のつもりだよ。あたしらには公私を問わず近づかねーって決まりだろ。あんたと仲良しに見られたらこっちが困るんだけど?」
女生徒の一人が灰戸に詰め寄る。語気は荒いが、先程よりだいぶ声量は抑え目だ。
「ウチだってそれは承知の上や。けど、そっちがどうにもきな臭い話をしてたんでやむにやまれず……ってトコやな」
「あんたまさか、あたし達を出し抜いて報酬を横取りしようってんじゃ……」
険しい顔で睨み付ける女生徒をよそに、灰戸は横倒しになったカップを掴むと……そのストローに躊躇なく口を付けた。
「ふう。アンタらには悪いけど、その話はもう済んだ話なんや。昨日の時点でウチがとっくに報告しとるんやからな」
「な……」
女生徒たちは驚きを隠せなかった。事件からまだ丸一日と経ってはいない……それなのに、灰戸はすでに池袋の事件についての報告を終えていたというのか?
「ふざけんな! あんたの仕事はあたし達に疑いを向けないための囮だろうが! 手柄の横取りまで頼んだ覚えはねえぞ!?」
「そう。ウチは囮……あからさまに怪しい動きを見せて学園の連中をけむに巻くのが仕事や。本命の諜報員……スパイのアンタらがあっさり捕まらんようにするための、な」
細くすぼめた灰戸の眼が妖しくきらめく。そう、それが彼女が天御神楽学園に転入してきた真の目的。
あまりにも諜報に適しすぎた能力を持つ彼女が囮を務め攪乱する事で、他のスパイの行動を隠蔽する……それこそが“西”に与えられた彼女の使命なのだ。
「だったら……どうして!?」
「そら、ウチにも事情ってモンがあるさかい。スパイの仕事は任せるにしたって、最低限の報連相はせんと職務怠慢や……ウチだって、お偉いさんに睨まれるようなマネはしとうないからなぁ」
「……!?」
二人は困惑した。灰戸の意図が分からなかった。彼女が自ら諜報活動を行っては囮の意味がない。これでは囮をする気は無いと……自分達の仕事は当てにしていないと言われているようなものだ。
「……あたし達に、恨みでもあんのかよ」
「ちゃうちゃう。今回のは不可抗力ってヤツや。なんせウチは……あん時“現場”におったんやから」
「!?」
驚愕の表情のまま固まった二人の顔を交互に眺めながら、どこか満足げに微笑む灰戸。
「さすがに目の前で見た事を黙っておくワケにもいかんでなぁ。事が事がやさかい、裏切りとさえ取られかねへん。ちゅうわけでアンタら、今回は運がなかったと諦めや」
言い捨ててまた一口ドリンクを啜る。その馬鹿にしたような態度に女生徒たちは怒りを隠せない。
「お前……囮のくせにいいトコ取りしやがって!」
「あたしらは中等部の頃からこっちで仕事してんだ! 新参者が舐めた口聞いてんじやねーぞ!?」
怒気のこもった視線に晒されながらも灰戸の表情は涼しいものだ。ひとつため息をつくと、空になったカップをゆっくりとテーブルに戻す。
「……言うてアンタら、むしろウチに感謝すべきなんとちゃいますか?」
「何ィ!?」
「だってそうやろ? 周回遅れの情報を意気揚々と報告してたら報酬どころか赤っ恥や。学園にスパイバレするリスクを冒してまでそんな下らないマネをしとると知ったら……上はアンタらの事、どう思いますかねぇ?」
唇の端を吊り上げ、笑みを作る灰戸……それは先程までのにやけた薄ら笑いとは違う、寒気がするような冷たい笑顔。
「ぶっちゃけた話、ウチの仕事は囮だけじゃあらへん。アンタらみたいなにわかスパイがヘマやらかした時、尻尾をつかまれる前に切り捨てるのもウチの役目なんや……コレがどういう意味か、分かりますやろ?」
その時二人は見た。普段閉じているのと見分けがつかない程細められている灰戸の眼……その瞼の奥に隠された瞳の色を。
――――深淵。光も彩もない、ただ真っ暗としか形容できない穴がそこにあった。
「う、うう……」
二人は知っている。こういう眼の色をした者が何を生業として生きている人間なのかを。その標的になった者が……どのような末路を辿るのかも。
「クソっ! 今日のところは勘弁してやる。ありがたく思いな!」
「けど次はねえぞ! よーく覚えとけ!」
怯えの色を悟られまいと乱暴に椅子を蹴り、捨てゼリフを残して歩み去る二人。
「……やれやれ、所詮はにわかの学生スパイ。捨てゼリフにも独創性があらへんわ」
再びため息をつき、テーブルに残されたもう一つのドリンクカップに手を伸ばす灰戸。
「あら、こっちは空か……まあええ。手間賃としてはこんなもんやろ」
――――天御神楽学園に潜入したスパイの支援と監視。“西”が彼女に与えた任務はこの二つだ。
「……ふふ、悪いなぁ。折角面白うなってきたところなんや……外野にちゃちゃ入れられるのは勘弁やで」
しかしそれとは別に、彼女自身の思惑というものもある。
――――“東”が【竜種】と接触し、それを手に入れたという情報が“西”に伝わるのはいずれにせよ時間の問題。重要なのはそこじゃあない。
手にしたカップを円を描くように振ると、中に残った氷がコロコロとこもった音を立てた。
……本当に価値があるのは、現場に居た彼女だけが知りえる情報。その【竜種】が既に学園の術者と契約し、霊装まで果たしているという衝撃的な「事実」。
「これは文字通り世界を動かせる情報や。“西”のケチな連中にタダでくれてやる義理はないで」
そう。彼女は自分が見たすべてを報告した訳ではない。“西”の諜報部門が数日後には手にするであろうレベルの情報を先出ししたに過ぎないのだ。
「ともあれしばらくは様子見や。【竜種】、そして月代灯夜……このふたつの小石、いや大石がどんな波紋で世界を揺らしてくれるのか。そのさわりを見届ける頃には、ウチの情報を高く売りつけられる相手の目星も付くってもんや」
にやり、と静かにほくそ笑む灰戸。その笑みの意味を知る者はまだ、ひとりも居ない――――
あのエセ関西弁の変なセンパイの不穏な一面がついに明らかに!
……え、登場時から不穏だったって? それはまあ……(;^_^A




