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ふれられないもの  作者: 柳
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決断ゆえに

 

 京都に残っていた地元組はその日のうちに新幹線へ乗り、東京駅からはタクシーを使い、夕方には学校のある地区に入った。それからは近い順に送ってくれることになり、滝椿を下ろした後、ようやく我が家の前に着いた。


「ご迷惑をおかけしました」


 タクシーのトランクから荷物を取り出した後、助手席の前で足を止めた。謝罪と、申し訳なさに頭を下げれば、遅れて穂乃香も頭を下げていた。


「これも、教師の務めだから」


 そう言って担任は苦笑いを浮かべていた。最後に見た料金メーターは、頭を下げるだけでは足りないぐらいの金額になっていた。それも、バスのキャンセル料から出るから気にするな、と言っていたが、それだけではきっと補えないだろう。足りない金額はどうなるのか、聞くのも気にするもの失礼で、せめて感謝を込めてタクシーが見えなくなるまで見送った。


 それから一週間の間は学校を休むことになり、傷を治すことに専念させられた。翌日には病院へ行き、レントゲンとMRIを撮り、脳と骨に異常がないことを医者から告げられた。軽度だったが怪我の治療も受けた。


 夕方には帰宅した穂乃香に異常がなかったことを伝え、俺自身も平気だと告げたが、最低一週間は“絶対”安静だと穂乃香は言った。絶対、という滅多に使わない強めの言葉を穂乃香が口にする時は、その後に何を言おうが決して妥協しない。仕方なく、一週間の間は家のことをして時間を潰すことになった。


 次の日の平日には、お礼の品(やや値段の張った有名なシュークリーム)を持って雪花の家へ行った。雪花の母親は気さくな人で、話が始まればしばらく止まらなかった。話に区切りが付いたのは三十分後だった。


「いい子だったのよ」と言いながら俺にクロを渡し、別れ際に頭を撫でてくれた。その仕草を見るだけで、クロが大事にされていたんだということが伝わってくる。何時か、雪花の母親のような里親が見つかるといいな、とクロに言いながら帰路に着いた。


 穂乃香は怪我をしている俺の世話をしようと張り切っている様子だった。そんな穂乃香に“怪我は治りかけだし、身の回りのことぐらい自分で出来るよ”と何度か言ったものの“駄目です”の一点張りで何もさせてくれなかった。


 リビングでくつろいでいる俺を見付けると、有無を言わさず部屋で休むようにと指示した。そんなに過保護にしなくてもと思ったが、素直に従った。この休みが、最後だと思うから。


 そして、一週間が経ち、怪我も治り学校に復帰する夜。再び悪夢を見た。


 真っ暗な世界。何度もみている夢。けれど、夢の中にいる俺にその認識はなかった。ここは何処なんだ? という疑問を頭の中で繰り返し、ただその場にたたずんでいた。


 しばらくすると、視線の先の暗闇から白い靄がたちこめた。湯気にも似た霧は辺りに充満しはじめ、うっすらと何かの輪郭が浮かびあがらせる。だんだんと色濃くなっていく靄は、半透明な形を構築させ鮮明になっていくと、白く輝く大きな箱に変わった。白く輝く箱は、俺が見てきたどんなものより魅力的だった。


 開きたい。そんな衝動にかられた。でも、俺は開けなかった。何色にも染まらず、ただただ白くて純粋な箱。ふれてはいけない。そう思えた。


 しばらく箱を見つめていると何時からそこにあったのか、箱の隣に鎖が落ちていた。銀色の太い頑丈そうな鎖。俺はそっと立ち上がり、鎖を手に取って箱に巻き付け始めた。鎖はとても冷たく重量感があった。


 どうしてこんなことをしているのか、自分自身もわからなかった。でも、こうしないといけない強い使命感だけが俺の中に存在していた。


 絶対に開かないように、開けられないように。箱が見えなくなるまで厳重に巻き付け、最後に南京錠で鍵を締めた。


 その作業が終わると同時に、ペタペタと遠くから歩く音が聞こえた。音のした方に視線を向けると、奇妙な生物が俺に近づいてくる。ペンギンのような短い手足はあるが頭部のない生物は、俺の前までやってくると足を止めて見上げた。


 こいつが何をしに表れたのかは知らない。ただ、こいつにやってもらいたいことがあった。俺は迷うことなく、手に持っていた鍵を奇妙な生物に差し出す。


「これ、捨ててくれないか」


 奇妙な生物は鍵を見つめると、再び顔を上げ俺を見つめているようだった。


「それでいいのか」


 甲高い声が俺に問う。返す言葉はひとつしかなかった。


「これでいいんだ」


 そう告げると、奇妙な生物は鍵を受け取り口に運び、まるごと飲み込んだ。用が済んだのか、奇妙な生物は何も告げずそのまま暗闇の中に消えていった。

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