第11話:クソまみれの泥船国家に呪いを
大規模な魔物の氾濫を処理した後、どうせここまで来たのならと、今後の長期計画を見据えて王国側の「魔物の森」の浄化もついでに進めておこうと考えた。
辺境のハンター協会支部と会議を重ね、「どの程度の規模の森を狩場として残すか」の妥協点を話し合い、大まかな運用方針を固めていく。それと同時に、広域浄化魔法を最も効率よく行使できるベストな地理的ポジションの選定も並行して行った。
粗方の計画がまとまり、ハンター協会がその具体的な実行案(住み分け案)を、この地を治める辺境伯爵のもとへ届けた。
――だが、にべもなく却下された。 なんでも、今回の魔物の氾濫による被害の大きさに完全に理性を失い、パニック状態で「魔物の森などすべて消滅させろ!」と狂ったように騒ぎ立てているらしい。 困り果てたハンター協会側が、俺の部屋へと相談にやってきた。
「ぶっちゃけ、俺は王都に戻ったらすぐにこの国を出るつもりなのよ。だから、君たちが良ければ、魔物の森を完全消滅させること自体に、俺個人の異論は何もないんだが」
「しかし聖女様、辺境伯は混乱しているのです。この領地の税収の大半は魔物素材の取引による利益に依存しています。森が完全になくなれば、一番困るのは伯爵自身のはずなんです!」
地元のハンターたちが、自分たちの職を守るためにも、辺境伯の発言の誤りを必死に訂正しようとしている。だが、肝心の本人がここにいないのだから、俺の部屋でいくら正論を吠えたところで始まらない。
「俺はそこまで暇じゃないし、他社の社内調整を待ってやる義理もないぞ」
「な、なんとかもう少しだけ待っていただけないでしょうか……! 我々で必ず辺境伯を説得してみせますから!」
どうかねぇ、と俺は内心で冷ややかに首を振る。
俺の知る限り、この世界の王侯貴族という人種は、下々の正論で説得されることなど絶対にない。無駄な時間とコストを消費するだけのような気がしてならない。
「いっそ、君たちも俺と一緒にこの国を出るか? 次は帝国に向かうんだが、少なくとも魔物の森に近い場所に次の拠点を構える予定だから、いっそ今から移住を視野に入れて動いた方が合理的だと思うぞ」
「え……?」
「だって、この国の為政者って総じてクソでクズだろう。今回の魔物の氾濫だって、王都の連中は援軍すら出さなかった。民の命を守る義務を果たさない責任者なんて、居ない方がマシだろう。それに、もし魔物の森を完全消滅となれば、この辺境は魔物の脅威が消えて安全な農業地帯にでも生まれ変わる。そうなれば、当然ハンターなんてお払い箱だ。なら、今ここで見切りをつけて新天地へ転職するのも、結果としては同じじゃないか?」
辺境伯がどんな人物かは知らんが、自分の命と領地を救ってくれた恩人である俺に対して、現時点で感謝の使者一人よこしていないわけだ。別に会いたいわけではないが、そんな最低限のマナーすら欠いている人物を、信頼できるはずがない。
ならば、本人の希望通りに魔物の森を完全浄化し、さっさと出奔するのが、一番面倒がなくていい。
「そ、それは……」
思うところがあるのか、ハンター協会の面々は複雑な表情で顔を見合わせた。
「故郷に愛着があるのは分かる。だが、客観的な事実として、王侯貴族は君たち辺境を見捨てた。そして現領主は、君たちの職場を奪うことに何の躊躇いもない。となれば、キャリアチェンジするか、別の場所で再スタートするしかないと思うぞ」
「……」
「まあ、決めるのは君たちだ。だが、なるべく早く結論を出してくれ。俺も暇をしているわけではないのでね」
そうして、ハンター協会に数日間の猶予を与えた。
彼らが連日、組織の今後について喧々諤々の会議を重ねている間、こちらは淡々と辺境領域の魔物の森の完全浄化計画を策定していく。あまり体力を使いたくはなかったが、一番見晴らしのいい高山に登って、そこから一発で広域浄化を掛ける形になりそうだ。
そうして作業を進めているうちに、二つの大きな事態が動きを見せた。
まず一つ目は、王都に残留させていたカランベルンからの定期報告。
なんと、王都で大規模な「聖女追放運動」が起きているという。 王侯貴族たちが、辺境での魔物氾濫の責任をすべて俺に擦り付ける流言を流したらしい。
さらに、こちらが『病気治療行為』を停止していることで、恩恵に与かれなくなった民衆の不満の矛先もこちらに向けられ、もはや群衆の暴走は制御不能な状態とのことだった。
また、王家からの使いが教会を訪れ、教皇に対し「聖女がこれまでの王家への非礼を直に詫び、王家に絶対の忠誠を誓い、指定の王侯貴族との婚姻契約を交わすのであれば、今回の一件を王家が執り成してやってもいい」という、ふざけた条件を突きつけてきたらしい。
どこまでも聖女の身柄を確保し、奴隷化したくてたまらないようだ。つくづく反吐が出る。
俺は即座にカランベルンへ返信を出し、計画に参加しているスタッフや機材、資産をすべて帝国に向けて隠密裏に移動させるよう通達。俺自身も、ここの辺境の問題が片付き次第、そのまま帝国へ向かって合流する旨を手紙に記して送った。 あとは、有能なカランベルンが現場をうまく回してくれるだろう。
そしてもう二つ目の事態。
結局のところ、辺境伯は最後まで魔物の森の完全浄化の要求を取り下げず、ハンター協会側も、この国に見切りをつけて俺たちと共に行動することを選択した。 王都支部のパウエル副本部長と、辺境支部の本部長であるマーチンという老ハンターが、揃って俺の部屋へ挨拶にやってきた。
辺境支部のマーチン本部長が、沈痛ながらも決意に満ちた声で告げる。
「魔物の森が完全浄化されることに伴い、我が辺境支部は閉鎖いたします。所属ハンターたちは、当面の間、帝国の支部へと順次移動させることになりました」
続いて、パウエル副本部長が書類を差し出す。
「今後、魔の森での活動方針をどうするか、帝国にて聖女様と共に再策定させてください。計画実行の際は、現地に新たな拠点を再構築し、それに合わせてハンターたちの人員配置を行う予定です」
現場の総意により、王国側の魔物の森は「完全浄化」に決定した。 すぐに出立の準備を整え、数日かけて魔の森にそびえる最も標高の高い山へと登った。山頂から眼下に広がるすべての原生林を見下ろし、最大出力の浄化魔法を行使する。まるで真っ白な雲海のような魔力の波動が世界を覆っていく光景は、なかなかの見ものだった。
そして、俺たちはそのまま王都へは戻らず、辺境領の国境を抜けて、帝国へと続く街道へと馬車を走らせた。
道中の街や村を通過する際、どこに行っても「偽聖女」への批判や罵声が盛んに行われていた。最悪の場合、暴徒による襲撃のリスクもあるため、同行している神殿騎士たちには鎧を脱いで一般人の服を着てもらい、馬車の豪華な装飾もすべて取り外した。
幸い、多数のハンターたちが護衛として同行しているため、大商団の移動にしか見えず、聖女の一行だとはバレずに済んでいる。だが、馬車の周囲を歩く神殿騎士たちからは、やるせない嘆きの声が漏れていた。
「魔物の氾濫という大災害を一人で収め、現地の大勢の国民を救った聖女様を、事実をねじ曲げて非難するとは……なんたる不信心者どもか」
「不信心という言葉すら生ぬるい。すべては王侯貴族どもの仕業だ。恥を知れと言いたい」
「いや、教皇も同罪です。教会に批判の矛先が向かないよう、責任のすべてを聖女様におしつけた。嘆かわしい……」
この神殿騎士たちは、あの丘の上で魔物を一瞬で消滅させた俺の魔法(圧倒的暴力)を特等席で直接目撃している。そのため、俺への個人的な帰依が異常に熱くなっており、今や教会の命令ではなく、俺個人の忠実な実行部隊として動いていた。
たまに馬車の窓越しに熱烈な祈りを捧げてくる奴がいるが、まあ実務に従順なのだから許容範囲だろう。ただ、アイドルを崇めるような目で俺を見るのだけは勘弁してくれ。中身はおっさんなんだ。
帝国国境の手前で、王都から鮮やかに脱出してきたカランベルン一行とも無事に合流。いよいよ、この胸糞悪い王国とも本当におさらばだ。
――しかし、馬鹿というのは、どこまでも底が抜けているらしい。 国境の関所を目前にした街道の先、妙な軍勢が道を塞いでいるのが見えた。
「王侯貴族からの多大な圧力を受け、教皇猊下が聖女マリアベルの『聖女認定』の正式な破棄を発表しました。それに伴い、王宮は貴族裁判の執行を宣言。聖女を騙る不敬罪の容疑者として、マリアベルの身柄を直ちに拘束せよとの逮捕命令が発布されています」
斥候の報告を聞きながら、俺の手元に、いま、まさに現物の騎士団が集結しつつある光景が広がる。
ガリガリと、不快感のままに頭をかいた。
もう、この国って滅んじゃっていいと思うわ。
やることなすこと、組織のトップから末端にいたるまで、すべてが醜悪で、ロジックが通じていない。あのクソ神は、俺に「人類を救え」だの使命を偉そうに語っていたが、当の人類からこれっぽっちも敬われていないじゃないか。
あー、はいはい。承知承知。分かりましたよ。 つまり、そういうことね。
お前らは、神を信じない。奇跡の価値も理解しない。自分たちの無能な不手際はすべて他人のせいにし、手に入らないものは力ずくで奪い取ろうとする。
――ならば、相応の「断罪」をしてやろう。
俺は、装飾を剥ぎ取られた馬車からゆっくりと降り、街道を塞ぐ王国の騎士たちからハッキリと見える位置まで進み出た。 そして、体内の全魔力を喉に響かせ、周囲の空間ごと震わせるような声を放った。 先日の高山での広域浄化でハッキリと分かったが、俺の魔力容量の限界値は、数千の魔物を消す程度ではびくともしないほど膨大だ。どこまでも大きく、広く、世界そのものを改変できるレベルで効果を発揮する。
「王国の諸君。私はマリアベル。君たちの言う、教会から聖女とされていた者だ」
幼い少女の声だが、不思議と男の声のようにも聞こえる音が、地鳴りのような威圧感を伴って街道に響き渡る。敵の騎士たちの馬が、恐怖で一斉に狂ったようにいななき始めた。
「さて。ハンター協会からの正式な救援要請を受け、王国の辺境領地での魔物の殲滅を行い、城塞都市の避難民を救助した我々に対して、王都では非難の声が上がっているとのこと。
実に見事な逆恨みだ。
王侯貴族は国軍を動かすコストを惜しんで救援を我々に丸投げし、自らは安全な王都で何一つ動かなかった。 現地の領主である辺境伯爵は、救助に駆けつけ、自分の領地を救った私に対して、ありがとうの一言すら言わなかった。
そればかりか、王国の国民たちは、神の使徒である私に向かって、魔物の氾濫の被害の全責任を取れと叫び、偽の聖女だと石を投げた」
そこで、私は一度言葉を区切った。 話しているうちに、これまでの実務に対するあまりの不条理への怒りが、マグマのようにせり上がってきたのだ。
帝国に向かうこの道中。この「偽聖女批判」の流言のせいで、街道の宿屋には宿泊を拒否された。災害救助に向かい、完全にバグを修正し、今後二度と被害が出ないよう森の完全浄化までしてやったというのに、俺は宿にも入れず、風呂にも入れず、泥にまみれた馬車の中で夜を明かしたのだ。 そして、その挙げ句が、逮捕だと……?
いい加減にしろ、この無能なド低脳どもが……!
「私は、神から直接使命を預かっている。『汚れた大地を浄化し、魔物の脅威から人類を救え』とね。
さて、王国の国民よ。
神の言う『人類』とは、一体どの範囲を指しているんだ?
王国の人間は、その人類に含まれているのか?
おかしいな。神の僕であるはずの人類が、神の使徒である聖女を全否定する。そんなことがあり得るか?
神の子どもたちが、神の意思を批判するわけがない。
神でもない教皇ごときが、神の使徒の認定を破棄する?
一体何の権限があってそんな規約違反を犯した? 王侯貴族が神の使徒を逮捕する?
――なるほど。君たちは全員、邪教徒なのかな? それとも、神への明確な反逆か?」
私は、冷酷に笑ってみせた。
「素晴らしい。
神がこの邪悪にまみれた土地に私を送り込んだ理由が、今ようやく理解できたよ。
つまり、この王国そのものが、真っ先に『浄化』されるべき暗黒の地帯だったというわけだ。王侯貴族を筆頭に、国民の末端にいたるまで、神への反逆が行き届いている。
ならば、契約通りに処分を下そう。
神への反逆者たちに、相応の呪いをくれてやる。
聖女を貶め、実務を妨害したすべての罪人どもよ。――呪われろ」
怒りのままに、最大出力の因果魔法を行使した。 標的は、俺を直接・間接を問わずに批判したことを自覚している連中、そして、自覚していなくとも他者がそれを認知していたすべての王国人だ。
術式が発動した瞬間、目の前の騎士たちの首元に、そして王都にいるであろう貴族や教皇、愚かな民衆たちの喉の位置に、強制的に『黒い真四角の入れ墨』が焼き付いた。 基本的に、健康や寿命には何の影響もない。一代限りの呪いだから、これから生まれる子供たちに遺伝することもない。
だが、俺はその入れ墨の概念を、世界中のすべての国家、すべての教会の認識へと強制的に同期・通達してやった。 『その黒い四角を持つ者は、神の使徒を排斥した、神への反逆者である』と。
たいした退職の挨拶じゃないが、釣りはいらねぇ。 あばよ、クソまみれの泥船国家。
目の前の騎士たちが、喉の痛みに絶叫し、恐怖で武器を落としてへたり込むのを一瞥もせず、俺たちは王国を出国した。
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