変態を卒業した第十四話
凍てつく寒さの中、集合場所でバスを待つ。
そこには、白い息だけが立ち込める。
手配したバスが着き、皆が乗り込む。
いつも暑苦しい位に近寄ってくる後輩は隣にいない。
到着した合宿所は、深い雪に囲まれた静かな場所だった。
美術部の騒がしい荷解きと、夕食のカレーの匂い。いつもの賑やかな部活の時間が過ぎていく。
だが、雫の姿だけが、和葉の視界の中で妙に遠かった。
夜も更け、部員たちが温泉で冷えた身体を温め合う中、和葉は湯船に浸かりながら、ふと雫の不在に寂しさを覚えていた。
(雫の奴、喜んで一緒に入ってきそうなのに……)
雫は中庭のベンチに腰を掛けていた。
「はぁ……私、何やってるんだろう……」
(もう、私、誤魔化すのは嫌だよ。先輩……)
冬の夜空。星が輝く澄んだ空気に白い息が立ち昇る。
「ひゃっ!」
「そんな驚くことないだろ」
和葉がコーヒー牛乳の瓶を雫の首に押し当てた。
「びっくりしますよ……」
「温泉、入らないのか? お前いつも真っ先に入りたがるくせに」
「……一緒に入ってどうするつもりですか、先輩」 いつもならここで何か変態発言が飛んでくるはずなのに、雫の声は静かだった。
「いや、普通に入るだけだけど……」
「そうですよね……あはは」
沈黙が落ちる。
和葉は雫の正面に立った。
「……どうしたんだ? 雫、あの怪我の後からおかしいぞ」
雫は苦笑しながら、諦めた顔でゆっくりと本音を零した。
「…私、ひどい後輩ですよね。助けてもらったのに、先輩を避けるような事して……。
私だって先輩の裸、拝みたかったですよ。
ただ、最近……直視できなくなっちゃったんです。
スカートを捲ろうとしても、手が震えてドキドキして……体が言う事を聞かなくて」
雫は自分の膝をぎゅっと掴み、息を小さく吸った。
「色々考えたんです。自分なりに。
でも結局、全部同じ答えに辿り着いちゃって……」 雫は小さく息を吸って、星空に向かって震える声で言った。
「——私、先輩のことが好きになっちゃったみたいです」
静かな夜に、その言葉が落ちた。
和葉は雫の手を取ると自らのところへと手繰り寄せ、抱きしめた。
「わぁ、先輩から抱いてくれたの初めてですね……」
そう言うと雫の頬を一縷の涙が伝っていった。
和葉は雫の背中をそっと撫でながら、照れくさそうに小さく言った。
「……ありがとう。でも、私、雫に対する気持ちがまだよく分からないんだ。
でも……ちゃんと向き合ってみるから。答えが出るまで、少し待っててくれるか?」
雫は和葉の胸に顔を埋めたまま、しばらく無言だった。
やがて、鼻をすすりながら顔を上げ、濡れた目で和葉を見つめる。
「何言ってるんですか、先輩……」
雫はふっと微笑んだ。
「私、答えなんて求めてませんよ。ただ……うん、私、決めました!」
雫の声が少しずついつもの明るさを取り戻していく。
「これから先輩を振り向かせます!
今まで以上に、もっともっと頑張っちゃいますね。
……よろしくお願いします、先輩♡」
最後の「せんぱーい♡」は、いつもの甘えたトーンに戻っていた。
和葉は顔を真っ赤にして目を逸らしながら、ぼそっと呟いた。
「……バカ。急に本気出すなよ」
雫はくすくすと笑い、和葉の胸にまたぎゅっと顔を押しつけた。
「今までは半分遊びだったんですけど……これからは本気ですから。
覚悟してくださいね、先輩?」
和葉はため息をつきながらも、雫の頭を軽く撫でた。
星空の下で、二人の関係は少しだけ、静かに、でも確かに前へと進んだ。
その後、雫はニコニコしながら部屋に戻ると、
泉希が不思議そうに声をかけた。
「どうしたの? ニコニコしちゃって。良いことでもあった?」
「うん!聞いて、先輩が抱いてくれたの!!」
泉希は持っていたタオルと洗面用具をばさっと落とした。
福女美術部の、騒がしくて馬鹿馬鹿しくて、かけがえのない日々はこれからも、きっと続いていく。
ただ、雫が本気になった日常は、どのように変わっていくのか予想も出来ない。
和葉はそう思いながらも、なぜか胸の奥が熱くなっていた。
完
これにて完結です。お読みくださりありがとうございました。
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