ピンチは何かを変えるきっかけになる第十二話
東屋に雲の切れ間から日が差す。
「雨、止んだな。今から下山するぞ。
泥濘んでるかも知れないから気をつけてな」
部長の言葉にそれぞれが返事をする。
「ありがとうございました。すごく安心出来ました」
そう雫が言うと手を解いた。
「にしても、凄い雨と雷でしたね」
「ほんと、すぐ止んで良かった」
「でも、先輩の絵が完成するところまで見たかったです」
雫が悔しそうに言う。
「仕方ないだろ。紙は雨には勝てん。それに何時でも何度でも描けるしな」
「……先輩って優しいんですね」
「私って優しいのか?」
「はい、だって理不尽な事にも怒らないんですもん」
「あぁ、理不尽ね。これは誰かさんのおかげで鍛えられたのかな?」
「あらあら、それはとっても良い後輩さんなんでしょうね。」
「まるで誰だか分かっているみたいだね」
「いいえ〜、知りませんとも」
小悪魔な笑顔を浮かべ答える雫。
最後尾を会話しながら歩く二人。
突然、後ろで雫の声が途切れた。
「ん?どうした、雫?」
和葉は振り返ると、左の足首を押さえながら座り込む雫が見えた。
「大丈夫か!?雫!」
和葉の叫ぶ声に他の3人も異常事態に気付く。
「完全に足を捻っているな。歩けるか?雫」
部長が言う。
「ごめんなさい……部長。歩けます」
そう言うと、立ち上がろうとする雫。
左足に力を掛けた瞬間、雫の顔が歪む。
「部長、私が雫を背負っていきます」
和葉が雫の歪んだ顔を見て、言った。
「そんな……先輩、私歩けます……」
「駄目だ。痛いんだろ?足。
いいから私に任せとけって」
そう言うと、自分の荷物を他の三人に預け、屈んだ。
「では……お言葉に甘えます……」
雫はそっと和葉の背中に覆い被さった。
「なんだ、雫軽いな。ちゃんとご飯食べているのか?」
雫を背に乗せ、立ち上がると和葉は言った。
「うるさいです……。
やっぱり、先輩は優しいです……。
なんで……なんで……私なんかに、そんな……。
いっつも、いつも意地悪してきた私に、優しく出来るんですか……先輩は意地悪です……」
雫は怪我ショックなのか、和葉への罪悪感なのか、
心が乱れる。
「なんだよ。ちゃんと自覚あるのかよ。
……なんだろうな。
やっぱ、可愛い後輩だからかな」
「答えになっていないです……」
先輩の背中に顔を埋めた。
——可愛い後輩だからかな——
その言葉が背中で響いた瞬間、心臓が激しく鳴り始めた。
今まで胸の奥にしまっていた何かが、急に熱を持ち、暴れ出した。
何時もより近い先輩との距離。
この高鳴る鼓動がバレないように、何か誤魔化さなきゃいけないのに、何も出て来ない。
いつもの様に一つや二つ、この状況を弄る言葉が欲しい。
雫は自分の体の中で起きている変化に戸惑った。
「……っ、そういうことを平気で言うところが、意地悪なんです」
雫の言葉は、まるで自分への言い訳のように小さく零れた。
和葉の背中の温もりが、足の痛みを忘れさせるほど強烈に、雫の胸の奥へ染み込んでいく。
「――先輩のバカ」
雫は小さく呟き、わざとらしくため息をついた。
山の麓で別れても、雫の胸と和葉の背中にはそれぞれの体温が残る。
胸に抱いたままの先輩の体温は、心の殻を溶かし、余計な感情が溢れ出す。
(……先輩に会いたくない)
その夜、雫は眠れなかった。
目を閉じるとあの言葉と温もりが、胸の中で繰り返されて感情がぐちゃぐちゃになる。
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