山に行けば紅葉が見える第十一話
文化祭の熱気も冷めやらぬ秋の昼下がり。美術部は紅葉の写生のため、学校近くの山へと足を運んでいた。色づき始めた山道に、雫の高く響く声が飽きもせず反響している。
「先輩!遅いですよ。早く!早く!
描く時間が無くなっちゃいますよ!」
「相変わらず元気だな。
そんなはしゃいだら、転ぶぞ」
「大丈夫ですよ!まだまだ若いですから!」
「いや、一つしか違わないだろ」
呆れながら和葉は答える。
(絶対にバテるな)そんな和葉の予想は的中する。
気付けば、山に入った時には先頭を切っていた雫が切り株に腰を下ろしている。
「せんぱーい、おんぶして下さいよー。
疲れたー。もう無理ですー」
「ほら!言わんこっちゃない。おんぶは出来ないけど、休憩出来るかは聞けるぞ。取り敢えず行くぞ」
「ちぇっ、先輩のケチ」
雫は頬を少し膨らませた。
「……部長達と大分距離、空いちゃいましたね」
「お前が遅いからだろ」
文句を言いながらも隣を歩く和葉。
「私のペースに合わせてくれるなんて、先輩もしかして私のことが……」
「痛っ」
和葉の軽いツッコミが雫の頭に落ちる。
雫は少しペースを上げる和葉の背中を見つめながら、胸の奥のざわめきに戸惑っていた。
雫は少しペースをあげる和葉の背中を見つめる。
(……先輩。気付けばいつも横にいてくれる。
ここ最近、隣にいると、思考に少しノイズが混じる。
この熱い感覚は、一体なんなんだろう……)
日の輪が紅葉を透かし、地面を茜色に染め上げる。
雫の頬もまた、茜色に染まった。
ようやく辿り着いたポイントは、燃えるような紅葉が谷を埋め尽くす絶景だった。
「わぁ……先輩、ここ、凄いです」
「良い絵が描けそうだ」
「そうですね。登った甲斐がありました」
そう言うと二人はイーゼルを立て、筆を走らせる。
和葉の手際の良さと鮮やかな色使いに、隣で覗き込んでいた雫が感嘆の声を漏らした。
「わぁ、先輩の色使い良いですね!」
「雫が褒めるなんて、……一雨降るかもな」
「それ、ひどいですよ!」
そんな穏やかな時間は、唐突に終わりを告げた。
紅葉を透かしていた陽光は雲に隠れ始め、山の向こうから低い雷鳴が届く。
それを合図にしたかのように、部長が「すぐに避難しましょう」と声を上げた。
「先輩、ほんとに雨、振りそうですね」
「ああ、部長の言う通りだ。
さっさと片付けて、東屋へ移動するぞ」
片付けを終える頃には、大粒の雨がぽつりぽつりと降り出した。
部員たちと共に足早に東屋へと駆ける。
雫は和葉の袖をぎゅっと掴み、決して離さない。
「どうした? そんなに怖いのか?」
「いえ、別に。ただ……」
雫の言葉を遮るように、すぐ近くで「バリバリッ!」と凄まじい稲妻が走った。
「ひっ……!」
雫は悲鳴を上げ、反射的に和葉の胸元へと飛び付く。
「っあ、その……すみません!」
我に返り、すぐに離れようとする雫の瞳は怯えに揺れている。
「私……雷とか、そういうのは苦手で。
……もし、良ければ、手を繋いでいてもいいですか?」
恐る恐る差し出された小さな手。
和葉は少しだけ苦笑いしながらも、その手を優しく包み込んだ。
「何でこういう時は、下手に出るんだか。……ほら、離すなよ」
「ありがとうございます……」
繋いだ手から伝わる体温は、雨音に支配された冷え切った空気を忘れさせるほどに温かかった。
(ああ、すごく安心するな……先輩の手……)
安心したはずの鼓動が、かえって落ち着きを取り戻せない。
戸惑いながらも、雫は繋いだ手に一層力を込めた。
(きっと、この鳴り止まない雷のせいだ)
そう何度も言い訳をしなければ、心の中で膨らみ続ける「ノイズ」が、隣にいる先輩にまで響いてしまいそうだった。
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