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第7話 銀狼騎士、狼に会う


 屈辱。この二文字以上に、今の俺の心境を表すのに適した言葉はない。

 なんとか首輪をつけられるという拷問を受けることは免れたものの、リリアナの提案の結果、俺の首には一本の紐が飾られていた。


 ——鮮やかな赤色の、フリル付きリボンである。


(……殺せ。いっそ俺を殺してくれ……!)


 鏡に映っていた自分の姿を思い出すだけで、視界が歪みそうになる。銀色の毛並みに、真っ赤なフリフリ。かつて人間として抱いていた威厳など、一かけらも残ってはいまい。

 だがリリアナが「似合っているわ。世界一可愛い!」と満面の笑みを浮かべていた以上、俺に拒否権はない。彼女のあの笑顔に、俺は致命的に弱いということが分かった。


 家の周辺であれば外に出ても良いという許可は得ているので、不満を散らすべく辺りを散策する。

 四本の足で土を蹴り、首元のフリフリが視界に入るたびに焼けるような屈辱を感じる。そんな俺の苛立ちを察したかのように、森の空気が一変した。


 否。これは……何かが近づいている。


 ガサリと、草を踏む音が聞こえた。俺は即座に足を止め、重心を低くする。低い唸り声を上げ、音のした方へ眼を向けた。


(……大型の狼か。この身体では分が悪いが、引くわけにはいかん)


 現れたのは、俺の今の体格の十倍はあろうかという、灰色の毛並みの狼だ。鋭い牙、数々のこる傷跡。間違いなくこの森の捕食者の一角だ。

 リリアナを守らねばならない。そう思い、威嚇のために喉を鳴らした。すると。


『おいおい、なんだ。ちびがいるじゃねえか。リリアナが新しいのを拾ったのか?』

(……なっ!?)


 驚愕で、吠えることすら忘れた。

 狼が喋った。いや、違う。狼が発した「グルル」という唸り声が、俺の脳内では明確な言葉として変換されているのだ。これは犬が持つ力なのか、それとも呪いの作用なのか。驚いている俺を、狼は小馬鹿にするように見下ろしてきた。


『おい、ちび。そんな趣味の悪い真っ赤なふりふりをつけてどうした』

(……趣味の悪い、フリフリだと……?)


 今一番言われたくない言葉を、初対面の相手に、しかも獣に叩きつけられた。

 俺の血管はここで切れたのだろう。


『貴様、その言葉取り消せ! これは俺の意思ではない!』

『へえ、威勢だけはいいな。だがお前、リリアナのなんなんだ? 俺はな、リリアナに何度も傷を治してもらっている常連なんだよ。リリアナの温かさを知っているのは、俺のほうが先だ』


 狼は悠然と座り込み、自慢げに尻尾を振っている。

 聞けば、この森の動物の多くは、リリアナの薬や手当てによって命を救われており、彼女を「森の母」として崇めているらしい。


『リリアナに撫でてもらうのはな、この森に住む者にとって最高の誉れなんだ。お前みたいな首にふりふりなんか巻いている甘ったれには、まだ早いんじゃないか?』

『黙れ! 俺は彼女と共に暮らし、彼女に何度も撫でてもらっている。同じ飯を食い、同じ場所で眠っているのだぞ!』


 必死に反論していると、扉が開く音が聞こえた。まさか。


「あら、コロ? そこに誰かいるの……って、まあ! グレーじゃない!」


 リリアナが駆け寄ってくる。俺は咄嗟に彼女を狼に近づけまいと前に立ったが、彼女は気にすることなく俺の隣を駆けて行った。


「ひさしぶりね。また怪我をしていない? 見せてごらんなさい」


 彼女は迷うことなく巨大な獣の前に膝をつくと、その大きな頭を両手で包み込み、優しく、愛おしそうに撫で始めた。


 狼——グレーと呼ばれたその畜生は、先ほどまで俺に向けていた威圧感はどこへやら、目を細めて「わふぅん」と喉を鳴らし、甘えるように彼女の身体に頭を擦り付けている。

 そして、リリアナの影に隠れて、奴が俺をちらりと見た。


 どや顔。憎らしいほどの、どや顔。


『見たか、新参者。これが時間の重みだ』

『…………ッ!!!』


 頭が沸騰したかと思った。

 俺が。誇り高き騎士であったこの俺が。

 どこの馬の骨とも知らぬ獣に、リリアナの寵愛を奪い合って敗北しただと?


「コロ、どうしたの? そんな震えて……寒くなっちゃったのかな」


 リリアナが心配そうに言いながら、俺を抱き上げる。

 彼女に触れられたことで少々は心が鎮まるが、怒りは収まりそうにない。俺は彼女の腕の中から、奴に向けて精一杯の殺意を込めて吠えたてた。


『見ろ! 俺はリリアナに抱き上げてもらうことができるのだぞ! お前はでかいから、一生体感できないのだろうな!』


 なんともまあ、自分でも呆れるほどに子供じみた言葉だ。しかしこれは、奴にかなり効果があったらしい。


『ちびが吠えるんじゃねぇよ! だらしない恰好で持ち上げられたいとは思わんな!』

「ふふ、コロもグレーと仲良くしたいのね? 仲良くしましょうね、みんな大切な家族なんだから」


 リリアナは器用に片手で俺を抱えながら、もう片方の手でグレーの耳の後ろを搔いている。

 家族。その言葉に胸が熱くなったが、隣で悦に浸っている狼のツラを見て、再び頭に血が上った。


(この借りは、必ず返す。呪いが解けた暁には、この狼を真っ先に……いや、待て)

 呪いが解けたら、俺はもうリリアナに撫でてもらうことはできなくなるのではないか?


 一瞬でも複雑な焦燥を覚えたことが、自分自身信じられなかった。

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