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第6話 街へのお出かけ


 朝、窓を開けると、冷たい空気が心地よく部屋に流れ込んできた。

 今日は久しぶりに街に行こうと決めている。最近はコロが心配で行けていなかったけれど、そろそろ薬も溜まってきたから売りに行かないといけない。


「よし。コロ、今日は大事なお仕事があるから、いい子でお留守番しててね?」


 棚から薬の小瓶や乾燥させた薬草の束を取り出し、背負い籠に詰めていく。すると、足元で「バフッ!」と短い鳴き声が聞こえた。


「あら。またなの?」


 見下ろすと、コロは玄関の扉の前に陣取って、こちらをじっと見つめていた。まるで「自分を置いていくなど許さん」と言わんばかりの表情だ。


「ダメよ。街には人がたくさんいるし。それに、コロの身体は目立ってしまうわ」


 銀色に輝く美しい毛並み。ルビーのような紅色の瞳。こんなに綺麗な子を連れて歩けば、嫌でも目立ってしまう。私は嫌ではないけれど、街には悪い人たちもたくさんいる。綺麗な動物を捕まえて、貴族に売ることを専門とする人もいるのだ。

 しかし、コロは引かなかった。それどころか、私のスカートの裾を甘噛みして、私を引き止めようとしている。


「……もう。そんな顔で見ないでよ」


 宝石のような瞳が、真っ直ぐと私を射抜いている。その眼差しに、私はどうしても抗えなかった。


「分かったわ。じゃあ、今日も籠の中でいい子にしていること。約束よ?」


 そう言った瞬間、コロは満足げに尻尾をぶんぶんと振った。可愛いので、許してあげよう。




「今から行くのは、辺境都市ルミスよ。帝国の北端にあって、入り組んだ迷路みたいな街なの」


 コロを布を敷いた籠に入れ、背負いながら語りかけた。薬草の匂いが籠るので嫌なら別の方法も考えようと思ったけれど、コロは薬草の匂いが好きらしい。

 家の扉を閉めて、木漏れ日が差し込む小道を歩き出す。


「この街はね、昔からいろんな事情を抱えた人たちが集まる場所なの。私みたいな薬師もいれば、冒険者や、商人もたくさん。だから、誰も他人の素性を深く探ったりはしない……。私にとっても、とても静かで過ごしやすい場所なのよ」


 コロに話しても伝わらないだろうと思いながらも、彼が寂しくないように話しかけ続ける。


 そのまま森を抜けて一時間ほど歩くと、石造りの古い城壁が見えてきた。

 街の中は活気に溢れている。露店からは香ばしい焼き物の匂いが漂い、鍛冶屋が鉄を打つ音が響いてくる。コロには予め断って、籠の蓋は閉めている。


 私の目的地は、街の裏路地にある小さなお店だ。扉を開けると、ハーブの香りと、少しだけ埃っぽい匂いが混ざり合った独特の空気に包まれる。


「あら、リリアナ。待ち兼ねたよ。あんたの作るポーションは評判が良くてね、すぐに売れちまうんだ」


 カウンターの奥から、恰幅の良い女性店主・マリンザさんが顔を出した。彼女はこの街で、私の薬を一番高く買ってくれる優しい人だ。私は籠を下ろして、中から薬を取り出す。

 マリンザさんは私が持ち込んだ薬を検品しながら、ふと籠に目を留めた。


「おや……? なんだい、その可愛らしい綿毛は」


 つられてみると、コロが籠の縁からちょこんと顔を出している。蓋を開けたから、耐え切れずに顔を出してしまったのだろう。好奇心旺盛な子なんだから。

 マリンザさんは目を丸くして、それから「まあ!」と声を上げた。


「可愛いわんこね。そんな綺麗な銀色の毛、見たこともないよ」

「そうでしょう? 数日前に森で出会ったのです。とってもお利口さんなのですよ」


 私は誇らしい気持ちになって、コロの頭を撫でる。

 するとコロは、「ワンッ」と短く一言発し、それから「クゥン」と甘えた声を出しながら私の手に頭をすり寄せてきた。


「あらあら、リリアナにべた惚れだねえ。こんなに賢そうな顔をした犬は、滅多にいないだろう。あんた、いいパートナーを見つけたね」

「パートナー……ふふ、そうかもしれませんね」


 コロのことを褒められるのは、自分のこと以上に嬉しい。

 薬を売り終えて、マリンザさんからまとまった額の銀貨を受け取ると、私はコロの鼻先にそっと指を近づけた。


「コロ、今日のごはんはちょっと奮発して、お肉屋さんで美味しいお肉を買いましょうか」


 コロの目がパッと輝く。

 ちょっと現金なところも、やっぱり可愛い。





「ねえ。コロ。また街に来るなら、やっぱりこれが必要だと思うの」


 お肉屋さんへ向かう道すがら、私はふと足を止めた。路辺にある雑貨屋さんの店先に並んでいる、あるものが目に入ったからだ。

 そこに並んでいるのは、色とりどりの細い革紐。……そう、犬用の首輪である。


 この街は寛容だけれど、それでも「飼い犬には首輪を」というのが一般的なルールのようだし、何よりこんなに可愛いコロが野良犬だと勘違いされて誰かに連れ去られたら私はもう生きていけない。


「どの色が似合うかしら。あなたの綺麗な銀色の毛には……やっぱり、鮮やかな赤がいいかな。瞳の色と同じだし」


 私が赤色の首輪を手に取った瞬間。

 背中の籠から、今までに聞いたこともないような低い、地を這うような「ガルル……」という唸り声が聞こえた。


「……コロ?」


 慌てて籠を前にして中を覗くと、そこには今までに見たこともないような変な顔をしたコロがいた。

 眉間に深い皴を寄せて、ルビーのような紅色の瞳は、私が持っている赤色の首輪を、まるで親の仇の敵か何かを見るような目で凝視している。


「あら、赤は嫌? じゃあ、落ち着いた青色にする? それとも、この編み込みの——」

「バフッッ!!」


 コロは籠の中で身を乗り出し、私の手を前足でぺしぺしと叩いて首輪を遠ざけようとしている。その必死な様子に、雑貨屋の店主のおじさんが笑い声を上げた。


「ははは! お嬢さん、そのわんちゃん、よっぽど自尊心が高いんだね。首輪をつけるのは恥だと思っているようなツラだ」

「そんな……。迷子になったら大変でしょう? コロ、これはあなたを守るためのものなのよ」


 優しく言い聞かせながら首輪を近づける。するとコロは、「信じられない」とでも言いたげな様子で目を見開き、のけぞった勢いで籠の底にひっくり返った。

 そして、クゥーン……と、今にも消え入りそうな鳴き声を漏らす。


 そんなに、首輪をつけることが嫌なのだろうか。なんとも可愛らしく、情けない声である。


「……わかったわ。わかったから、そんなに悲しい顔をしないで」


 私が首輪を棚に戻すと、コロは勢いよく身体を起こして目を輝かせた。身の代わりが早いものだ。


「でも、首輪をつけるのはルールで……」


 小さな声で呟いたつもりだったが、コロには聞こえてしまったようだ。抗議するようにキャンキャンと鳴き出す。


「大丈夫、安心して。別の方法を考えるから」


 落ち着かせるためにコロの頭を撫でたが、コロは疑うようにじとっと私を見上げていた。本当に、この子は人間のような表情をするんだから。

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