第4話 薬草摘み
コロが我が家に来てから、数日が過ぎた。
あの日、雨の中で震えていた姿が嘘のように、コロの体調は回復している。怪我の治りも早くて、私の調合した薬が効いたというよりもコロ自身の生命力が強いのかもしれない。
「よし。今日は少し遠くに行って、ヨモギを摘みに行こうかしら」
私が身支度を整え、大きな背負い籠を手に取ると、足元から「バフッ!」と短い鳴き声が聞こえた。
見下ろすと、そこにはお座りしながら私を見上げるコロがいる。
「あら、コロ。今日はいい子でお留守番しててね? すぐに戻ってくるから」
そう言って優しく頭を撫でるけれど、コロは納得がいかない様子で唸った。そして私の近くにてとてとと寄ってきて、小さな前足で私の足をぺしぺしと叩く。
「……もしかして、一緒に行きたいの?」
問いかけると、コロは「当然だ」と言わんばかりに一声鳴いた。胸を張っているようにも見えて、私は思わず吹き出してしまう。
この子は、驚くほどに私の言葉を理解している。やはりただの捨て犬ではなくて、どこか良いところの家にいた子なのだろう。賢くて、可愛い。
「ふふ、分かったわ。でも、外を歩くのはまだ駄目よ。無理をさせられないもの」
コロをずっと抱えてあげることは難しい。そう思って、籠の中に柔らかい布を何枚も敷き詰めて、簡易的なコロ専用席を作った。
そこへコロをひょいと抱き上げて入れると、彼は不服だったのか鼻を鳴らしたけれど、すぐに居心地が良くなったのか、ちょこんと顎を籠の縁に乗せて外を見ていた。気に入ってもらえたみたいだ。
「じゃあ、出発しましょうか」
森の中をゆっくりと進む。安全のためにも、籠は前側に抱え込むよう持っている。
籠の中から、コロは忙しそうに辺りを見渡していた。耳をぴんと立て、鼻をひくひくさせている。その姿は、まるで初めてみる場所を探検している冒険者のよう。
「コロ、あれを見て。あのお花は食べられないけれど、とってもいい香りがするのよ」
指を差しながら話しかけると、コロは興味がなかったのか、ふん、と鼻を鳴らした。この子は本当に分かり易い。
私が薬草について話をしていても興味がなさそうに首を動かしていたコロだが、近くに真っ白の蝶々がひらひらと舞い始めると……。
「バフッ! バフバフッ!」
さっきまでの澄ました様子はどこへやら、コロは籠の中で身を乗り出し、短い前足を懸命に動かして蝶々を捕まえようと奮闘し始めた。
「まあ、コロ、危ないわよ! 落ちちゃう!」
慌てて籠を支えるが、コロは必死なのだろう。蝶々を追いかけて左右に頭を振っている様子を見ていると、コロも元気な仔犬なのだということが良く分かる。
また、少し後のこと。藪の奥からガサリと音が聞こえた瞬間、コロの毛が逆立った。
「ウゥ……ガルルル……ッ!」
頃は低く唸り声を上げて、音のした方へ顔を向ける。小動物が動いただけだと思うけれど、コロは唸り声を漏らしながら警戒をし続けている。
「多分、兎さんがいたのよ。怖いものはいないわ。この森の生き物はみんなお友達なんだから」
そう言って安心させるようにコロの背中を撫でると、コロは徐々に落ち着いたのか、ふいと顔を背けた。そして籠の中に座って丸くなる。まるでふてくされているように見えて、思わず笑ってしまった。
目的地に着いたので、お目当てのヨモギを摘み始める。
作業をしている間、コロは近くの切り株の上に座らせておいた。勝手にどこかに行くかもしれないという心配はあるけれど、コロは賢いから大丈夫だろうという信頼もある。
私が摘んでいる間、コロはじっと私を見つめている。宝石のように綺麗な赤色の瞳で、微動だにすることもない。
本当に、この子は不思議だ。
時折見せる知的な眼差しは、ただの仔犬とは思えないほどに鋭い。けれど、私が「コロ、こっちへおいで」と手を広げると、しっぽをちぎれんばかりに振って、不器用な足取りで駆け寄ってくる。
「ねえ、コロ」
私は駆け寄ってきたコロを抱き上げ、その可愛い顔に頬を寄せた。コロは驚いたのか身体を硬くしたけれど、すぐに私の頬を、温かな舌でぺろりとひと舐めしてくれた。
「コロは、優しいね」
かつての私は、誰かに求められることが怖かった。私の「血」が必要なだけで、私自身を見てくれる人なんていなかったから。
でも、コロは違う。コロはただ、わたしが差し出すごはんに喜び、私が撫でる手を求めて、私の隣にいることを選んでくれている。
言葉が通じなくても、この子がいれば、もう寂しくない。
しんみりしてしまったことが少し恥ずかしくて気を紛らわすように薬草を摘んでいると、いつの間にか籠いっぱいに集まっていたようだ。お日様も真上に昇っている。
頃合いだと思ったので、お昼ご飯を食べることにした。籠の底に入れておいた包みを取り出す。
「コロ、お疲れ様。今日はお外でごはんを食べましょう」
私の近くで薬草に匂いを嗅いでいたコロを膝の上に乗せると、彼は私の手元にある包みを見つめて、鼻を忙しそうに動かす。どうやら、お弁当の中身が何であるか、既に察知しているみたい。
「ふふ、分かる? 今日はコロの大好物、鶏肉のハーブ焼きよ」
包みを開いた瞬間、芳ばしいお肉の香りが一帯に広がる。
コロの瞳がキラリと輝いたように見えた。頃は普段、どこか澄ました顔をしていることが多いけれど、美味しいものを前にした時だけはこうして喜びを露わにするのだ。可愛らしい。
「はい、これはコロの分。食べやすいように、小さく切ってあるからね」
木のお皿に乗せて差し出すと、コロは「待ってました!」と言わんばかりにお肉に喰いついた。
小さな尻尾が、パタパタと私の膝を叩いている。あまりに美味しそうに食べるので、見ている私まで幸せな気持ちになってしまう。
「……もう食べちゃったの? 食いしん坊さんね」
あっという間にお皿を空にしたコロは、まだ足りないのか、私の顔をじっと見つめてきた。
そして前足をくいくいと動かすと、私の腕に柔らかな身体をすり寄せてきたのだ。こうやってコロが甘えてくれることは滅多にないから嬉しい。……いや、甘えているわけではないか。
「あら。おかわりが欲しいの?」
コロは私の問いかけに応えるように、今度は私の指先をぺろぺろと舐め始めた。
温かくて、ざらりとした感触。
お肉のソースが少し付いていたのかもしれない。それ以上にコロが私を求めてくれていることが伝わってきて、幸福感で胸がいっぱいになった。
「もー、仕方ないわね。今日だけ特別よ?」
こっそりと用意していたおかわり用のお肉を出してあげると、コロは「くぅん」と甘い声を上げて、満足そうにそれを平らげた。
食べ終わった後も私の指を舐め続け、そのまま私の手のひらに自分を顎をちょこんと乗せている。
可愛い。なんて可愛いの、この子は。
「コロ……。あなたと出会えて、本当によかった」
私は、コロの頭を何度も何度も撫でた。




