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第19話 銀狼騎士、戦慄する


 腹立たしいことに、リリアナと軟派野郎はルミナの街での評判だという洒落たカフェに来ていた。以前のカフェとは異なり、周囲を見渡せば愛を語らう恋人達ばかり。リリアナは、注文したタルトを美味しそうに口に運んでいる。

 俺は彼女の膝の上で、睨み殺さんばかりにテオの奴を睨みつけている。こいつはいつも、腹立たしい笑みを浮かべていて腹立たしい。


「ごめんなさい、テオ君。少し席を外します」


 手洗いだろうか、リリアナは俺を椅子の上に降ろし、申し訳なさそうに席を立った。彼女は俺から離れることが不安だったのか何かに悩む素振りを見せていたが、


「大丈夫。コロくんは、僕が責任を持って見ておくから」とテオが言ったので、安心したようにその場を離れていった。


 リリアナが手洗いに入る背中を頬杖をつきながら見つめていたテオは、微笑を浮かべて呟いた。


「……可愛いなぁ、本当に」


 その呟きは、単純な感嘆というよりも気持ちの悪い熱を帯びている。違和感を覚えた俺が奴を睨みつけていると、奴は俺に視線を落とし、細く長い指をこちらへ伸ばしてきた。


「君も、そんなに警戒しなくていいのに」

「ガルル……ッ!」

(許可なく触れるな!)


 俺が牙を剥いて拒絶すると、テオは怒るどころか、楽し気に目を細めて苦笑した。


「相変わらず、僕は嫌われているようだね。……ても、リリアナは君のことを、本当に大切にしている。彼女を手に入れるためには、まず君に気に入られないといけないんだけどな」

(……手に入れる、だと?)


 聞き捨てならん単語が聞こえた。俺が困惑して硬直していると、テオは何事もなかったかのように垂れ耳の頭を撫でて、優しく微笑んでいる。俺はこいつなら何か知っているかと思い、問い詰めることにした。


『おい、犬! 貴様の主は何者だ。何か秘密を隠してはいないか?』


 奴はのんびりとあくびをすると、のんきな声を聞かせてきた。


『君も犬じゃん。えー、テオのことが気になるの? テオはリリアナのことがだーいすきなんだよ。もう、ずっと前から。テオは準備しているんだよ』

『準備?』

『うん。お家にね、リリアナのために特別なお部屋を作っているんだ。窓がなくて、とっても静かなお部屋。そこには、キラキラした丸い「わっか」があるんだよ。重たそうな鎖が付いていて、豪華なんだ。遊び道具なのかなぁ』

(…………丸い、わっか? それに鎖?)


 俺の脳裏に浮かんだのは、騎士団の地下牢で罪人を繋ぎ止めるための手枷である。最悪の予感が頭をよぎった。


『あとね、前にテオがすっごく綺麗な首輪を買っていたよ。でも変なんだ。僕に付けるにしては大きすぎるんだよね。僕がそれで遊んでいたら、「これは君のじゃないよ。リリアナにあげるんだ」って笑って言ってた』

『…………ッ!!』


 寒気がした。

 テオという男は、爽やかな好青年などではない。

 リリアナを部屋に閉じ込め、監禁しようとしている……狂人だ。この世の恐ろしい人間を挙げるならば、目の前で優雅に紅茶を啜っているこの男も選択肢に入れなくてはいけない。


『テオは、リリアナと早くケッコンして、部屋にずっといてほしいんだって。ケッコンって、家族になるってことでしょ? 僕もリリアナのこと大好きだから、早く家族になって、ずっと一緒にいたいなぁ』

『ふざけるな! そんなこと、断じて許さん!』


 俺は噛みつかんばかりに吠えた。監禁計画を立てている男とリリアナが結婚? 何が「可愛いなぁ」だ。お前の真っ黒な執念をリリアナに伝えてやりたい。


『……お前は、テオについて詳しいのか。お前の主は、まだ何か隠しているのではないか?』


 奴の情報はマロンに筒抜けである可能性を考え、もう少し情報を集めることにした。垂れ耳の犬はのんびりと首を傾げている。その瞳は濁り一つなく、主への全幅の信頼に満ちているようだ。


『テオはね、とっても優しいんだよ。僕たちみたいな動物には一度も声を荒げたことはないし、美味しいごはんをくれるんだ。……でも、人間にはちょっと厳しいのかなぁ』

『厳しい……?』

『うん。この前もね、お家の地下室で、テオはとっても楽しそうに笑いながら知らない人間とお話ししてたんだ。テオはいつもみたいに優しく笑っていたんだけど、相手の人間はなぜか「ヒィッ」て悲鳴を上げてて。その人の手からは、真っ赤な血がポタポタ流れていたんだ。テオは僕がいることに気がついたら、「ここに来ちゃだめって言ってるだろ」って怒られた』

(……拷問、か?)


 背筋に氷を押し当てられたような冷たい感覚が走る。テオと話をしていたという人間は恐らく爪を剥がされていたのだろう。

 こいつ、ただのヤンデレではない。こいつは、痛みの与え方を知っている。

 マロンの話を統合していくと、一つの考えに至った。


(確か、ルミナの裏社会を影で牛耳り、逆らう者を「笑顔で」解体するという……若き怪物。名前は知られていないが、年齢特徴共に似ている。まさか、こいつが……!)


 帝国騎士団の資料にも何度か記載があった、重要警戒対象の報告書。

 ルミナの街の裏社会を数年で統一した若き首領。騎士団が本腰を入れて捜査を開始しようとしていた矢先に、俺はこの犬の姿に変えられてしまったのだ。


『テオはね、「リリアナを傷つける人間は、みんなお掃除しないと」って言いながら、服についていた赤いのを綺麗にしていたよ。その後に、僕の頭を優しく撫でてくれたんだ』

『……リリアナ、お前は何て男に目を付けられているんだ』


 確かリリアナは、この街に来た際にこの男に助けられたと言っていた。その恩によって彼女は奴から離れることができないのかもしれないが、このままでは彼女が監禁されてしまうかもしれない。


「お待たせしました。あら、どうしたのコロ? すごく怒っているみたいだけど……」


 戻ってきたリリアナは、俺の頭を優しく撫でて微笑む。そんな彼女を、テオは愛おしそうに見つめていた。

 ……この優しい手に、不自由な枷など付けさせてくれるか。


「マロンと仲良くお話していたみたいだよ。ねえ、リリアナ。いつかは君に、僕の家を案内したいんだ」

「テオ君のお家ですか? とても素敵でしょうね」


 無邪気に微笑むリリアナ。俺は彼女の裾を掴み、奴が危険であることを必死に伝えようとしたが、ただじゃれているだけだと思われたのか軽く身体を撫でられただけだった。

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