第18話 デートのお誘い
コロが無事に戻ってきてから数日。私の心はようやく落ち着きを取り戻していた。
コロの一件でたくさん迷惑をかけてしまったテオ君に、まだお礼ができていないことがずっと気がかりだった。今日は久しぶりに街に行って、彼に会いに行くことにしよう。
そう思って、手作りの特別な薬と感謝の気持ちを込めた焼き菓子を用意して、コロを連れてテオ君のお店を訪れた。
「テオ君、先日は本当にありがとうございました。これ、つまらないものですが受け取ってください。他に、私に何かできるのであれば、お手伝いがしたいです」
頭を下げて、包みを手渡す。テオ君はいつもの爽やかな笑顔を浮かべていたが、どこか真剣な眼差しで私を見つめた。
「リリアナ、そんなにかしこまらないで。……でも、もし何でもいいのなら、一つ、僕の我儘を聞いてくれないかな?」
「我儘、ですか? 私にできることであれば、何でも」
身を乗り出した私に、彼は少し照れるような素振りを見せたけれど、はっきりと述べた。
「次の休日、僕と一緒にデートをしてほしいんだ。君と一緒に、この街を歩きたい」
「……えっ? デ、デート……ですか?」
思わず裏返った変な声が出てしまった。
私のような男性経験が一切ない者でもその単語は知っている。親しい仲の男女が行うものではなかっただろうか。私のような価値の少ない女が、テオ君のような素敵な男性と「デート」だなんて。彼に失礼ではないのだろうか。そう思ったけれど、彼の瞳は驚くほどまっすぐに私を見ていて、冗談を言っているようには見えなかった。
「……私で、いいのですか? 私、お洒落なんてよく分からないし、面白い話もできませんよ」
「君が隣にいてくれるだけで、僕にとっては最高に楽しい一日になるよ。……ダメかな?」
そんな風に言われて、断れるはずもなかった。
私は顔が熱くなるのを感じながら、小さく「……喜んで」と頷いたのだった。
そして数日後、彼との約束の日。
私は鏡の前で、何度目か分からないため息をついている。
「……おかしくないかしら。やっぱり、いつもの服の方が落ち着いている?」
今日のための用意したのは、淡い水色のワンピース。袖口に控えめな刺繍が入った、お出かけ用の服だ。髪はいつもより丁寧に編み込み、マリンザさんから貰った藍色の髪飾りを挿している。ちなみにマリンザさんにテオ君とデートをする旨を話した時、「そうかいそうかい」と嬉しそうに笑いながら私に髪飾りを押し付ける勢いで与えてくれたのだ。
似合っているのか不安に思っていると、足元にいるコロが「ワフッ!」と声を出した。見てみると、コロは目をいつもよりもまん丸にしながら私を見上げている。
「コロ、どう? 私、似合っているかしら」
ワンピースの裾を摘んで広げてみる。コロは私の周囲をくるくると回りながら、鼻をひくひくと動かして落ち着きがない。
デートと言いながらも、コロに家で留守番してもらうのは心配だったので、連れて行くことになっている。テオ君からの許可はちゃんと取った。
待ち合わせの広場に向かうと、そこには普段より増して格好良いテオ君の姿があった。
いつものような実用的な服ではなく、質の良い紺色のジャケットを羽織り、背筋を伸ばして立つその姿は、街中の女性が振り返るほどに輝いて見える。彼に話しかけるのは少し緊張したけれど、気合を入れて声をかけた。
「テオ君、おはようございます」
「——リリアナ」
彼はしばらく、驚いたような顔をして動きを止めた。私、何か変なのだろうか。不安に思って自分の姿を見下ろすと、彼は喉を鳴らしてにこりと微笑む。
「ごめん。あまりに綺麗で、言葉を失ってしまったよ。おはよう、リリアナ。今日は良い天気でよかった」
テオ君は少し顔を赤らめながら、私に手を差し出してきた。彼の隣には、マロンが賢く座っている。今日はマロンも綺麗なバンダナを巻いていて、お洒落にしているようだ。
「テオ君、とっても素敵です。マロンもかっこいいね。この前はありがとう。おかげで、コロを助けることができたわ」
マロンの頭をそっと撫でると、彼は「ワオン!」とぶんぶん尻尾を振りながら、元気に返事をしてくれた。
「さあ、行こうか。今日は君を、世界で一番幸せな女の子にするって決めてるんだ」
彼の指先が、そっと私の手の甲に触れる。その瞬間にぞわりと変な感覚が走って、心臓が跳ね上がるのを感じた。
反応したのは私だけでない。コロが、「ガルルル……ッ」と今にもテオ君に飛びかからんばかりの勢いで唸り声を上げたのだ。
「コ、コロ! 怒らないで、どうしたの?」
「ははは。相変わらず手厳しい子だ。マロン、君からも挨拶してやって」
「ワンッ!」
マロンがまるで諭すように鼻先をコロの身体に寄せたが、コロは断固としてテオ君を凝視しており、睨んでいると思うほどである。
◇ ◇
「リリアナ。こっちの店も覗いてみないかい? 君に似合いそうな綺麗な色のリボンがあるんだ」
テオ君の自然な動作。それが、私には眩しくてどうしても慣れることができない。
これはエスコートだと言って差し出された彼の腕を、おずおずと掴むのが精いっぱいだった。
「わあ……素敵ですね。本当に、新緑みたいな色です」
「そうだろう? 君の澄んだ瞳の色と同じだと思ってね。君の瞳を知ってから、どの宝石も霞んで見えるほどなんだ」
彼は店員さんに声をかけながら、さりげなく私の背中に手を添えて店の中へと促してくれる。その温もりがワンピース越しでも伝わってきて、私の心臓はさっきから早鐘を打ったままだ。
「テ、テオ君。そのように仰って頂けでも……私、どうしていいか」
「正直な気持ちを言っているだけだよ。リリアナ、君はもっと自分を大切にしていい。こんなに綺麗で可愛いのだから」
テオ君の言葉は、まるで魔法のようだ。かつては「道具」としてしか見られてこなかった私だけど、彼はただの「一人の女の子」として扱ってくれる。甘やかな言葉に免疫のない私にとって、これはあまりにも甘美で、足元がふわふわと浮いてしまうような、恐ろしくなるほどの幸福感を味わっているのだ。
時折、足元から「ワフッ、ワフン!」という賑やかな声が聞こえてくる。常にテオ君を睨みつけているコロが、マロンに絡まれているようだ。マロンは前足でコロの背中を叩いていて、コロは必死に抗議しているようだが体格差はどうしようもない。マロンが鼻先でコロをつつくたびに、コロは「キャゥン!」と可愛らしい声を上げて転がっている。
「ふふ。この子たち、仲良しですね」
「マロンは、コロくんのことが気に入ったみたいだね。ほら、お兄さんぶって世話を焼いているよ」
テオ君の言う通り、マロンはコロの毛を舐めて丁寧に毛づくろいをし始めたコロはとても嫌がっている様子を見せていたけれど、マロンの包容力には勝てなかったらしい。結局、最後には諦めたようにマロンの身体に寄り添って、不服そうに鼻を鳴らしていた。
「可愛い……」
思わず顔が綻ぶ。テオ君との距離に緊張しきっていたけれど、じゃれ合う二匹の姿を見ていると、少しだけ肩の力が抜けてくる。
「あ、あのお店、美味しそうなジェラートを売っています。テオ君、一緒に食べませんか?」
「喜んで。君が笑ってくれるのなら、僕はどこへだって付き合うよ」
テオ君はそう言って微笑んで、また私の手を優しく取ってくれた。




