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第17話 銀狼騎士、ばれる


 動物攫いに襲われて以来、リリアナの俺に対する態度は過保護の極みに達していた。

 身体を動かそうと外に出ようとすれば、「一人で外に出ちゃ危ないわ!」と抱き上げられ、少しでも窓の外を眺めていれば「寂しいの? 私はここにいるわよ」と頭を撫でられる。挙句の果てには、寝る時も含めて四六時中彼女の腕の中に拘束されている有り様だ。


(リリアナ。お前が俺を愛していることは重々承知した。だが俺はこれでも騎士だ。このままでは筋肉が衰え、ただの綿毛の塊になってしまう……!)


 もっと身体を動かしたい。せめて部屋の中を全力疾走するくらいの自由は欲しい。

 そんな焦燥感に駆られ、彼女が薬草の仕分けに没頭している隙をついて、玄関の扉へと向かった。こっそりと外に出ようと思ったのだが、今の俺が立ち上がって前足を伸ばしても取っ手には届かない。

 己の無力さにため息をついた、その時だ。


 ——カチャ、バタン。


 信じられないことに、外側から扉が開いた。敵襲かと思って身構えたが、扉の前に立っていたのは、巨体の狼——あの忌々しいどや顔野郎だ。


『貴様、何故ここにいる!』

『おいおい。物騒な歓迎だな、ちび』


 奴は大きな身体を悠然と揺らしながら、当然のような顔でリビングへと踏み込んでくる。奴は鼻を動かし、台所の方にいるリリアナへと目を向けた。


『森の奴らがリリアナに会えないと嘆いていたから様子を見に来たが……お前が余計な世話を焼かせたのか?』

『……素直に賛同はできないな。俺だって本意ではない』


 俺が奴を睨みながら吠えると、奴は瞳を細めて俺を覗き込みながら低く笑った。


『落ち着け、人間』


 ——己の耳を疑った。奴は今、俺のことを人間だと言ったのか?


『お前がただの犬じゃないことくらい見抜いていたさ。長く生きている俺の目はごまかせんぞ』


 心臓が跳ねる。これまで誰もが俺を「犬」以外の何物かであると考えたこともないだろうに、この獣はあっさりと俺の正体を言い当てたのだ。


『……気づいていたのか』

『匂いが違うからな。お前からは、最初から変な感覚がしていた。犬の身体に人間が入っているのかと思ったが、違うのだろう。なんだ、誰かに犬にされたのか?』


 奴は俺の周りを歩きながら、挑発的に尻尾を振っている。悔しいが、今の俺にはこいつを黙らせる術がない。俺は怒りを押し殺して、以前から抱いていた疑問をぶつけることにした。


『……お前はリリアナとの付き合いが長いのだろう。彼女の過去について教えろ。彼女は時折悪夢を見て怯えている。その原因は、何だ』


 俺がリリアナに対して抱く感情が大きく変わったあの夜。彼女が何を恐れ、何から逃げているのか。それを知らねば、俺は真に彼女を護ることはできないだろう。

 奴は少し眼光を鋭くさせたが、すぐに鼻を鳴らして首を振った。


『さあな。俺はリリアナに傷を癒してもらった獣に過ぎん。だが、あのお節介な人間が俺達を救おうとする理由は、お前が想像しているよりもずっと残酷なものだ』

『どういう意味だ! 詳しく話せ!』

『お前に教える義理はない。知りたければ、リリアナの口から聞きだすことだな。もっとも、元人間でも今のようなちびの姿じゃあ何もできないだろうがな』


 こいつは一度噛んでおこう。そう思って奴の図体に飛びかかろうとした瞬間、パタパタと小走りの足音が聞こえてきた。


「コロ、どこに……あら、グレーじゃない! 来てくれたのね!」


 リリアナだ。彼女は狼野郎を見るなり、パッと顔を輝かせて駆け寄ってくる。


「最近、バタバタしていて会いに行けなくてごめんなさい。元気だった? あら、コロ。グレーと仲良くお話していたのね」


 リリアナは俺をひょいと抱き上げると、もう片方の手で奴の大きな頭をわしゃわしゃと撫で回した。


「嬉しいわ。私の大切な家族が、こうして会いに来てくれるなんて」


 家族。

 その言葉を聞いて、奴は勝ち誇ったように俺を見て、ふんと鼻を鳴らしていやがる。そしてリリアナの手に鼻先を擦り付けながら、小さな声を発した。


『……お前への評価は保留にしておいてやる。だが、リリアナを傷つけたり泣かせたりしてみろ。その時は、お前を森の肥やしにしてやるからな』

『望むところだ。だがその前に、俺が元の姿に戻ってお前をぎゃふんと言わせてやる』


 リリアナは俺達のやり取りなど露知らず、「そうだ。グレーのために、とっておきの干し肉を用意してあげるわ」と楽しそうに台所へと戻っていく。

 そんな彼女の背中を見送りながら、俺は奴の言葉を反芻した。


 リリアナが俺達を救おうとする理由は、俺が想像しているよりもずっと残酷なもの。一体どういう意味だ。彼女は善意で獣を癒し、救っているのではないのか。善意ではなく打算があったとしても、人間であれば行動に目的が伴うのは当然のことである。


(……リリアナ。お前は一体、どんな闇を抱えている)


 グレーのような強靭な身体があれば。あるいは、魔力が封じられていなければ。

 可能性のことを考えても埒が明かない。今の俺にできることは、リリアナの愛を受け入れながら、その胸の内に潜んでいる闇を少しずつ暴いていくことだけ。


(俺が必ず、お前を呪縛から解き放ってやる)


 リリアナが運んできた干し肉を無造作に貪る狼の背中を見つめながら、新たな決意を心に刻むのだった。

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