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第16話 帝国騎士


 真っ白な布に包まれたコロを抱きしめる私の腕は、まだ震えている。


 地下室から救出されたこの子は、すぐに駆けつけてくれた獣医さんの素早い処置によって命に別状はないと診断された。しかしこの小さな身体に刻まれた打撲の痕を見るたびに、私の胸は引き裂かれそうになる。コロは、この小さな身体でどれほどの痛みを恐怖を味わったのだろう。そう思うだけで、涙が零れてしまう。

 私たちは今、街の衛兵詰め所に隣接する隣国騎士団の仮設駐屯所へと身を寄せていた。


「リリアナ、それにコロも。無事でよかった。まさか、詰め所に帝国の精鋭が立ち寄っているなんて、思わぬ幸運だったね」


 テオ君が差し出してくれた温かいお茶を一口飲み、彼の言葉に頷く。

 どうして、コロを助けるために帝国の精鋭である騎士様たちが動いてくれたのか。これは、ただの偶然だった。


 街の衛兵詰め所に駆け込んだ時、そこには偶然、衛兵と会議をしている騎士様たちが居合わせていたのだ。血相を変えて飛び込んできた私と、マロンが示してくれる「動物攫い」の隠れ家へとたどり着く可能性。彼らは迷うことなく、即座に同行を決めてくれた。本当に、テオ君の言葉を聞いて自分一人で駆けこまなくてよかった。


「……ご令嬢。犬の様子はどうか」


 テオ君と入れ替わるように、一人の精悍な顔立ちの青年が、私に声をかけてきた。彼はカイル様と言い、帝国騎士様の一人である。彼は鋭い眼光を宿しているが、私を見る目にはどこか同情のようなものが混じっている。聞けば、彼は行方不明になっている『銀狼騎士』アルフレート様の直属の部下であったらしい。

 私は腕の中の毛布を少しだけずらし、コロの様子を伺った。コロは、いつもなら初めて会う人の前でも堂々としているのに、なぜか騎士様たちの前に出るとなると顔を背けて私の腕の中で隠れようとする。まるで、自分の姿を見られたくない、とでも言うように。


「お医者様のおかげで、今は落ち着いています。本当に、皆さまの助けがなければ、私はこの子を二度と抱きしめることはできなかったでしょう。感謝の言葉をお伝えしてもしきれません」


 私が深く頭を下げると、カイル様はコロの状態を確認しようとしたのか一歩歩み寄った。するとコロはびくりと身体を震わせて、毛布の中に潜ってしまう。


「コロ、大丈夫よ。この方たちが、あなたを助けてくれたの」


 背中を優しく撫でるけれど、コロは断固として顔を出そうとしない。それどころか騎士様が腰に下げている剣から金属音がするたびに、小さく、悲しげに「クゥン……」と鳴くのだ。


「……酷い目に遭わされたのだ。人間に、ましてや武装した者に怯えるのも無理はない」


 カイル様は複雑な表情を浮かべ、その場に屈み込んだ。そして、毛布の隙間からわずかに覗いているコロの毛並みをじっと見つめる。


「しかし、見事な毛色だな。それに、赤い瞳も珍しい」

「ええ。とても可愛くて綺麗な子なのです。だから、動物攫いにも狙われてしまって……」

「……不思議なものだ。我らが誇るアルフレート団長も、この犬と同じ、美しい銀色の髪と宝石のような紅い瞳をお持ちだった」


 彼の言葉に、私は思わず息を呑んだ。帝国最強と言われる騎士様と、私の大切なコロが同じ色を持っているなんて。


「団長は、戦場を駆けるその優雅な姿から『銀狼』と呼ばれていた。この小さな友も、いつかそれほどまでに気高く、強く育つかもしれないな」


 そう言って、カイル様は少しだけ寂しそうに微笑む。彼らが団長様のことを心から敬愛していて、彼の生存を願っているということが強く伝わってきた。同じ色を持つコロに、行方知らずの彼を重ねている……。胸の奥がチクりと痛む。


「……何かの、ご縁かもしれませんね」

「そうかもしれない。我々の出会いは、団長の導きかもしれぬ」


 彼は立ち上がって、右手を胸に当てて礼をした。


「我々はこれから、帝都に戻る。これ以上の滞在は許されていないのだ。この街の治安維持については我々も責任を持って支援しよう。二度とこのような不祥事は起こさせん。そして……その子を、どうか大切にしてやってほしい」


 その言葉は、まっすぐと心に届いた。

 カイル様は一礼して、整然と去っていく。その背中を見つめながら、私は腕の中にいるコロをぎゅっと抱きしめた。


 コロは騎士様がいなくなったのを感じたのか、ゆっくりと顔を上げる。そのルビー色の瞳は、何か複雑で、言いようのない哀愁を帯びているように見える。……なんて、私の思い違いかな。


「コロ……頑張ったわね」

「クゥン……」


 コロは可愛い声を出して、私の頬をぺろりと舐めた。


「ふふ、そうね。もう大丈夫。おうちに帰りましょう」


 私は彼の額に、自分の額をそっと合わせた。







 帰りは、私も疲れただろうから無理はするなと言って、テオ君が馬車を用意してくれた。また改めて、彼にお礼を言いに行かないと。

 車窓から見える街並みを傍目に、膝の上で丸まって眠っているコロの背中をそっと撫でる。


「……コロ。あなたは、帝国騎士団の団長様と同じ色を持っているのですって」


 会ったこともないけれど、コロと同じ色彩を持っている方というだけで親しみが湧いてくる。どうか無事に戻ってきてくれることを、願わずにはいられなかった。

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