14. クリスマスデート
恋人達にとって一年に一度の大型イベント・クリスマス。
海外では家族と過ごす日という風潮だが、ここ日本ではカップルで過ごす特別な日というイメージの方が強い。
“クリぼっち”という言葉があるなど、恋人がいない人間にとっては肩身が狭く、なんとも人恋しくなる日だ。
そんなクリスマスという日に、私は要さんと恋愛コンサルの一環で恋人ごっこをして過ごすわけだが、それが決まったのが約1週間前。
多くの人がご存知の通り、クリスマスはどこに行っても超絶混み合う。
ゆったり過ごそうと思ったら、早めのプランニングと予約が大切だ。
つまり1週間に決まった時点ですでに出遅れている。
そこで私達は、「せっかくだから思いっきりクリスマスっぽいことを満喫する!」というテーマのもと、予約がなくてもオッケーなところへ行くことにした。
また、要さんにデートプランをお願いするのはややハードルが高そうと思い、今回は私が要さんを連れ回す形にした。
ということで、昼過ぎに待ち合わせて最初に訪れることにしたのは『クリスマスマーケット』だ。
「これがクリスマスマーケットかぁ。初めて来た。賑わってるね」
「ここは都内でも最大級のクリスマスマーケットだから特にですね。とりあえず飲食ブースで何か食べません? 私、シュトーレンが食べたいです」
「いいね。行ってみようか」
ドイツ発祥のクリスマスマーケットは、ヨーロッパを思わせる雑貨やクリスマスグッズのほか、冬に嬉しい食事や飲み物のブースが多数立ち並んでいる。
クリスマスらしい飾り付けがされた会場や各ブースは幻想的なムードを醸し出しており、恋人達の楽しいひと時を盛り立てていた。
要さんと一緒に飲食ブースに辿り着いた私は、この時期になると無性に食べたくなるシュトーレンをまずは購入。
続いて飲み物をと思ったところで頭を悩ませた。
「ホットチョコレート」と「ホットワイン」で迷ったのだ。
「亜湖ちゃん、どうしたの?」
そんな私の顔を要さんは不思議そうに覗き込む。
「ホットチョコレートとホットワインで迷ってます。どっちもクリスマスっぽいし、こういう時でないとなかなか飲む機会がないですし」
「それなら亜湖ちゃんが選ばなかった方を俺が買うから、それをあげるよ。そうしたらどっちも飲めるんじゃない?」
つまり飲み物をシェアしようという提案だ。
失礼ながら要さんにしては随分と気の利いた申し出に私はちょっと驚いた。
もちろん否はないので、その提案に一も二もなく頷いた。
「ホットチョコレートってこの濃厚な甘さがクセになりますよね。ココアとはまた違って、“THEチョコレート”って感じがたまらないです」
「こっちのホットワインも美味しいよ。フルーツやスパイスが加わってるおかげか体が温まる気がする。亜湖ちゃんもこっち飲んでみる?」
「ありがとうございます。あ、本当だ、美味しい。シナモンが結構効いてますね。要さんもこっちのホットチョコレートどうぞ」
「ありがとう。確かにこれは濃厚だね。執筆中に行き詰まって、脳に糖分欲してる時にちょうどいいかも」
「あ〜なんかそれ分かります。私も疲れた時は甘いもの欲しくなりますし。長時間フライトの時も休憩時間にチョコレート摘んでます。ていうか要さん、眼鏡曇ってますよ」
「あ、本当だ。寒空の下で温かいもの飲むと湯気でこうなりがちなんだよね」
この約2ヶ月半の間、週1回のペースで何度もデートを重ねてきたため、私と要さんは今や結構気心知れた仲だ。
恋人ではないけれど、普通に仲は良いと思う。
恋愛コンサルとして指摘している時以外は他愛のない話をしているが、不思議なことに話題は尽きないし、会話は途切れない。
男女の友情に近いものが育まれている気がする。
なにしろ私は完全に素だ。
取り繕わずに接することができる相手は、ものすごく楽だし、ものすごく貴重である。
……今思うと原稿の感想や恋愛コンサルを引き受けたのも、外面作らずにありのままで話せる相手と「もっと話したい!」って内心で思ってたのかもなぁ。
あの時、断ろうと思えばできたはずだ。
それをしなかった時点で、きっとそういうことなんだろう。
「雑貨やクリスマスグッズの方も見て回る?」
「そうですね。ただ今日でクリスマス終わりだから、今買っても来年まで箪笥の肥やしですけど」
「でも来年きっと活躍してくれるよ。それに記念にはなるしね」
シュトーレンを平らげ、飲み物を飲み干した後は、雑貨ブースの方を順番に巡った。
クリスマスツリー用のオーナメント、スノードーム、キャンドルとクリスマスムードを高める品々が所狭しとブース内に並んでいる。
それを要さんとああだこうだ言いながら見て回るのは思いの外楽しかった。
そうこうしているうちにあっという間に時間は過ぎ、気がつくと時計の針は17時半過ぎを指し示していた。
辺りはすっかり暗くなり、会場内に張り巡らされた電飾がオレンジ色の光を灯している。
「意外と時間経ってましたね。そろそろ次へ行きましょうか」
「早めの夜ごはん?」
「いえ、さっきシュトーレンを食べてまだお腹すいてませんし、腹ごなしに散歩しましょう。思いっきりクリスマスっぽいことを満喫するというテーマに沿って、続いては『イルミネーションスポット』に行きたいと思います!」
これぞクリスマスの定番だろう。
私は要さんに行き先を告げ、一緒に歩き出す。
ここから少し遠いが、十分歩けば行ける距離だ。
ディナーに向けてお腹を空かせるにはちょうどいい。
「イルミネーションスポットって実は行ったことないんだよね。車で通り過ぎる時に車窓から目にしたことはあるんだけど」
歩きながら話していると、要さんはふと思い出したようにそう言った。
「確かに車窓から眺めるだけでも十分クリスマスっぽい気分には浸れますよね。でも間近に見ると結構感動しますよ? 迫力が違うというか」
「そうなんだ。それはちょっと楽しみだな」
「ちなみに今回行くのは事前予約のいらない、無料で見て回れるスポットです。場所によっては予約と入場料が必要なんですよ」
「へぇ、入場料がかかるなんて本格的な場所もあるんだね」
「遊園地のイルミネーションとかはかなり凝ってますよ。毎年人気ですしね。……あ! そろそろ着きます。そこの角を曲がったところからです」
角を曲がると、目に映る景色がパッと変わった。
目の前には白と青の光がきらめく幻想的なイルミネーションが広がっている。
「……すごいね。近くで眺めると圧巻だ。さっき亜湖ちゃんが言ってた言葉の意味が分かったよ」
「分かってくれました?」
白銀の世界をイメージした六本木ヒルズのイルミネーションは冬の風物詩となりつつあり、毎年訪問者の目を楽しませてくれる。
並木道が青白い灯りに彩られすごく綺麗だ。
私達はその並木道をイルミネーションを見ながらゆっくりと散歩する。
辺りには同じように過ごすカップルが多く見られた。
……そういえば、円香さんって彼氏できたのかな?
カップルの姿から連想して、ふいに「クリスマスまでに彼氏作る!」と息巻いていた円香さんのことを思い出した。
近頃搭乗フライトが一緒にならないのでその後どうなったのか聞けていない。
他の同僚がチラッと話していたのだが、以前はあんなに精力的に合コンに参加していたのに、最近はそうでもないらしい。
……今度会った時に聞いてみよう。ていうか、今この時に円香さんとバッタリ会ったら大変なことになりそう……!
チラリと隣を窺えば、世の女性達を魅了してやまない極上のイケメンがいる。
眩いイケメンとイルミネーションという組み合わせは、両方とも実に美麗で目に優しい。
そんなことを思っていると、ふと少し遠くの方に見知った顔を見つけてしまった。
今しがたその存在を脳裏に思い浮かべていた円香さん、ではなく……
……あれ? 向かい側から歩いて来るのって、藤間機長だ。
同じJP航空のパイロットだった。
円香さんでなくて良かったとホッとしたのも束の間。
私ははたとある事実に気がつく。
……そういえば、藤間機長って取材の場にいたから、要さんのことを小説家の花山粧として知ってる人じゃない!
要さんと全く無関係な人なら問題なかった。
でも小説家の花山粧として認識している人の場合、無用なトラブルになりかねない。
あの取材をキッカケに手を出したとか邪推それそうだし、誰かに言いふらされるのも困る。
本当の恋人関係ならそれも許容できるが、要さんとは恋愛コンサルのために恋人ごっこをしているだけに過ぎず、ただの友人関係みたいなものだ。
余計な誤解は避けたい。
そう素早く頭の中で結論を導き出した私は、「ちょっとお手洗いに行ってきます」と告げ、要さんを残してその場から1人離れることにした。
唐突な私の言葉に要さんは目を丸くしていたけど、残念ながらゆっくりフォローする余裕はない。
藤間機長がどんどん近づいてきていたため、要さんへの説明を省いて私は急いで行動に移した。
元来た道を戻りながら、並木道沿いにある手頃なカフェに駆け込む。
そのカフェの入口で外の様子を窺い、藤間機長が通り過ぎるのを待った。
しばらくすると、私のいるカフェの前を藤間機長が恋人らしき女性と歩き去って行く。
その後ろ姿を見送ってようやく私はふぅと安堵の息をついた。
ちょうどそのタイミングでスマホが着信を告げて震える。
「もしもし、亜湖ちゃん? 今どこ?」
「すみません急に。今さっき通り過ぎたカフェにいます。すぐ戻りますね。ちょっとだけ待っててください」
「いや、俺がそっちに行くよ。そこで待ってて」
「えっ? あ、はい。分かりました」
要さんからの電話を切ると、私は出入りの邪魔にならないようカフェの入口付近にある雑貨コーナーへ移動した。
なんとはなしにマグカップなどを見ていると、ふいに背後に人の気配を感じて振り返る。
てっきり要さんかと思っていたら、全然違う男性だった。
その男性はなぜか食い入るように熱のこもった瞳で私を見つめてくる。
なんとなく見覚えがあるような気がしなくもないが、たぶん知らない人だと思う。
「あの、今少しお時間いいですか?」
「私ですか? いえ、あまり時間はないんですけど……」
「僕のこと覚えてませんか?」
やんわり断ったのに男性は構わず言葉を続けてくる。
しかも知り合いであることを匂わす言い回しだ。
……はて? こんな人、知り合いにいたっけ? もしかしてフライトに乗ってたお客様とか?
心当たりがなくて首を傾げそうになっていると、男性は私の答えを待たずして、やや顔を赤らめ口を開く。
「数ヶ月前に品川駅でお会いした者です……! 僕があなたに一目惚れして、勇気を出して食事にお誘いしたんですが」
……ああ、確かにそんなこともあったっけ。
ボンヤリとその時の記憶が脳裏に蘇る。
確か『グチグチノート』を取りに行く道中で、すごく急いでいた時の出来事だった気がする。
「残念なことに、その時は“大切な人”が待ってるからと言ってあなたは立ち去ってしまって。でもまたこうして運命的に再会することができました! しかも今日はクリスマスなのにあなたは1人ですよね? つまり僕にもまだチャンスがある」
「え、いえ、あの……」
あまりに勝手な言い分かつ勘違いぶりに、笑顔を作って応対しつつも内心ドン引きである。
要さんがカフェに来てくれることになっているけど、サッサとここは立ち去った方がいいかもしれない。
後から場所を移動した旨を電話すれば大丈夫だろう。
「確かに今は1人なんですけど、これから人と待ち合わせてるんです。待たせているので失礼しますね……!」
にこりと微笑んで会話を強制的に打ち切ると、私はさっそく踵を返した。
だが、男性に腕をグイッと引かれて動きを阻害されてしまい、その場で足踏みをしてしまった。
「あの、離してくださ——……」
「嫌です! 人と待ち合わせしているというのは作り話ですよね? 優しいあなたは僕を傷つけないために、ていよく断ろうとしてる。そんなあなただから僕は惹かれているんです! 僕は諦めません! 本気なんです!」
腕を掴んだまま、距離を詰めて一方的に言い募られて、さすがの私もほとほと困ってしまった。
断ろうとしていることに気づいているなら、そのままそれを受け入れて欲しい。
拒否しているのは伝わっているだろうに。
……「そんなあなただから惹かれる」とか、「本気」とか言われても。ただただ迷惑なんですけど!
何を言っても通じなさそうな相手にウンザリして、この際この男性が抱いているだろう“私”の印象をぶち壊してやろうかと真剣に思い始めたその時。
「——俺の恋人の腕からその手を離してもらえますか?」
色気溢れる落ち着いた低音ボイスを響かせた極上イケメンが、その場に降臨した——。




