13. 実家帰省とメッセージ
12月に入り、街中は赤と緑が印象的なクリスマスカラーの装飾で彩られるようになった。
耳をすませば、聴き慣れたクリスマスソングが飛び込んでくる。
来週にクリスマスを控え、どこか浮き足だった感じのする街並みを横目に、この日私は久しぶりに実家へと足を運んでいた。
実家は東京屈指の高級住宅街として知られる松濤にある。
広大な敷地をぐるりと分厚い壁で囲んだ、”お屋敷”という言葉がぴたりと当てはまるような豪邸だ。
立派な門構えの入口から敷地内に入り、庭を歩いた先に家の玄関がある。
引き戸を開けると、私の帰宅を把握していたらしい初老の使用人頭が出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、亜湖様」
「森本さん、ご無沙汰しています。お元気ですか?」
「ええ、お陰様で。亜湖様もお変わりなくお過ごしのようで何よりです。本日は旦那様とのお約束でございますね?」
「はい。昼食に呼ばれました」
父から電話が入ったのは数日前のことだ。
年末年始はどうせ仕事で帰省できないのだろうから、その前に昼食でもどうだと誘われたのだ。
航空業界にとって年末年始は繁忙期のため、当然の如くCAに休みはない。
運良くオフという人もいるが、私の場合は国際線の乗務シフトが入っており、今年は上空で年越しということになりそうだった。
「旦那様はお忙しい亜湖様と久しぶりに昼食を共にできると楽しみにしていらっしゃいましたよ。客室乗務員となり亜湖様がご実家を出られてから、顔を見る機会が減って寂しいといつも嘆いておられますしね」
目尻を下げて微笑む、まさに好好爺といった雰囲気の森本さんは、玄関土間で靴を脱いで上がった私を昼食を取る部屋へと案内してくれる。
お屋敷の中は趣きある日本家屋風だが、リフォームが施されているため古臭い感じはしない。
とはいえ趣きある内装のため、外国人が喜んで見学したいと言い出しそうだなと客観的に思った。
「こちらで旦那様がお待ちです。本日は残念ながら大旦那様、大奥様、奥様、そしてご兄姉の皆様はご不在ですので、ご昼食はお二人でとなります」
……家族勢揃いよりは気が楽かも。お父様だけなら食事マナーもそれほど気にしなくていいし。
残念どころかラッキーと万歳している内心を包み隠し、私は森本さんへ向かってにっこり微笑んで頷いた。
襖を開けて中へ入ると、森のような心地よさを感じる畳の香りが鼻を掠める。
庭が一望できる見晴らしの良い和室には、父が座布団の上に胡座をかいて座り、私を待ち構えていた。
私もテーブルを挟んで向かい側の座布団の上に着席する。
「亜湖、久しぶりだな。元気そうだ。全然連絡を寄越さないから心配してるのだぞ。特に最近、海外はなにかと物騒だ。お前が危険な目に遭っていないか気が気ではない」
「お父様、安心してください。私は大丈夫です。仕事で海外に行く時も宿泊先はセキュリティの高いところを会社が手配してくれますし、早々危険なことはありませんから」
「だがなぁ、心配は心配だ」
御年63歳となる父にとって、私は遅くにできた末っ子だ。
いつまでたっても子供のような感覚が抜けないのか、会うたびに過度に心配される。
厳しく躾けられたものの、虐げられたわけではなく、家族関係は普通に良好だ。
森本さんが運んで来てくれた、和食のフルコースとも言える昼食を囲んで、私は父と和やかに言葉を交わす。
父は母や兄姉の近況についてや、最近リフォームしたらしいご自慢の書斎について、楽しそうに話してくれる。
ただ、中でももっとも話の話題に上げるのは私の仕事についてだ。
よっぽど気になるのか細々と訊ねてくる。
「日本と海外を行ったり来たりで時差ボケは大丈夫なのか?」
「オフとは別に休息日も設けられていて、支障が出ないようにスケジュールが組まれてるから問題ないです」
「変な客もいるだろう?」
「それはまぁそうですけど、それはどんな仕事でも同じだと思いますよ?」
「年末年始も休めず大変ではないか?」
「政治家だって、年末年始は地域行事への参加したり忙しいじゃないですか。有事の時にすぐ動けるようにしておく必要もありますし」
一問一答みたいなやり取りが繰り返される中、食事を終えた私は湯呑みに口をつけ食後のお茶を堪能する。
お湯の温度と抽出時間にこだわり丁寧に淹れたお茶は、本来の香りと味が存分に引き出されており絶品だ。
……さすが森本さん、いい仕事するわ〜!
まろやかな味わい深いお茶にほっこりしていると、ここでふいに父が踏み込んだ質問をしてきた。
「亜湖の生活を聞いていると客室乗務員という仕事は忙しそうだが、色恋はどうなんだ? お付き合いしている男はいるのか?」
これはどう答えるのが正解だろうか。
ほんの一瞬だけ脳裏に要さんの顔がよぎった。
……いやいや、あれはあくまで恋愛コンサルをする上での“恋人ごっこ”だから!
私は即座に自分自身にツッコミを入れ、続いて正直にそのまま「いない」と答えるか、嘘をつくかを検討し始める。
……嘘をついたら、じゃあ連れて来いって言われそうだもんなぁ。
想像するだけで非常に面倒そうだ。
しかももし詳しく身辺調査でもされれば、一発で嘘がバレてしまうだろう。
それならば、事実をそのまま伝える方がリスクは低い。
……仕事が大事ってことを強調して、それとなくお見合い回避するのがきっと最善!
よしっと心の中で喝を入れると、私はにこやかな笑顔で父へ答えた。
「そういう相手はいません。仕事が楽しいので」
「相手がいないなら、見合いをする気はないか? お前に合いそうな候補が何人かいるが……」
案の定、ここで父の口から“お見合い”というワードが飛び出した。
私は改めてここが正念場だと気合いを入れ直して威厳漂う父を見据える。
「でもお父様が上げる候補の方って、政治家の妻とか、社長夫人とか、今の仕事を辞めて家に入ってくれるような女性をご希望ですよね? お姉様のように」
「う〜む、確かにそうだな」
「私は結婚しても今の仕事を続けさせてくれる人がいいなぁって思ってるんです。なのでお見合いは遠慮させてもらいます」
「分かった。亜湖の気持ちは理解した。今候補に上がっている者達は断っておくとしよう」
……よっしゃぁ! 完全勝利〜!
父がふむと頷き、お見合いの話を取り下げたのを確認すると、私は心の中で喝采を上げた。
これでしばらくは時間を稼げたと思う。
私は大収穫を得て、その日意気揚々と実家を後にした。
◇◇◇
自宅へ帰宅してリビングのソファーへ身を沈める、私はずっと鞄に入れっぱなしだったスマホに目を向ける。
いつの間にか未読のメッセージが何件か溜まっていた。
登録している公式アカウントからのメッセージがほとんどだったが、その中に要さんからのものがあった。
来週の恋愛コンサルの日程についてまだ決めていなかったから、たぶんその件だろう。
——要:『来週の予定はどう?』
メッセージを確認すると、やはり思った通りの内容だった。
予定を問うシンプルな一文が記されている。
——亜湖:『20日、25日のどちらかなら大丈夫です』
私は仕事のシフトを手帳でチェックし、いつものように候補日を送った。
まぁ、この2日程ならば25日になるかなと内心で思いながら。
なにしろ25日はクリスマスだ。
今年は珍しくこの日がお休みだったのだ。
でも要さんから返ってきたメッセージは……
——要:『俺もその日程ならどちらでも問題ないよ。どっちにする?』
こんな空気の読めない返事だった。
「いやいやいや、25日ってクリスマスですけど!? そこ完全スルー!?」
思わず声に出して盛大にツッコんでしまった。
これはたとえメッセージ上でも、ビシッと指摘しておくべきだろう。
私は指を高速で動かして文字をスマホに打ち込んでいく。
要さんもちょうどスマホを見ているタイミングだったのか、すぐに既読がつき、そこからメッセージのラリーが始まった。
——亜湖:『要さん、口頭ではないですけど今から指摘します。いいですか?』
——要:『えっ、なにか指摘されるようなことした?』
——亜湖:『あのですね、25日はクリスマスです。クリスマスといえば、恋人達にとっては一大イベントなわけで、世の女性はクリスマスを彼氏と過ごしたいものなんですよ。だからどっちでもいいなんて返事はナンセンス! そこは25日一択です!』
——要:『な、なるほど』
——亜湖:『クリスマスに限らず、世の女性達はイベント事や記念日が大好物です。例えば誕生日、バレンタインデー、ホワイトデー、交際記念日などなど。ここらへんは忘れず押さえておくことをオススメします!」
——要:『今まで気にしたことなかったよ。会えればいいやと思って。覚えておくようにします』
こうしてメッセージによる恋愛コンサルが急遽繰り広げられた後、次回は25日にクリスマスデートをすることが決定したのだった。




