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10. 新作に向けた取材(Side要)

大容量の本棚と重厚感のある大きなデスクが一際存在感を放つ部屋で、俺はパソコンに向かっていた。


ここは自宅マンション内にある書斎だ。


小説の執筆はいつもこの部屋で行なっている。


今日も午前中からずっとここで新作の構想を練っていた。


小説の設計図と言われるプロットを作っているのだ。


登場人物、あらすじ、ストーリーの構成などを決め、パソコンでワードに書き出していく。


集中して作業を進めていると、ふいにデスクの上に置いていた仕事用のスマホが震え、電話の着信を告げた。



「もしもし、花山です」


「書香出版の坂田です。申し訳ありません、花山先生。午前中にお電話頂いてたのに、折り返しが遅くなりました」


「いえいえ、お忙しいところ折り返しありがとうございます。電話したのがですね、先日お話ししていた取材の件なんです」


「あ、新作に向けた情報収集として取材したいところができたんですね。どちらです?」


「航空会社です」



俺はちょうど今まとめていたプロットに目を向けた。


その内容を眺めつつ、電話口で坂田さんへ簡単に新作の方向性を説明する。



「物語の舞台を飛行機の中にしようかと考えてるんですよ」


「飛行中の飛行機ってことですか?」


「そうです。それで飛行機の中で殺人が起き、一癖も二癖もある乗客の中から犯人を探すという密室ミステリーを想定してます」


「へぇ、面白そうですね! 今の説明だけでもワクワクしてきましたよ」


電話口の坂田さんの声は弾んでいて、お世辞ではなく、本気で面白そうだと感じてくれているのが伝わってきた。


このアイディアはごく最近思い付いたものなのだが、キッカケは他でもない現役CAの来栖さんだった。


最初に彼女の存在を目にしたのは飛行機の中だったし、個人的に会うようになった後も会話の中で仕事について聞くことも多い。


国内、海外を行ったり来たりしながら、毎日多くの乗客に接する彼女の日々を知るうちに興味を持ったのだ。


 ……あのノートで文句を書き綴っていた変な乗客の話とかもネタになりそうだし。


思い出すとまた少し笑いが込み上げてくる。



「ただ、飛行機は普通に移動時に利用するだけで俺も詳しくないんですよ。だから実際に見学させてもらいたいなと思って。物語にリアリティを出すためにパイロットやCAなどその場で働く人にも話を聞いてみたいです」


「なるほど、分かりました。航空会社に交渉して調整してみますので少々お時間ください。またご連絡しますね」


「すみません、よろしくお願いします」



坂田さんとの電話を切ると、俺は軽くストレッチするように両腕をグッと上に上げて伸びをした。


 ……キリがいいから少し休憩するか。


椅子から立ち上がり、コーヒーでも淹れようとキッチンへ向かう。


その際にふと本棚に並ぶ自著が目に入った。


数日前に観た映画の原作小説だ。


そこから芋づる式に来栖さんとのデートが心に浮かぶ。


約2週間前から始まった恋愛コンサル。


一言で言って、恋愛面における自分の至らなさが露呈しまくった。


俺はどうやら自分で思っている以上に女心が分からず鈍感であるようだった。


 ……普通は学生時代から徐々に経験を積む中、俺はそこが明らかに不足してるからなぁ。


相手の女性も自分と同じような経験値ならそれほど問題にならないだろう。


だが、30歳である俺の相手といえば、同年代の経験豊富な女性だ。


酸いも甘いも知り抜いている彼女達からすれば、満たされず、ガッカリするだけなのだろう。


 ……やっぱり結婚への道のりは険しい。



とはいえ、来栖さんによる恋愛コンサルで着実に俺は女心を学びつつある。


彼女は期待通り、遠慮なくビシバシと指摘してくれる。


しかもその説明も意外と丁寧で分かりやすく、理解しやすい。


さすが普段から多種多様な人に応対している客室乗務員なだけあると思う。


 ……それに一緒にいて楽だしね。


来栖さんは俺に何も期待していない。


外見に惹かれるでも、名の知れた小説家という肩書にすり寄るでもない。


淡々と依頼された恋愛コンサルをこなしている。


それが存外心地良かった。


俺の至らなさに対してガッカリするのではなく、呆れつつもどう説明したら伝わるだろかと真剣に頭を悩ませている姿が面白い。


さながら面倒見のいい熱血教師だ。


 ……次のテーマは“夜デート”って言ってたっけ? 1回1回状況設定をして進めるあたりも教師っぽい。



ふふっと小さく笑いを零しながら、俺はマグカップを片手にキッチンへと向かった。


その翌日、仕事の早い坂田さんからさっそく取材セッティングが完了した旨の電話が入った。


アポイント日は3日後。


取材先はJP航空だった。



◇◇◇



「お世話になります、書香出版の坂田です。本日は快く取材にご協力頂きありがとうございます。こちら小説家の花山粧先生です」


「花山です。よろしくお願いします」


「お電話で私からお話しした通り、花山先生は次回作で飛行機を舞台にと考えられています。そこでぜひ実際の現場を拝見できればと思っております」


「本日対応させて頂くJP航空広報の長嶺(ながみね)です。弊社でも花山先生のファンは多いので、今回のお話を坂田様からお伺いした時はとても盛り上がりました! ぜひ次回作にお役立て頂けるようご案内させて頂きます」



3日後、俺は坂田さんと共に羽田空港から程近いJP航空の訓練施設を訪れていた。


この訓練施設は、航空会社に勤める様々な職種のスタッフが専門的なシミュレーターや実機を模した設備を用いて訓練を実施するところだという。


一般見学者向けにもツアーがあるそうだ。


今回はその一般向けの部分だけでなく、普段は見ることができない場所も特別に見学させてもらえる上に、現役パイロットとCAへのヒアリング取材も組んでもらえた。


かなりの特別待遇である。


それに案内をしてくれる広報担当者が男性なのも正直ありがたい。


相手が女性だと、余計なトラブルが起こる可能性があるからだ。


 ……これはもしかすると坂田さんが予め調整しておいてくれたのかもな。


さりげない気遣いに感謝しつつ、俺は広報担当の長嶺さんに先導されながらまずは一般向けのコースを見て回った。



「これはすごいですね。本当に飛行機の中にいるみたいな気分になります」


実機を模した設備で、エコノミークラスの座席に座り周囲を見渡す。


空席ばかりという点が実際とは違うが、座り心地や目に入る景色は本物さながらだ。


続いてビジネスクラス、ファーストクラスの座席も見学し、さらに飛行中に乗客が足を踏み入れることのないコックピットやギャレーなども見せてもらう。


許諾を取って記録用にスマホで写真も撮り、見学しながら頭の中で物語の展開をイメージする。


やはり実物を前にすると、より詳細に話を組み立てやすい。


「では続いて、会議室で現役パイロットと客室乗務員から仕事内容などの話を取材してもらえればと思います。本日パイロットは1名、客室乗務員は2名アサインしてます」


長嶺さんがそう言って案内してくれた会議室に入ると、中には制服姿のスタッフがすでに待機してくれていた。


挨拶しようとして、俺は一瞬目を見張る。


3名のスタッフのうち、1名が自分のよく知る人物だったからだ。


「花山先生、ご紹介しますね。こちらパイロットの藤間(ふじま)、客室乗務員の相沢と来栖です」


「……小説家の花山粧です。本日はよろしくお願いします」


思いがけない巡り合わせに、俺は驚きから少し言葉に詰まりつつ挨拶を述べた。


 ……まさかここで来栖さんに会うとは。


JP航空は大手であるし、CAの人数も多い。


だからこそ、こんな偶然があるとは思ってもみなかった。


「花山先生ってこんなお若くてカッコいい方だったんですね! メディアに顔出されていないのでビックリしました! ねぇ、亜湖ちゃん? 藤間機長もそう思いません?」


「そうですね! 私も驚きました!」


「デビュー作から著書を拝読させてもらっていますが、僕もてっきりもっと年配の方なのかなと思ってましたよ」


木目調の横長テーブルを挟んで対面に着席し、取材対象の3名と向かい合うと、相沢さんという女性の言葉を皮切りにそれぞれが俺に対する驚きを次々と口にする。


制服に身を包み、きっちりと髪を纏め、華やかにメイクを施した来栖さんは、俺と面識があることを全く匂わるこなく、見事に他人行儀ににっこりと微笑んでいた。


その笑顔は、『珈琲ろまん』で最初に顔を合わせた時に向けられた、完璧に作り込まれたよそよそしいものだ。


ここ最近は久しく見ておらず、俺の知るいつもの様子と雰囲気が違って、どうにも違和感を覚えてしまう。


取材を始めてからも彼女のその言動は終始変わることはなかった。


話を聞いて真面目な仕事ぶりはとても伝わってきたが、彼女が口を開けば開くほど、不思議なことに妙な違和感は強くなる。


 ……なんだか知らない人を相手にしているみたいな気分だな。


そう、来栖さんは親しげに微笑んではいるのだが、それが返ってよそよそしい。


いつもの物怖じせずズバズバ言う姿の方が断然いい。


 ……来栖さんは取り繕わず素でいる時の方が魅力的だな。



スタッフ3名から仕事内容について、印象的な乗客について、緊急事態が発生した際の対応についてなどを幅広くヒアリングし、メモ帳に書き留めながら、俺は内心でそんなことを考えていた。


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