11. 夜デート
「まさか前に機内で見かけたあのお客様が小説家の花山粧だったなんて驚きよね! それにしても、やっぱりすっごいイケメンだったわぁ〜!」
取材を終えて休憩室で一息入れている最中、一緒に取材を受けた円香さんがうっとりとした顔で語り出した。
広報の長嶺さんから、今回の件は極秘にと釘を刺されているため、あまり大っぴらに話せない。
円香さんは周囲に目を配り、声を潜めて話を続けた。
「顔だけじゃなくて声までヤバかったもんね。なにあのイケボ! 反則だと思わない? 本当に眼福かつ耳福だったわぁ!」
「確かに声も印象的でしたね! 前に機内でお見かけした時は、残念ながら言葉を発されているところを私は見れなかったですし!」
実際は何度となくあの声を耳にしたことがあるのだが、まるで初めて聞いたと言わんばかりの口調で私はにこりと明るく笑う。
円香さんの興奮ぶりに合わせて、声のトーンをやや高めにして話しに付き合った。
……まさか小説家が葉山さんだったとはね。完全に素を知られてるだけに、外面を作ったモードで接するのはすっごくやりづらかったんだけど!
そもそも私が取材を受けることに決まったのは、ほんの数日前のことだ。
広報から依頼があって、たまたま該当日が地上勤務日だった私と円香さんに白羽の矢が立った。
守秘義務の関係なのか、小説家が誰かは明かされず、それが花山粧だと知らされたのは直前のことだった。
長嶺さんから聞いた時はこんな偶然があるのかと本気で驚いた。
……葉山さんとは先週会ったばかりだけど、その時にはそんなこと一切口にしてなかったのに。
まぁ仕事のことだから機密の関係上言えなかったのかもしれないし、もしかしたら葉山さんも想定外だったのかもしれない。
なんとなく後者の可能性が高そうだなとは思う。
なにしろ葉山さんが会議室に入室してきた時、他の人からは分からない程度だろうが、ほんの僅かばかり声が上擦っていた。
たぶん私があの場にいて驚いたのではないだろうか。
……明後日に会うし、その時に直接聞いてみよう。
「円香さん、次のミーティングもうすぐですし、そろそろオフィスに戻りましょう?」
「あ、うそ、もうこんな時間!?」
腕時計で時間を確認した私達は、慌てて紙コップをゴミ箱に捨てて休憩室を後にする。
そして何事もなかったかのように、地上勤務日の業務に終業時刻まで取り組んだ。
◇◇◇
それから2日後の夜6時。
今日は私の仕事終わりの時間に合わせて、葉山さんと待ち合わせをしていた。
今回のテーマは“仕事終わりの夜デート”。
つまり、ディナーデートということである。
それぞれ仕事を持つ社会人カップルにとって、1番頻度が高いシチュエーションだと思う。
今回は葉山さんがお店を予約してくれたらしいので、最寄駅で待ち合わせをして、一緒にお店に向かう予定だ。
予約しておいてくれるなんて、なかなかスマートな対応だし、葉山さんの成長ぶりが窺える。
「すみません、お待たせしました」
「大丈夫。俺もさっき来たところだよ」
羽田空港から直接待ち合わせ場所に向かうと、今日は葉山さんの方が先に到着して私を待っていた。
そのイケメンぶりからその場で恐ろしく目立っていて、一瞬で見つけることができた。
葉山さんに歩み寄ると、周囲の視線が突き刺さって痛い。
これが日常だから慣れているのか、葉山さんは一向に気にしていない様子だった。
「今回はお店予約して頂いてありがとうございます。この対応はスマートで女子的にポイント高いと思いますよ!」
「それは良かった。さすがに夜は予約しないと入れない可能性も高いかなと思ってね。ここから少し歩くけどいい?」
「大丈夫です」
葉山さんが歩き出すのに続き、私もその後ろ姿を追いかける。
ここで一人スタスタと先に行く人もいるが、葉山さんは歩く時はいつも紳士だ。
スピードを私に合わせてくれ、隣に並んで歩いてくれる。
女心に鈍感なだけで、決して言動がおかしいわけではない。
……うーん、だからこそ一見しただけでは「思ってたのと違う」と交際相手から振られる人だとは分からなかったりするんだよねぇ。
「そういえば、先日は取材に応えてくれてありがとう。すごく参考になったよ。でも会議室に入ったら来栖さんがいて驚いた」
お店までの道のりを歩きながら、私が改めて葉山さんについて考察していると、ふと葉山さんが思い出したように先日の取材の件について口を開いた。
その件は私もちょうど話したいと思っていたことだ。
隣に並ぶと身長差が結構あるため、私は見上げるように葉山さんに視線を向けた。
「あ、やっぱり驚いてたんですね。私も来るのが花山粧だということは直前に聞かされたんでビックリしましたよ」
「あの取材自体、決まったのが3日前とかそれくらいでね。担当編集者の坂田さんが俺のリクエストに応えて急遽JP航空へ交渉して取材を組んでくれたんだ」
「そうだったんですね。ていうか次回作、飛行機が舞台の予定なんですか? それは航空業界の人間として楽しみです。……まぁ私、実は葉山さんの小説読んだことないんですけど」
取材の日の裏事情を教えてもらいスッキリした私は、最後にポロリと実は今まで言っていなかったことを暴露した。
それに対し、葉山さんは一瞬目を丸くすると、次の瞬間プッと勢いよく吹き出した。
「はははっ、このタイミングで言う? 『花山粧』自体は知ってたから読んでくれたこともあるのかと思ってた」
「名前は知ってますよ、有名ですし。『真夏の陽炎』もドラマは観たことありますよ? でももともとあんまり本を読む方じゃなくって」
「じゃあ俺が恋愛小説の原稿を渡した時、読むの大変だったんじゃない?」
「その通りですよ! ぶっちゃけ「はぁ!?」って思いましたしね。読書習慣がないんで、あれ読むのにも時間かかって1週間近くかかりましたから。ニューヨークにも持って行ったんですよ?」
「ははっ、本当に? 全然知らなかった。今更だけどあの時はありがとう。気持ちいいボロクソ具合だったよ」
私が色々カミングアウトすると、葉山さんは目に涙を滲ませて可笑しそうに笑う。
くしゃりとした無邪気そうな笑みは、いつもの大人っぽい雰囲気とは違い、屈託のない明るい少年のようだ。
そのギャップにちょっとだけドキッとしてしまった。
……えっ、一瞬だったけど、私が葉山さんにときめいた!?
思わぬ不意打ちにやや動揺する私だったが、そのことに対して深く考える機会は残念なことに奪われてしまった。
というのも、違う衝撃が私を襲ったからだ。
「あ、店が見えてきた。あそこの角の店だよ」
話しながら歩いているうちに、予約してくれたお店が近づいてきて、葉山さんが私に教えてくれたのだが……
「ええっ!? チェーン系の大衆居酒屋!?」
ランチに続き、またしても意外なお店のチョイスに私は声を荒げ、目をぐわっと大きく見開いた。
……いやいやいや、えっ、ここ!? もちろんチェーン系の大衆居酒屋が悪いってわけじゃなく。ただ、デートでここ!?
「もしかして……また女心に沿わない感じだった?」
私の反応から女心的にはNGだったと悟ったらしい葉山さんの声のトーンが沈む。
いつもの如くツッコミたいところだが、店の前で立ち尽くすのは微妙だし、予約もしてくれているので、それは後回しだ。
とりあえず私は葉山さんを促してお店に入ることにした。
予約席に腰を下ろし、ビールを注文して乾杯。
ゴクゴクと喉の渇きを潤したところで、ようやく私は口を開く。
「あのですね、決してチェーン系大衆居酒屋がダメってことはないんですよ? 付き合いの長いカップルなら全然オッケーだと思いますし。でもまだ付き合い始めでここはガッカリすると思います」
「それはやっぱりランチの時と同じでムードが必要って話?」
「そう、その通りです! ロマンティックな雰囲気を女子は期待するんですよ。夜景の見えるレストランとか、内装に凝ったオシャレなレストランの個室とか。夜デートではゆったり大人な時間を求めてるんです」
“ムード”という単語が出てくることから察するに、葉山さんも分かってはいたのだろう。
……なのにここを選んだってことは何か理由があったり?
そう思って訊ねてみると、どうやら葉山さんには葉山さんなりの考えがあったらしい。
「俺もそういったレストランには行ったことがあるけど、その時って大体仕事関係なんだよね。だからか、仕事って感じがして気が張るというか。それに比べて大衆居酒屋はリラックスできるし、ゆっくり話をするっていう観点においても適してると思って」
お手頃価格だし、料理のボリュームあるし、肩肘張らないし……と葉山さんは言う。
男友達と行くのもいっつもこういうお店だそうだ。
「そうなんですか。確かにゆっくり話せるし、変に緊張しないしいいとは思いますよ。ただ一般的に女性ウケするかといえば、デートでは嫌って言う人は多いと思います。まぁ私は別に嫌いじゃないですけどね」
話しながら、私は焼き鳥の盛り合わせの中からねぎま串を頬張り、冷えたビールをゴクゴクと飲み干す。
仕事終わりの一杯はたまらない。
速攻でおかわりを注文して、再びビールジョッキに口をつけた。
……よくよく考えたら、こういう店、久しぶりに来たなぁ。
CAの同僚達と一緒に出掛ける時は、オシャレに敏感な人が多いから、それこそデートにぴったりな雰囲気の良いお店を選ぶ。
男性と食事に行くにしても、愛され女子を作っている私を連れて大衆居酒屋に行こうとする人はいない。
ムードたっぷりなお店で、小洒落た料理やドリンクをゆったりと愉しみ、あわよくばこの後ホテルへ……を狙う男ばかりだ。
……なんか大衆居酒屋いいかも。めっちゃ楽。
肩肘張らずリラックスできるというのは葉山さんの言う通りかもしれない。
お高いワインや洒落たカクテルを雰囲気に合わせてゆっくり嗜むよりも、キンキンに冷えたビールを勢いよくゴクゴク飲む方が最高に爽快だ。
食事も、彩りや盛り付けに感嘆しながらゆったり愉しむよりも、ボリューム満天なジャンキーフードをガツガツ貪る方が「食べた!」って感じがする。
飲んだり食べたりしているうちに、だんだん女心とかもうどうでも良くなってきた。
「大衆居酒屋、最高〜!」
気づけば、3杯目のビールをプハッと飲み干した私は思わず笑顔でそう口走っていた。




