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Ⅳ-1・3000m走と少女~公園とチョコ

※外伝は、本編に奥行きを持たせる目的のストーリーです。読み飛ばしても後の展開に影響はありません。

-燕真・中3春-


 可も不可も無い平凡な中学生・佐波木燕真。

 彼は、実力も無いのにイキるのが嫌い。義務を放棄して、立派な権利だけを主張する連中を、「負けない為に勝負を放棄した連中」と感じていた。


 燕真のことを「可も不可も無い」と表現したが、それは彼が何もできないという意味ではない。不可を無くす努力はしている。何をしても赤点にはならないが、全てが平均点で、突出した部分も無いと言うことだ。

 手抜きが嫌いなので、級友からの信頼は比較的厚い。


 中1からバスケ部に所属をしている。バスケを選んだ理由は、「話題性があって、なんとなく格好良かった」から。2年間、それなりにちゃんと練習して、それなりには上手くなったけど、スタメンには成れず、センスのある後輩には追い越され、勝ちが決まったゲームにしか出番は無い。


 中学時代は、スポーツ万能タイプやリーダー格に異性の人気が集まる為、モテた経験は無い。初恋は松莉花まつ りかという幼馴染みだったが、彼女は、成績優秀でスポーツ万能のバスケ部のキャプテンに熱を上げていた。今日の練習試合でも、彼女は、燕真ではなく、キャプテンを応援する為に会場に来ている。


「ばっきー(燕真のあだ名)!」

「おうっ!」


 チームメイトがパスしてくれたボールをキャッチして、2回ほどドリブルをしてから両手で抱え、ゴールリングに向けて飛び上がってレイアップシュートを放つ。手から放れたボールはウインドに当たって跳ね返り、リングに落ちてネットを揺らした。


「ナイスシュートばっきー!」


 これで2点追加。燕真が所属する平本へいぼん中は、これで86点目。対戦相手の美宿第二中は23点。トリプルスコアを楽に超えており、燕真の得点に関係無く試合は決まっている。

 平本中は、地区で優勝争いの絡むくらいバスケ部が強い。運動神経の高い連中が集まっており、「可も不可も無い」燕真では勝負にならない。対する美宿第二中学は、陸上競技と水泳は強いが、バスケにはあまり力を入れていない。相手チームのスタメンが、燕真と同等程度の実力しかない。もし仮に、燕真が美宿第二中に所属をしていたら、スタメンを勝ち取っていただろう。

 だが燕真は「あっちのチームなら目立てたのに」とは思わない。競争率の低いチームで頂点に立つより、強豪揃いのチームで、上を目指して懸命に頑張りたい。目立てなくても切磋琢磨できる方が好きだった。




-6月-


 地区の中学陸上競技大会。成績優秀な選手は県大会~地方ブロック大会と駒を進めるが、大半の中学3年生は、この大会で引退をする。

 平本中学校の陸上部は、部員の少ない弱小チームだった。部員数が少なく、全員が短距離走の選手の為、長距離走に参加をする選手がいない。去年の秋の新人戦や駅伝大会は、他の部活から長距離向きの生徒を集めて、どうにか参加をした。寄せ集めなので、ハナっから優秀な成績など期待はしていない。次年度以降の新入部員の為に、陸上部を存続させなければならないので、体裁を整える為に参加をする程度の学校の意向である。


 寄せ集めの長距離選手の中に、佐波木燕真の姿があった。ユニフォームに付けているゼッケンは60番。

 バスケットボールの試合は、ゲーム中、休む暇無く走り回っている為、体力が無いと話にならない。日々の練習の半分(体育館を使えない日)はランニングや連続ダッシュや筋トレなどの基礎体力作りになる。そのお陰で、他校トップクラスの長距離選手を除けば、バスケ部の燕真の方が早い順位でゴールができる。その足を買われて、バスケ部所属の燕真が、陸上競技部の長距離ブロックに貸し出された。

 午前中の3000m走予選は、同レースにあまり早い選手がいなかったので、燕真は3位でゴールして、決勝レースへの参加資格を得ることができた。ただし、1周400mのトラックを7周半も走る長いレースを、一日で2回も走らされるとは思っていなかった。


「え~マジかよ!」

「スゲーじゃん、ばっきー!」

「決勝進出おめでとう!」

「2回も走るなんて聞いてない!キツい!」


 口では文句を言っているが、内心は嬉しい。平本中の陸上部が長距離走で決勝レースに進むのは、4~5年ぶりだ。決勝レースに残った他校の選手は、市内でトップクラスの選手ばかりだ。各選手のタイムを見れば、燕真がこのレースを勝ち抜いて県総体に進むのは不可能だ。しかし、「頑張れば、奇跡が起こせるのでは無いか?」と期待をしてしまう。バスケ部スタメンには選ばれなかったが、それくらいのキツい練習には耐えてきた自信はある。


「そろそろ招集時間じゃないか?」

「頑張れよ、ばっきー!」

「まあ、恥をかかない程度には頑張るよ!」


 午後になり、3000m決勝に出場する選手達の招集が会場内にアナウンスされ、燕真は、皆から激励をされて集合場所に向かった。集まった他校の選手達は、仲良く会話をしている。


「○○高から推薦の話し来てる?」 

「来てるよ。君は?」

「俺も来てる。」

「どうする?」

「迷っている。」

「一般受験をするつもり。」


 地区のトップ選手達は、もう受験後~高校生活を考えているようだ。所属校が違っても、大会のトップ常連同士は仲が良いのだろう。燕真は、我関せずと彼等の会話から外れて、今行われている幅跳びを眺めている。


「キミ、平本中だよね?陸上部じゃないんでしょ?」

「・・・・え?」


 他校の選手が燕真に話しかけてきた。記録会や合同練習に顔を出したことの無い燕真が、決勝レースに残ったのが珍しく思えたのだろう。


「俺、バスケ部です。

 学校に言われて、半強制的に、この大会に出場させられました。」

「すげ~!専門じゃないのに、決勝に残ったんだ?」

「はははっ・・・まぁ、バスケ部も、それなりに走り込んでいるから。」

「そういや、うちの学校も、バスケの奴等は長距離が早いっけな。ポジションは?」

「スモールフォワード・・・ただし、補欠だけどね。」

「・・・補欠なの?」

「そうだよ!スタメンじゃ無くて悪かったな。」

「ゴメンゴメン!

 そういうんじゃなくてさ、そんだけ足が速いのに、

 バスケの補欠なんてもったいないって思ってさ!

 高校に行ってもバスケ続けるの?」

「まだ、高校に入ってからのことなんて考えていないよ。」

「陸上やりなよ!イイ線行くと思うよ!」

「・・・そ、そうかな?」


 思いがけない誘いだった。陸上競技部など考えたことも無かった。だけど、おだてられて、少しだけその気になってしまう。「もし良い記録が出せたら、高校生活は陸上に挑戦しようかな?」と少しだけ考える。


 女子の1500m決勝が終わって、男子の3000m決勝レースのアナウンスが場内に流れる。1500mを走り終えた女子達は、これで引退の選手も、県総体に進めた選手もいて、泣いたり笑ったり様々だ。もし高校で陸上部に入ったら、彼女達の数人は、部員になるのだろうか?そんな余計なことまで考えてしまう。


 他校の連中の真似をして、スタート練習をしてから、スターティングラインについて、合計18名でスタートの合図を待つ。燕真に与えられた立ち位置は第1コース、つまり一番内側である。中~長距離のトラックレースでは、インコースの奪い合いになるため、スタートダッシュが苦手だとイン側スタートは不利。


 空に向けられたスターターピストルの音が鳴り響き、一斉にスタートをする。

 少しで遅れた。ライバル達が、あっという間にインコースに傾れ込んできて、正面が塞がれる。燕真は少しアウト側に逃げてコースを確保して、後ろから3番目でトップ集団を追う。1週目が終わるまでには1人に抜かれて、後ろから2番目になった。だけど、体力が尽きたわけでは無い。

 密集して走っていたライバル達が徐々にバラけて、インコースに並んで序盤の順位が安定してきた。一歩アウト側に出ればコースはクリアなので、燕真は追い上げを開始。1人・・・2人・・・ゆっくりではあるが、着実に抜いていく。走る専門の陸上部に混ざって、バスケ部の自分が健闘をしているのが気持ち良い。

 1000mを走り終えた頃には、順位は中盤くらいにまで上がっていた。レース前に話しかけてきた選手は、ずっと前を走っている。彼がペースを落としてくれないと、ちょっと追い付けそうにないけど、バスケ部のトレーニングの手を抜かなかったので、まだまだ走れる。「もしかしたら、本当に良い記録が出せるのでは?」と思えてくる。

 1500mを経過した。少し苦しくなってきた。後ろを走っていた2人に追い越された。これ以上は抜かれたくないので頑張って追い、どうにか1人を抜き返す。


 だが・・・厳しいトレーニングはしていても、3000mという決められた距離で、体力を使い切るトレーニングなどしたことの無かった燕真には、3000m決勝レースは未知の世界だった。レースはまだ半分終わった程度なのに、息が上がって足が重たくなってきた。また一人の選手に追い抜かれ、懸命に食らいついていく。残り3周(1200m)を越えたあたりで足が前に出なくなってきて・・・前の選手を無理に追い越そうとして、後ろから抜きに来た選手と接触をして、既にフラフラで当たり負けた燕真だけが転倒をする。


 後方から来る選手達に追い抜かれながら立ち上がり、再び走り出した。しかし、変な体勢で転んだらしくて足首が痛い。転んでぶつけた所から血が滲む。集中力は途切れ、既に体力が限界に来ていて、今までと同じペースでは走れない。後続から次々と追い抜かれて、あっと言う間に最下位になってしまった。ノロノロと走るのが恥ずかしい。ラスト1週を前にして、レース前に燕真に話しかけてきた選手を含めたトップ集団に周回遅れにされる。


 トップ選手達に混ざってゴールラインを跨ぐが、走り終えた選手達とは違って、燕真だけはあと1周残っている。ゴールをした選手達に、会場の観客達から大きな声援が送られる。

 恥ずかしくて仕方なくて、動揺をしながら、周囲を見回して走る。会場の皆が、ゴールした選手達を見ていて、自分には誰も興味を持っていない。もしくは、情けない姿を笑っているように思えてくる。

 もう、走りたくない。良い記録なんて臨めない。レースタイムに極端に遅い汚点を残すだけになるのが解ってしまう。心が折れそうになる。リタイアをしたくなってきた。


「ガンバレ!60番!!」


 突き抜けるような甲高い声が、燕真のゼッケン番号を叫ぶ。燕真を、懸命に応援する女の子がいた。聞き間違いではない。スタンド席の前を通過する時に、間違いなく「60番」と言った。小学校低学年くらいのツインテールの小さな女の子だった。女の子がどこの誰なのかは解らない。どんなに頑張って走っても最下位は覆らない。だけど燕真は、女の子の声援を勇気に変えて、最後まで諦めずに走りきることにした。もう、足が前に出ないが、気持ちを力に変えて懸命に走る。途中で止めてしまったら、女の子の期待を裏切るような気がした。


 ゴールをした時、会場のみんなが、自分に声援を送っていたことに初めて気付いた。投げ出さずに最後まで走った燕真には、温かい拍手が送られていた。スタンド席にいる女の子も、懸命に拍手を送ってくれている。

 他の選手からは1周以上の差を付けられたので恥ずかしかった。もっと活躍をして、上位入賞は無理でも、せめて、真ん中くらいの順位で拍手を貰いたかった・・・でも、少しだけ嬉しかった。


「紅葉っ!」


 女の子の母親・源川有紀が、応援を続けた女の子に寄って行く。


「どうしたのママ?」

「ど、どうした・・・・って。」


 それまでの少女は、周りからは「お人形さんみたい」と評価されていた。可愛らしいけど、温和しくて人見知りで、友達がいなかった。

 少女には、他の人には見えない物が見えた。亡くなった人や動物が、現世に残した寂しそうな念である。見てしまうと少女も悲しい気持ちになって、でも、その気持ちは周りの人とは共有できなくて、「悲しくなっちゃう」気持ちを理解してくれない友達なんて要らないと思っていた。

 母親は、娘の悩みを知っていた。自分よりも父親の血を濃く受け継いで、周りの人とは違うことを認識している娘を、「どう人間らしく育てるべきか?」と度々思案していた。

 今日、美宿市の陸上競技場に来ていたのは、ただの偶然。県外に嫁に出た姉の娘(友野真紀)が走ると聞いて、応援をする為に来ただけ。ここで娘に変化がもたらされることなど、全く予想していなかった。

 だが、つい先程まで、「陸上の大会なんて興味無い」「早く帰りたい」と言っていた娘が、見ず知らずの少年に吸い寄せられるようにして応援席の最前列まで行って、大声で応援をした。有紀が知る限りで、娘が人間らしい感情を爆発させたのは、これが初めてだった。


「・・・あの少年。」


 有紀は、チームメイトに囲まれて恥ずかしそうに苦笑いをしている少年を見詰める。姪とは違うユニフォーム(他校)なので、姪に聞いても彼が誰なのかは解らないだろう。



 走り終えた後、競技場の医務室に行った燕真は、「足首の捻挫」を告知された。転んだ直後にリタイアをすれば軽傷で済んだが、無理をして走り続けたので悪化をさせてしまい、完治には時間が掛かるようだ。


「ごめんな、ばっきー。」

「俺が勝手に自爆しただけだよ。」

「でも、その足じゃ、バスケの試合に・・・。」

「気にすんな。どうせ、補欠だ。」


 燕真に助っ人を依頼した陸上部員が謝罪をするが、燕真は軽く笑って受け流す。

 帰り道、友人と別れたあと、燕真は公園でブランコに座り、痛めた足首を眺める。チームが地方大会に出場してくれれば、その頃までには完治するだろうけど、地区では強い平本中でも、県大会を突破して地方ブロックに進出するのは厳しい。何よりも、そんなハイレベルな大会で、燕真が出場して活躍できる試合など無い。最後の大会を待たずに、中1から打ち込んできたバスケの活動は終わった。


「まぁ・・・捻挫した足を口実にすれば・・・

 試合に出られない大義名分になるか・・・。」


 燕真は尤もらしい言い訳を作って直ぐに、その虚しい言い訳では少しも納得をできていない自分に気付く。


「あれ?・・・俺、何、言ってんだろ?バカじゃね?」


 他人に走ることを押し付けられて転倒して、他人の所為で中学最後の夏が終わったわけではない。仲間に誘われて、その気になって出場して、自分の責任で足を痛めたのだ。


「どんな言い訳をしたって、悔しいのは悔しいんだよ。」


 溜息をついて顔を上げると、公園の入り口で、先ほどの2つ結びの女の子が、ジッと燕真を見つめていた。眼が合うと、何故か女の子は逃げ出そうとする・・・が、途端に公園入り口の車止めポールに足を引っ掛けて、持っていたお菓子をぶちまけて引っ繰り返った。


「おいおい、大丈夫か?」


 燕真は、目に浮かんだ涙を手の甲で擦り、痛めた足を引きずりながら女の子に近付いた。大きな目で自分をジッと見つめている女の子を抱っこして立たせ、服に付いたホコリをポンポンと祓ってやる。


「・・・60番?」

「・・・ん?」

「ゼッケン60番の人?」

「あぁ、そうだよ」

「・・・・・・・・・・・・・」

「応援してくれて、ありがとな。」

「・・・うん。」

「膝・・・同じになっちゃったな。」

「・・・ん?」


 不思議そうに眺める女の子に対して、自分のズボンの裾をめくって膝を見せる燕真。女の子の膝と同じ、転んだ時の傷がある。


「あ!痛そう!」

「君もな」

「・・・うん」


 燕真は、バラ巻かれたお菓子を拾い上げ、袋に入れて女の子に返す。女の子は、袋からお菓子を1つ出して、燕真に差し出す。


「・・・食べる?」

「ん?・・・あぁ・・・」


 燕真は、苦笑しながら、女の子の手の平にあるチョコを摘まんで見つめる。頑張ったわりには何も達成できなかった燕真にとって、女の子のチョコが最高の勲章に思えた。


「ありがとう。」

「ぅん。」


 少女に礼を言って、口の中に放り込む。ただの駄菓子なんだけど、とても美味しく感じられた。


「紅葉と・・・少年。」


 有紀が、近所のコンビニにお菓子を買いに行ったまま帰ってこない娘を探して、公園の2人を見付ける。知らない少年と話している娘の邪魔になるような気がして、声を掛けられなかった。

 昼間の、感情を爆発させた応援だけでも驚いたのに、今の紅葉は少年の傍で笑っている。たった1日。たった数時間。感情を持とうとしなかった娘が、感情を表現している。

 少年からは。妖気の類いは全く感じられない。完全な人間だ。今まで人に興味を持たなかった娘が、今はハッキリと彼に興味を向けているのが解る。





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