37-4・紅葉護衛の提案~大武の野心~燕真の不満
粉木が次の言葉に詰まると、隣に座る砂影が察して、テーブルの下で粉木の足を軽く蹴った。チラ見すると、砂影は「彼は信頼できる」と目で合図をして小さく頷く。
「実は・・・な。」
「話していただく前に念を押しておきますが、
少女は、人間社会との共存を望む小物妖怪・・・というオチは勘弁して下さいね。
そんな前例ならば、羽里野山の氷柱女のように、日本の各地に存在しますし、
何よりも、その程度の小者を、前CEOが目の敵にするワケが無い。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
さすがは、現場畑でありながら、上層部に上がって、他の幹部達と渡り合う実力者と言うべきか。彼には、適当な詭弁は通じないようだ。粉木は、「正直に話した上で理解をしてもらう」と腹を括った。
「・・・源川紅葉っちゅう名の娘なんやけどな。」
20年前、妖幻ファイターハーゲンと酒呑童子の出会い。酒呑童子は、源川有紀と心を通わせた。大嶽丸の強襲で酒呑童子は死に、有紀が彼の意思と妖気を引き継いだ。そして、その証として、源川紅葉が誕生した。
「なるほど・・・
鬼女の人間に生まれ変わりたい思いと、酒呑童子の魂が混ざり合った存在。
・・・それが、源川紅葉という少女なのですな。」
「ああ・・・ちぃと奇抜なところはあるが、
人間社会に馴染もうとする妖怪以上に安全な存在や。」
「その少女の後見をする為に、文架市からは離れたくない。
・・・そういうワケなんですね。」
「まぁ・・・そう言うこっちゃ。」
粉木の説明を聞いた大武は、しばらくは目頭を押さえて溢れそうになる涙を堪えたあと、大きく拍手をする。
「素晴らしい!素晴らしいですよ、粉木さん!貴方は、退治屋の鏡だ!!
君もそう思うだろ、迫君!?」
「はい、COOの仰る通りです。」
「砂影さんを筆頭に、貴方を支持する者が多数存在する理由が理解できました!」
「解ってもらえたんなら、それでええ。」
粉木は、大武の過剰アクションぶりに、少し驚かされてしまう。
「ですがね、粉木さん。
貴方の説明を聞いて、点在していた違和感のある情報が、幾つか繋がりました。」
「ん?なんや?」
「先ずは1つ目。酒呑童子の派閥の幹部が、動き出したという情報があります。」
「ああ・・・それなら、こちらも把握をしている。情報が早いのう。」
数日前に氷柱女から「鬼のプレッシャーを感じる」と聞いており、粉木は一定の警戒をしている。酒呑童子を主と仰ぐ鬼達ならば、確実に紅葉との接触を試みるだろう。だが、「鬼討伐を成功させた燕真と雅仁ならば紅葉を守れる」と判断していた。
「彼女の特殊性は、前CEOや大魔会からも狙われたわけですね。」
「燕真や狗塚が、よくやってくれた。」
「これから先も、守り切れると?
聡明で先見の高い粉木さんは、どうお考えですか?」
大武の質問は、粉木の不安をピンポイントで突いていた。粉木は楽観主義ではない。紅葉の才能が狙われたのは初めて。今回は大事に至らなかったが、今後、どうなるかは解らない。大魔会が、今まで以上の戦力をぶつけてきたら、燕真と雅仁(佑芽は、まだ戦力外)で守り切れる保証は無い。
そもそも、紅葉の異常性に以前から気付きながら、紅葉の日常を壊さない為に、自分の中に押し留め続けたことが、正解だったのかどうかも解らない。
「それだけではありませんよ、粉木さん。」
粉木の表情から迷いを読み取った大武は、「ダメ押しのもう一手」と判断した。
「私は、今言った組織とは別の集団が動き出したという噂も聞いています。」
「なんやて?酒呑派閥と大魔会以外やと?」
「鬼神軍。酒呑童子と同じ地獄を故郷に持ち、酒呑童子と敵対をする組織です。」
「鬼神・・・大嶽丸の派閥か?」
「連中が、どんな魂胆で活動をするのかは見当が付かない。
ですが、鬼神軍が、酒呑童子を引き継ぐ者を放置するとは思えません。
佐波木君と狗塚君だけで、少女を守れるとお考えですか?」
大武に指摘をされた粉木は、ぐうの音も出ない。数日前、氷柱女は、「どの派閥が動き出したかは解らない」と言ったうえで、鬼神軍の存在も匂わせて、「紅葉に注視しろ」と警告をしていた。粉木が想像していた以上に、紅葉を取り巻く環境は悲観的なようだ。
「・・・で?ワシに、これらの現実を突き付けたオマンは、どう考えておるんや?
まさか、漠然と、ワシの不安を煽りに来たワケやなかろうに。」
「仰る通りですよ。私なりの案は持ってきました。
粉木さんの許可が得られるならば、
本部の選りすぐりの隊員を、紅葉さんの護衛に派遣しようと考えています。」
大武の提案に対して、粉木は驚いて目を見開く。
「本部が嬢ちゃんの護衛?そないことが可能なんか?」
「はい、一時的とはいえ、私が退治屋のトップですからね。
それくらいの権限はあります。
ただし、エリート意識の強い本部の隊員達を納得させねばならない。
我々なりにも、紅葉さんが守るに値するか調査をさせて下さい。」
大武の弁舌は見事だった。老獪なはずの粉木の口数が少ない。「紅葉の調査」に対しては若干の不安を感じたが、「鬼神軍の動き」を前提に「紅葉の護衛」を提示されたら、応じるしかない。
「1つ頼みがある。
調査の結果を、嬢ちゃんに直接伝えるんはやめてもらえへんか?
出生の秘密は、ワシ等から伝える。」
「もちろんです。
その件は、彼女から信頼されている粉木さん達から伝えるべきです。
我々から伝えたら、守る対象は不安になってしまい、
我々を信用してくれないでしょうからね。」
「ああ・・・理解してもらえて感謝する。」
(へぇ・・・口八丁な勘平がタジタジなんて珍しいわね。)
粉木と付き合いの長い砂影には、隣で粉木が動揺をしているのが伝わる。
「根古佑芽さんについては、いつ、本部の就学に戻ってもらっても問題ありません。
彼女を目の敵にする前CEOは去りましたし、
亡くなった姉君を悪く言う者は、私が責任を持って抑えます。」
「解った。佑芽ちゃんに伝えておく。」
「尤も、机上よりも、実戦の方が経験値は積める。
このまま、有能な粉木さんの元にいることを希望するなら構いません。
その辺は、粉木さんの判断に任せますよ。」
「ああ・・・了解や。」
粉木にとっては「ありがたい条件」ばかりが並べられている。だが、粉木は、大武の器の大きさに威圧を感じ、針のムシロに座らされているような錯覚をして、目の前に配膳されたメイン料理を味わう余裕が無かった。
-県外・とある空き地-
大魔会の夜野里夢&アトラス&カリナが、新顔の巨漢と共に、地面に発生させた魔方陣を眺めていた。魔方陣から放電が発生して砂嵐が舞い上がり、人型が作られるのだが、形が安定をする前に崩れ去ってしまった。
「失敗か?」 「ダッセーな!」
「どういうことかしら?」
数日前には成功をしたスペクターの召喚に、今は失敗をした。里夢&アトラス&カリナは、「オマエが無能なのでは?」と言いたげな表情で巨漢を睨み付ける。
「問題はオイラでね。場所がわりぇ。」
巨漢の名は大平法次。2mを越える筋肉質な体格で、やや愚鈍で穏やかな表情をしている。根古佑芽や喜田御弥司の代わりに、里夢が招き入れた新たな霊術師だ。
「場所?どういうことかしら?」
「こごは龍脈整ってね。んだんて、術式が安定しねんだ。」
「だったら、龍脈が整った場所に案内しろよ!」
「そいだば文架市だ。」
「また、文架市か。」
つまり、これまでスペクターの召喚に成功をしたのは、召喚場所(文架市)の龍脈が優れていたから。しかし、退治屋文架支部から警戒され、且つ、喜田の解任によって退治屋の情報操作を期待できなくなった現状では、文架市で目立つ動きはできない。
-文架市・駅西のレストラン-
会食は終わり、疲れ果てた表情の粉木が、砂影と並んで、大武と迫の乗る高級車を見送る。
「なんや?なんでオマンが残るんや?一緒に帰らんのか?」
「針のムシロやった勘平の愚痴でも聞いてやろうて思うてね。」
「・・・余計なお世話や。」
砂影は、粉木の「紅葉の異常性を問題視したくない」という優しさが、結論を先送りして、今の状況に至ってしまったことを把握している。
「店(YOUKAIミュージアム)で茶くらい飲んでいくか?」
「愚痴に付き合うてやるんやさかい、お茶くらい振る舞うのが礼儀やろ。」
粉木は、表面的には反発をしているが、内心では砂影の配慮をありがたく感じた。
-高級車の車内-
後部座席に乗る大武剛は、粉木の前では隠していた満面の笑みを浮かべていた。助手席の迫天音と、運転手の中年男=矢的大地も、つられて不敵な笑みを浮かべる。
「嬉しそうですね。」
「喜田では黙らせることができず、遠ざけるしか手段がなかった文架支部長を、
この俺が論破したのだから当然だろう。」
「どうすー?向かう先は、東京本社でええか?
それとも、魍紅葉姫の生まれ変わりに、挨拶くらいしていくか?」
「おお、そうだな。
せっかく文架市に出向いたのだ。酒呑童子の残りカスの顔でも見ていこう。
確か、優麗高校とやらに通っているらしい。」
大武の指示により、運転手の矢的が、ナビで優麗高を検索して、進路を変える。
「そう言えば、大平君はどうしている?」
「大魔会をサポートを、ちゃんと演じていますよ。」
「ヤツは、ウスラトンカチだけん、上手うやーだらーか?」
「フン、奴を送った目的は、大魔会に我々の邪魔をさせない為。
つまり、多少抜けている程度で充分ということだ。」
良いスペクターは優れた龍脈の上でしか召喚できない。龍脈が整った地は、日本には数ヶ所有る。退治屋の本社ビル付近も、その1つ。だが、龍脈を知らない大魔会に、丁寧に伝えるつもりは無い。彼女達には、しばらくは停滞してもらう。
「粉木と砂影を抱き込めなかったのは残念だが・・・影響はあるまい。」
CEO代理の地位は、前CEOの自滅によって、偶発的に転がり込んできたワケではない。叩き上げという説得力と、長い時を掛けた根回し、そして、喜田が暴走するように誘導をして、こうなるように仕向けたのだ。
現時点で、大武の方針に、露骨な反発をする者など、幹部連中には存在しない。
-YOUKAIミュージアム-
燕真&雅仁&佑芽は、粉木と砂影から、「紅葉の護衛を前提にした調査」の経緯を説明される。紅葉を本部の優秀な隊員が護衛してくれれば安心をできる。ボランティアではないのだから、守る理由を作る為に「紅葉本人の特殊性」を調査することも納得できる。
「新CEOは信頼できる人物なのですか?」
「今までのボンクラ(喜田)と比べれば、誰が新代表になってもマシや。」
「大武さんは、現場の気持ちを理解できる人ちゃ。」
雅仁の質問に対して、粉木の回答には個人的感情が入りすぎている為、砂影が改めて公平に答える。
「ならば、任せる価値はありそうですね。」
雅仁自身が、「紅葉とどう接するべきか?」の答えを出せていない為、正規ルートでの「紅葉の調査」に委ねることに異論は無い。
「良いの?佐波木さん。
紅葉ちゃん、佐波木さん以外に守られるの、嫌がりそう。」
「お、俺に、本部の方針の善し悪しを聞かれても・・・」
「う~~~ん・・・ハッキリしないなぁ。」
「俺が嫌がればどうにかなるって問題でもねーだろ。」
佑芽が燕真を気遣うが、総じて話の正当性は整っており、燕真が反論をする余地は無い。紅葉が自分以外に守られることについて、少なからずの不満はあるが、「文架支部だけで紅葉を守り切る」などと甘い考えは持っていない。
数日前の喜田の暴挙で、「紅葉を守れた」とは思っていない。力量不足の燕真ではどうにもならず、紅葉本人の自己防衛力で大事に至らなかったと解釈している。
「ちゃんとした奴等に守られた方が、紅葉の為なんだ。」
燕真は、不満に感じる心を、脳内の正論で無理矢理に納得させる。




