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Ⅲ-4・人間社会を案内~崇の名~紅葉伝説

-更に数日経過-


 いつもよりも粧し込んだ有紀が粉木邸を訪れ、「奥の部屋を貸してくれ」と言って、酒呑童子を連れていく。


「なんやなんや?」


 粉木は待っていたら、有紀によってカジュアルな服を宛がわれた酒呑童子が出てきた。


「余所行きの格好してどうしたんや?」

「外に連れ出して、町を案内しようと思うの。」

「おいおい、大丈夫かいな?」


 粉木が問うた途端に一筋の冷風が流れ、氷柱女の囁きが聞こえる。


〈ヤツは、浄化の攻撃を打ち込まれた影響で、邪心が失せている。〉

「ああ・・・ワシも薄々は感じていた。」

〈酒呑童子が少しでも邪気を発したら、私が対処する。〉

「・・・頼んだぞ、お氷。」


 粉木の持論は「妖怪を倒すばかりが退治屋の仕事ではない」「解り合える妖怪も存在する」なので、若干の危険を感じながらも、有紀の提案を受け入れた。




-事務所-


 まるでデートのような装いで出掛けていく有紀と酒呑童子(人間態)を見送ったあと、粉木は事務所に籠もって、酒呑の腹の中にある物の正体の調査に勤しむ。

 有紀と接している酒呑は穏やかだし、酒呑と接している有紀は楽しそうだ。これは少し意外な組合せだった。有紀は、見た目は美しいが気性が荒く、粉木は「戦士としては頼もしいが、人格面に問題があって結婚相手は見付からないだろう」と評価をしていた。しかし、酒呑に対して微笑む有紀の表情は、とても女性的である。1000年以上も生き、将としての大きい器を持つ酒呑が、有紀の尖った気性を全て許容しているのだろう。


「人間と妖怪が心を通わせる。

 ・・・珍しい事やけど、これまでに無かった事例ではないか。」


 酒呑童子は、狗塚との戦いで妖気の大半を失い、且つ、浄化の攻撃と腹に抱えた輝く闇の影響で、人間に興味を持っている。


「集合体のコアが、それを望んでいるっちゅうことか?」


 これまで討伐された妖怪の中で、人間と心を通わせ、人間界に馴染んで生きることを望みながら、それが果たせずに、人間界に未練を残した妖怪がいるとしたらどうなる?自分を追い出した人間界を恨んで復讐を考えるか、次こそは人間界に馴染もうとするか?前者ならば、浄化された妖怪の塊にはならない。後者ならば、邪悪さを持たない妖怪になろうとする可能性がある。


「視点を絞って探してみる価値はありそうやな。」




-駅前商店街-


 有紀は、歩きながら、あれこれと人間界の文化や人の営みを説明する。酒呑童子(人間態)は興味深そうに聞きながら、ショーウィンドの1つを見て、首を傾げながら足を止めた。


「有紀、あれは何だ?焼いた餅?奇抜な色の石?大きな宝石か?」

「スィーツよ。」

「すいいつ?」

「お菓子のこと。マカロンって言うの。」

「まかろん?あのような、鮮やかな小便色をした菓子があるのか?」

「下品な表現はやめなさい。・・・食べてみたい?」


 有紀は、店に入ってマカロンを2つ買い、黄色いマカロンを酒呑童子に差し出して、手元に残った1つを囓る。酒呑童子は、しばらくは怪訝そうにマカロンを眺めていたが、有紀の様子を見てから口の中に放り込んだ。


〈これが人間のすいいつ・・・美味ぢゃ。〉

「むぅぅ?」 「あら?」


 酒呑童子の腹の中から、少女の声が聞こえる。


「人格があるの?人じゃないのに人格って表現は変だけど。」

「ああ、意思は持っている。

 討伐される寸前だった俺を救ったのは、腹の中にあるコレの意思。

 俺に人間を学ばせようとしているのも、コレの意思。」

「へぇ、そうなの?アナタのお腹は、随分と居心地が良いみたいね。」

「いや、違う。コレは、俺の腹を好いているわけではない。

 理由は解らんが、コレは有紀を好いているようだ。

 俺は、貴様に対して、同様の意思を持っているゆえに、

 腹から追い出さずに、コレに付き合っている。」

「・・・え?」


 酒呑の言葉に対して、有紀は目を大きく開いて驚く。酒呑は直球で有紀への好意を伝えたのだ。当然ながら、妖怪から告白をされた経験など無い。


 中学1年の時、ヤンキー上級生にコクられたが、ガラが悪い奴は人間以下なので、即座に振った。腹いせに暴力で従わせようとしたので、全治2ヶ月ほどのダメージをくれてやった。中学2年の時、有紀の見た目に惚れてコクってきた同級生は、おバカさんだったので即座に振った。腹いせに、クラス内で有紀の悪口を吹きまくったが、特に気にもしなかった。中学3年の時に、クラスで成績20位くらいの男子がコクってきたので、「県内一の進学校に受かったら考える」と解答したが不合格だった。高校以降でコクられた数は覚えていない。


 生まれてからこれまでの二十数年間、有紀と、上手く咬み合って解り合う者など、両親と粉木以外には存在しなかった。そもそも、皆に見えない物が見えて、他人には無い能力を持っている有紀を理解する者なんていない。そんな男子達には興味を持てなかった。

 だけど、改めて考えると、酒呑に興味を持ち、酒呑と共にいる時間を楽しく感じている。


「ん?どうしたのだ、有紀?俺は、また、人間界にそぐわぬことを言ったのか?」

「い、いえ。さぁ・・・次に行きましょう。」


 酒呑の言葉が、本人の意思なのか、腹に抱えた物の影響下で言わされているのか解らない。有紀は、意識をしないように心掛けながら、人間社会の案内を続ける。




-博物館事務所-


「あった・・・おそらく、これや!」


 1000年以上前の記録の中から、粉木は、酒呑の腹の中にある塊のコアと思われる妖怪を見つけ出した。その記録には、『鬼女・紅葉伝説』とタイトルが書かれている。




-百貨店の屋上-


 店員や会社員や学生達、人々に営みで作られた街や橋や電車、まだ産声を上げる前の町(造成工事の現場)、有紀と酒呑童子(人間態)は、様々な物を歩いて見て廻り、今はデパートの屋上で文架の商店街を一望している。


「ふむ、空から眺めたのとは、印象が変わるな。」

「・・・空?」

「俺は飛べるからな。

 人間は、夜の闇を光で照らし、闇を住処とする妖怪を蔑ろにした。

 空から見下ろす人間社会は、破壊の対象でしかなかった。」


 酒呑は、妖怪らしい冷徹なことを言っている。だが、その表情からは「人間への敵意」を全く感じない。むしろ、「印象が変わった」に対する感歎を感じる。


「何故、アナタは、人間に敵対をするの?」

「敵対をしたいわけではない。酒と肴を欲して奪い取るだけだ。」

「奪い取るから、敵対されるのよ。

 財宝を略奪するのは何故?

 酒と肴を購入するならともかく、奪うなら、財は必要無いわよね?」

「むぅぅ・・・確かに。」


 有紀の追及に対して、眉間にシワを寄せる酒呑。確かに、財宝を奪う意味は無い。これまで何度も財宝の略奪をしたが、得たことを自慢するだけで、使ったことが無い。


「人間社会はね・・・人の為に役立つことの対価で、財や物を得るの。

 乗り物が動けば助かる人がいる。町ができれば人が住めるようになる。

 必要な物を得る為には売ってくれる人が必要。

 ・・・今のアナタなら解るわよね。」

「どうだ、解るか、腹にある物よ。」

〈ワカッテおらぬのは、オヌシだけぢゃ。

 ワラワゎ以前から知っておった。ワラワゎ、そんな人間社会で生きたいのぢゃ。〉

「むぅぅ・・・。」


 酒呑は腹を擦りながら‘腹の中’に話を振るが、アッサリと切り替えされてしまう。


「私は、お腹の中じゃなくて、アナタに聞いているのよ。」

「むぅぅ・・・。」


 しかも、有紀に答えの催促をされてしまう。


「有紀が言いたいことは解った。

 だが、俺が実行できるかは解らぬ。

 俺の力は、人の役に立つことに使えて、その対価を得られるのか?」

「もちろんよ。対価ならば、敵対されることも討伐されることも無いわ。」

「興味はある。俺にそれができるように協力してもらえるか?」

「アナタがその気なら、喜んで。」

「ならば挑戦してみよう。」

「それなら、酒呑童子じゃなくて、人間らしい名前が必要ね。

 崇さんなんてどうかしら?アナタによく似た芸能人の名前よ。」

「タカシか・・・悪くないな。」


 見つめ合う有紀と酒呑。酒呑には、微笑む有紀が美しく、そして、有紀の唇が艶やかに感じられる。妖怪の酒呑童子に、口吻をして愛を確かめるという概念は無いのだが、今の酒呑は、数日前に鑑賞した‘男子が女子に唇を重ねた’状況を思い出し、有紀の唇を吸いたいという気持ちに駆られている。


「・・・有紀。」

「さっき言った‘お腹の中と同様の意思’の意味を教えて。」

「俺は、貴様を欲している。」

「それじゃダメね。」

「なら言い直す。君を愛している。」


 酒呑がゆっくりと有紀に近付く。有紀に離れる素振りは無く、酒呑を見つめている。2人の唇がゆっくりと重なる。


ドォォォォン!!


 その瞬間、酒呑の腹の中にある‘浄化された妖気の塊’がドクンと脈打ち、酒呑と有紀の脳内に、見たことの無いイメージが流入する!


~~~~脳内のビジョン~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 豪奢な着物に身を包んだ姫に、太刀が突き立てられている。小柄で美しく、成人でありながら幼女と見違えるほど童顔な姫君だが、額には1本の角が生えており、彼女が人間ではなく鬼ということを示している。鬼姫は、苦しそうな表情で眼に涙を浮かべ、刀を突き立てた者を見る。鬼姫にトドメを刺したのは、鎧で身を包んだ武者だ。


「許せ、姫!」

「なぜ・・・ぢゃ?ヮラヮゎ、人として生きたかっただけなのにぃ・・・。」

「貴女が、鬼でなければ・・・

 いや、例え鬼でも、父の夜伽をするだけの姫ならば・・・

 私は、貴女を見逃したであろう。

 だが、貴女は父の子を身籠もってしまった。

 我が子を跡取りにしたいのは、親ならば誰もが考える事。

 ご自身が腹を痛めて産んだ子の出世を願ってしまうのは当然です。

 しかし、貴女には邪気が強すぎる。

 貴女が願えば、貴女の子の出世の障害となる者は呪い殺される。

 例え貴女に我が一門を滅ぼす意志がなくとも、貴女の願いには、その力がある。

 源氏の頭領として、それを見過ごす事はできぬのだ!」

「ィヤだ・・・浄化されたくない・・・

 暗ぃ冥界にゎ帰りたくない・・・この世にぃたぃ・・・。」

「すまないが、その願いは聞けない。」


 武者は鬼姫に突き立てた刀に力を込め、刀身を更に深く押し込んだ!鬼姫は喀血して全身の力を失い、武者にもたれ掛かる。そして、何度も「人として生きたぃ」「この世にぃたぃ」と繰り返しながら、実体を失い、霧散して消えた。


紅葉もみじ姫・・・もし、再びこの世に出でる事があるならば、

 その時は、我が源氏の家系に産まれよ!

 さすれば、我が血統が、貴女の妖怪の邪気を抑え、

 人として生きる望みを叶えるであろう。」


武者は、刀を鞘に戻し、踵を返して、その場から立ち去る。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


唇を離し、驚いた表情で見つめ合う有紀と酒呑。




-妖怪博物館-


粉木は、確信を持って『鬼女・紅葉伝説』の記録を読んでいた。


~~~~鬼女・紅葉もみじ伝説~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 10世紀、 会津の夫婦が 第六天の魔王に祈って、 女児を授かり、紅葉もみじと名付けた。

 紅葉は京に上り、源氏の頭領・源経基の目にとまって側室となった。やがて経基の子供を妊娠するが、同時期に正妻が懸かっていた病の原因が紅葉の呪いと高僧に看破され、経基は紅葉を信州戸隠に追放した。紅葉は、子の出世を望む親心はあったが、他者を呪う悪心は無かった。しかし、紅葉に内在する強大な邪気は、子の出世の障害になる者への呪いになってしまった。


 戸隠にある村に移り住んだ紅葉は、子に経若丸と名付ける。紅葉は都の暮らしを忘れる事ができず、子を都で仕官させたいと思っていた。


 都では、源経基が死に、嫡子の源満仲が源氏の頭領となっていた。満仲は紅葉からの手紙で都への帰参を願っていると知る。「家門を乱す怖れあり」それが満仲の出した結論だった。満仲は討伐隊を組織して、信州戸隠に進軍する。噂を聞いた紅葉は、「迎えに来てくれた」と誤解をしてしまう。それが自分を討つ集団と知った時既に遅く、紅葉は、満仲の太刀を浴びて息絶えた。そして、これを知った経若丸は、自らの命を絶った。


※紅葉伝説には、源経基の側室になった後に、信州戸隠に追いやられて、平維茂に討伐された伝説と、源満仲が戸隠で鬼を討ったという伝説がある。本編では、源氏と紅葉の因縁を明確にする為、平維茂は登場せず、2つの伝説の中間を取って、源経基の側室になった紅葉が、嫡男の源満仲に討たれたというエピソードにする。

 ちなみに、源満仲の長子・源頼光は酒呑童子を退治した武将。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「そう言うことか。これは偶然か・・・いや、おそらくは必然やろうな。」


 源氏の血統と鬼女紅葉と酒呑童子、1000年前の因縁を持つ3者が現代に揃った。






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