Ⅲ-3・抜け出した酒呑~人間の価値観を学ぶ~天邪鬼恩赦
-同日の夜-
粉木が、沢山のファイルを机の上に積み、一冊ずつ内容の確認をする。酒呑童子の腹にある‘浄化された妖怪の塊’のコアになっている物がなんなのか?酒呑童子は「生命を持って世に生まれる事を望んでいる」と言っていたが、それは、妖怪の生態と矛盾をしている。妖怪は死なない。正確に言えば、妖怪は一時的には死ぬが、時を経て復活をする。生物の‘出産能力’に頼る必要なんて無い。
「要は、コアになっている妖怪は、妖怪として復活するっちゅ~んやなくて、
人としての生を受ける事を望んでいるっちゅうこっちゃな。
そんな、奇特な妖怪、おるんかいなぁ?」
退治屋の歴史は、千数百年前の陰陽師にまで遡る。退治屋に倒された妖怪は、一万匹以上になるだろう。粉木は、過去に退治屋に倒された妖怪のうち、悪行を働いた妖怪ではなく、人間社会で人間として生きる事を望んだ妖怪に絞って調査をする。
-翌日(酒呑童子の監禁3日目)-
有紀が出勤をしたら、粉木が慌てて飛び出してきた。
「えらいこっちゃ!ちょっと来てくれ!」
「どうしたの?」
地下室に連れて行かれた有紀が、もぬけの空になった部屋を見て驚く。拘束していたはずの酒呑童子がいない。
「逃げられてもうた!」
「マズいわね!」
2人は博物館の外に出て妖気を探るが何も感じない。妖気センサーの履歴を確認すると、朝方に博物館で、見逃すレベルの軽微な妖気が発生した以外は、全く感知をしていない。
「この反応が、脱出の?」
「見落としてもうた!」
「直ぐに探しましょう!」
有紀はホンダ・CBR900RRに跨がり、粉木はスカイラインGT-Rに乗り、逃走した酒呑童子の捜索に出ようとする。
「何をそんなに慌てているのだ?」
上空から声が聞こえたので見上げたら、粉木邸の屋根に座った酒呑童子(人間態)が見下ろしていた。
「逃げたんじゃなかったんか!?」
構える有紀と粉木。だが、酒呑童子からは攻撃的意志は全く感じられない。
「逃げるつもりなど無い。
狭い室内は些か飽きたゆえに、脱出をしただけだ。」
「人騒がせな!」
「脱出して悪さをするか思て焦ったで!」
「そうか、それはあいすまぬ。
腹に飼っている物が、人間の社会を見たいと要求したのでな。
こうして眺めていた。」
酒呑童子を倒さずに保護して逃げられて社会に被害が出ていたら、粉木は左遷や減俸では済まない。安堵をして大きな溜息をつく。
「人目がある。そんなとこにおらんと降りてこい。茶でも飲もか。」
有紀と粉木は、要求に応じて降りてきた酒呑童子を、粉木邸の茶の間に案内して、茶と菓子を出す。酒呑童子は、小袋に入った菓子を珍しそうに眺め、有紀に「袋を空ける」と教えられて食べ始めた。
「逃げるつもりが無いとはどういうこっちゃ?」
「弱体化をした今の俺では、逃亡したところで即座に貴様等に狩られてしまう。
それならば、逃げぬ方が得策だろう?
特に、俺を浄化するつもりが無い貴様等からは。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」×2
核心を突かれてしまった有紀と粉木は何も言い返せない。そして同時に、討伐対象を生かしている自分達に、大きな違和感を覚えてしまう。
「暇潰しに人間界の書物を読みたい。何かあるか?」
「オマンが気に入るかどうかは解れへんが、少しくらいはあるで。」
粉木が隣室の本棚に案内する。酒呑童子は、百冊以上は有りそうな本を物珍しそうに物色して、奥に閉じ込められた本を引っ張り出した。
「あっ!それはっ!!」
「むぅ?この雌達は、何故、着物を着ていない?何故、乳房を丸出しにしている?
着物を買う財も無いほどに飢えているのか?
こっちの雌は、ただの紐としか思えない腰布を付けているが、
こんな貧相な着物しか買えぬのか?
それとも、着物を必要としない部族か?
何故、着物を着用しない雌達が、書物になっているのだ?」
人間界の書物を食い入るように眺める酒呑童子。それは、成人男性が好むいかがわしい本。有紀が肩を怒らせ気味に近付いて、力任せに奪い取り、粉木の大切にしていた逸品を庭に放り投げる。
「粉木さん!鬼に何を学ばせるつもりですか!?」
「ワ、ワシは何もしとらん。酒呑童子が勝手に・・・」
「粉木さんには任せられません!私が彼に人間界のことを教えます!」
「ワ、ワシが提供したわけじゃなくて、酒呑童子が勝手に・・・」
有紀は本棚を眺めて、一冊の漫画本を引っ張り出して酒呑童子(人間態)に渡す。
「・・・これは?」
「先ずは、このページを読んでみて、貴方なりの感想を教えて。」
「う・・・うむ・・・」
有紀が指定したページに書かれていたのは、子供達の間で日常的に起こりがちな事件の顛末だった。登場人物は、ノビ・ゴウダ・ホネカワ・ヒロイン・青狸ロボットの5人で、ゴウダに漫画本を取り上げられたノビが、青狸ロボットに泣きついて大いなる力を得て、先ずは、ゴウダの舎弟のホネカワを実験台にして血祭りに上げ、その後、ゴウダに復讐をするんだけど、調子に乗って力に奢り、ヒロインに迷惑を掛けて、最後は自らが天罰を受けるストーリーだ。
「なるほど・・・ノビとか言うクズは万死に値する。
無能なクセに調子に乗る辺りも好きにはなれぬ。
この男は、人間の愚かさを解りやすく体現したような人物だ。
俺が事件に参加をしていたら、真っ先にノビの首を刎ねるだろうな。
ゴウダについては、なかなかのモノノフと見た!
青狸に力を借りたノビと正々堂々と渡り合う勇ましさには好感が持てる!
ただ一つ納得できないとすれば、
何故、ゴウダは、ヒロインを手込めにしないのだ?
その気になれば、いつでもヒロインを手に入れる力量があるだろうし、
その資格もあるはずだ!
青狸はともかく、ノビやホネカワのような弱者では、ヒロインを守り抜けん!」
「なんの物語の感想や?」
「超有名な子供向け漫画・・・なんですけどね。」
「なんや、殺伐としていて、ワシの知ってるのと、だいぶ違う気がすんな。」
「冒頭で、ゴウダがノビの漫画本を奪う行為について、お咎めは無いのかしら?」
「何故、咎める必要がある?
必要ならば略奪する。力こそ正義、非力で奪われる弱者が悪い。当然の事だろう。
ノビの如き小者では、ゴウダに略奪をされずとも、
やがては、別の強者に略奪をされてしまう。
ノビは、あまりにも弱すぎる。
青狸がいなければ、とうの昔に、命を奪われていただろう。
その点、ホネカワは気にくわない存在だが世渡りが上手いな。
組織のトップには立つ器はないが、2番手として大成する可能性を秘めている」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×2
有紀は「ノビの漫画本を取ったゴウダが悪い」「でも、お調子者のノビも悪い」的な感想が欲しかったんだけど、別のストーリーを読ませたんじゃね?ってくらい、思い掛けない感想が返って来た。そもそも「オマエの物は俺の物」って乱暴な理論を受け入れている価値観が、根本的に間違えている。
「ゴウダが、ノビの私物を取るのが悪いのよ。」
「何故だ?」
「1000年前なら、OKだったかもしれないけど、
今の時代では、許可無く他人の物を取り上げちゃダメなのよ。」
「なにぃ!?そうなのか!?」
「1000年前でも、略奪はダメやろうけどな。」
「それとね、ゴウダにとってヒロインは大切な友達だから、
ヒロインの意志に無視して手込めにする気なんて無いわよ」
「ぐぅぅ・・・時代が違うのだな。
ならば、現代の認識では、ゴウダへの復讐を遂げたノビが正義なのか?
あのような、非力で無能でお調子者のクズがっ!!?」
「ノビは、アナタの言う通り、非力で無能でお調子者のクズよ!
天罰を受けて当然ね!
青狸ロボットがいなければ、とっくに野垂れ死んで・・・
いいえ、青狸ロボットがいる所為で醜く生き長らえている、
どうしようもないダメ人間だわ!」
「おいおい、有紀ちゃんもノビについては同意なんか?妙なところで気が合うとる。
これじゃ、道徳の勉強にならへんがな。」
だいぶ問題だらけだが、有紀による酒呑童子への、現代常識の教育が始まった。
-10日後(酒呑童子の監禁13日目)-
粉木邸の居間で、有紀と酒呑が並んでビデオを見ている。内容は、長野県松本市を舞台にした学園青春ドラマ。理由は、主要登場人物の1人が酒呑の人間態に似ていたから。
ブラウン管内では、文化祭実行委員に選ばれたヒロインと男子が、放課後に図書館に残って企画を相談している。打合せをしながら目と目が合うヒロインと男子。以前からヒロインに片想いしていた男子は、気持ちが暴走してしまい、ヒロインの唇に、自分の唇を重ねてしまう。驚いたヒロインは目を大きく見開いて、その場から逃げる様に立ち去っていく。そして、慌てて帰宅をしようとするヒロインが、生徒玄関前で、定時制通学をしている主人公とぶつかる。2人が初めて出会うシーンだ。この出会いをキッカケにして、物語が動き始める。
「ぬぅぅ・・・情けない!何故、男子は女子を押し倒さない!
好いているならば、口を吸うばかりで終わらせず、力ずくで体を手に入れろ!
こんなありさまだから、逃げられ・・・・・・・・・・」
「現代と1000年前は違うでしょ!」
「あぁ・・・そうか!奴は愚かな男だ。
あのような身勝手な振る舞いを、女子が受け入れるわけがあるまい!」
「そうよ、それで正解よ。
今のシーンは、強引に押し倒さないのが悪いんじゃなくて、
相手の気持ちを考えないところが悪いの。」
人間界の文化に興味を持ち始めた酒呑童子は、毎日少しずつ人間界の常識を学習していた。酒呑の答えに対して微笑む有紀。有紀と酒呑の目が合う。酒呑は、改めて、有紀を美しいと感じた。ドラマ内で‘身勝手な口吻をした男子’の気持ちが、少しだけ理解できる。ただし、学習をしたばかりなので、身勝手な行動は控える。
-数日後・羽里野山の麓-
ハーゲンの攻撃を喰らった天邪鬼が弾き飛ばされて蹲る。既に一定の邪気を祓っており、天邪鬼は凶悪だった戦闘開始時と比べて人間らしい顔つきになっていた。その様子を見たハーゲンは、天邪鬼には争う気が無いと判断をして、向けていた刀を鞘に納める。
「わ・・・わしを殺さないのか?」
「えぇ、殺さない!だって貴方、人間と共存したいのよね?」
天邪鬼は、鬼族の決起に呼ばれて参加をしていたが、数年前までは、人間のフリをして人間社会で生きていた。些細な悪戯程度はするが、人間に害を為すような事件は起こさない。だから、ハーゲンは「邪気を薄くしてやれば、天邪鬼は穏やかさを取り戻す」と考えていた。
「ふざけるのも大概にせえ!また、妖怪を助ける気なんか!?」
様子を見ていた粉木が、ハーゲンの行動を批難する。
「私が倒すのは、人間に害を為す悪い妖怪だけよ。
粉木さんだって、妖怪なら何でも倒せば良いとは思っていないわよね?」
「せやけど、ソイツは鬼やで!妖怪の中でも、悪のエリートのような種族や!」
「それは、他種族を受け入れようとしない人間の一方的な価値観。
人間にだって、解り合えない者もいる。
その反対に、鬼や妖怪にも、解り合える相手はいるはずよ。」
「・・・やれやれ、相変わらず頑固やのう。」
「それに・・・酒呑童子を放置している粉木さんに、私の批判はできないわよね。」
「それ言われる言葉を返されへん。」
粉木自身、「人間社会に憧れ、人間との共存を望む妖怪がいる」ことは把握しており、「妖怪や鬼と解り合うことは不可能ではない」という思想を生易しいと思う反面、「そうなって欲しい」という願望を持っている。
そして、「鬼の頭領と解り合えれば、他の妖怪達とも協調できる」と考え、酒呑童子を黙認していた。
「天邪鬼・・・人間社会では、オマエを鬼の姿のまま受け入れるのは難しい。
決して、鬼の姿には成らず、人間の姿を保って生き続けろ。
人間社会を混乱させるトラブルは起こすな。
それが、ワシが目を瞑ってやれる最大の譲歩だ。」
天邪鬼が念を発して老人の姿に変化をした。ハーゲンによる助命嘆願と、粉木の決断に対して、天野老人は何度も頷き、涙を流して感謝をする。




