33-2・佑芽入院~里夢への疑惑~砂影到着~口論の演技
-文架市の東-
国道の高架下に身を隠したリンクスが、脱力をして地面に両膝を付く。変身が強制解除されて、佑芽の姿に戻り、痛めて血が滲む脇腹を押さえて座り込み、コンクリートの壁に凭れ掛かった。
「・・・なんで、こんなことに?」
文架支部に対する不信感は少なからずあったが、問答無用で攻撃を仕掛けるほどの憎悪ではなかった。佑芽が文架市に来た目的は、逆恨みの復讐ではなく、姉の名誉を回復させる為。しかし、頭の中に声が聞こえて、恨みと攻撃衝動が抑えられなくなった。戦闘を拒む姉の声は聞こえていたのに、何故か聞こうとはしなかった。
「お姉ちゃん・・・私、どうなっちゃったの?」
里夢のエンゲージキス(魂約の口吻)の影響下に落ちていることを認識していない佑芽は、自分が壊れてしまったと感じていた。涙ぐみながら姉の霊体が封印されたメダルを見詰める。
「えっ?この音?」
遠くから、バイクのエンジン音が近付いて来る。
「なんで?」
佑芽は、実績を認められて正規ルートで妖幻システムを受け取ったわけではない。だから、盗難や悪用防止の為に、YウォッチがGPSで管理されていることを知らない。
「ヤバい・・・掴まっちゃう。」
立ち上がって逃げ出そうとするが、痛めた脇腹を押さえて蹲る。そこに、ヤマハ・MT-10を駆る雅仁が到着。佑芽を発見して、バイクを止めて駆け寄る。
「おいっ!」
「いやっ!来ないでっ!!」
逃げようとする佑芽。しかし、アッサリと雅仁に追い付かれ、腕を掴まれて必死で抵抗をする。
「暴れるな!傷口が広がる!」
雅仁は佑芽を力任せに押し倒し、マウントを取って腹部に当身を入れて意識を落とす。直後に、ホンダ・NC750Xを駆る燕真が到着して、仰向けになった佑芽に覆い被さっている雅仁を見てドン引きをした。
「・・・殺したのか?」
「満足に抵抗できない少女の命を奪ったりはしないさ。
重傷を負っているのに暴れたから、気絶させたんだ!」
「怪我してる子に容赦無~な。
元々、その娘の腹の怪我だって、オマエが攻撃をした所為だし。」
「問答無用で攻撃をされたのだから仕方あるまい。」
「まぁ・・・そりゃそうだけどさ。知り合いなら、もう少し容赦しろよ。」
「初対面だ。」
数分後、粉木の運転するスカイラインが到着をしたので、後部座席に佑芽を運び入れ、それぞれの愛車で病院へと向かう。
-文架総合病院-
佑芽が治療をされている間、燕真&雅仁&粉木はロビーで待機をしていた。待つ義理があるワケではないが、「無関係」と放置をするほど冷たくはできない。
「なぁ、狗。本当に彼女のこと知らないのか?」
「ああ、知らない。」
「彼女は、知っている感じだったぞ。」
「根古佑芽っちゅう名前やで。本当に覚えはないんか?」
「申し訳ありませんが、全く覚えがありません。」
佑芽の素性が解れば攻撃をされた理由を突き止められると思ったのだが、肝心の雅仁が「知らない」ので話が前進をしない。
「まぁ、滋子が来れば、少なからず解るやろう。」
「砂影ババア、来るのか?」
「彼女(佑芽)の入院手続きをする為にな。名前しか解らんワシでは何もできん。」
佑芽の件については、砂影到着後に話を進展させるとして、議案はもう一つある。
「魔力は感じるか、狗塚?」
「明確な感知できませんが、見られているプレッシャーは感じます。」
「そうか・・・監視はあるか。」
里夢の使い魔に見られているという意味だ。おそらく、リンクスを追走した時点で、誰かに使い魔が付いていたのだろう。
「オマン等はどう思う?」
「どうもこうも無いだろ。ややこしい駆け引きは、どうでも良い。
猿飛のオッサンと会ってたってのに誤魔化そうとした。これは事実なんだ。」
燕真は、モーテルに誘い込まれた時の、普段とは別人のような里夢の妖艶な表情を思い出していた。「女性に‘スイッチ’が入って、いつもと違う表情を見せること」には一定の理解があるが、あの時の里夢にはスイッチが入る要素が何も無いのに、彼女の表情は違っていた。あの時は拒否をしたが、もし仮に、彼女の‘接待’を受けていたらどうなっていただろう?
猿飛空吾がエンゲージキス(魂約の口吻)の干渉下に落ちていたことを知る由も無い。だが、燕真には、退治屋内でエース扱いをされていた猿飛が、安易な暴走をした理由が、里夢の色気に狂わされていた為のように思えてしまう。彼女の妖艶さには、それくらいの怖さがあった。
「猿飛のオッサンが死んだってのに、悲しもうともしないで、
嘘を付いていたことに対して、謝罪一つしないのが気に入らない。」
「色々と言い訳はしていましたが、かなり無理があるように感じられました。」
「やれやれ、お嬢(紅葉)の勘が正しかったことになりそうやな。」
「アイツの場合は、単に、里夢さんを、生理的に嫌ってるだけなんだろうけど。」
全員が、里夢には不審を感じている。しかし、監視をされている(らしい)状況で、憶測で里夢のことは話題にしにくい。佑芽が目覚めれば、何らかの情報は握っているだろう。燕真達は余計な詮索は控えて、佑芽の回復と砂影の到着を待つことにする。
-2時間後-
到着をした砂影が、佑芽の入院手続きを終えて病室に入ってきた。佑芽の傷の手当ては終わったが、まだ麻酔が効いて静かに眠っている。燕真&雅仁&粉木&砂影は、報告会を兼ねて、病院の食堂で遅い昼食を食べることにした。購入した食券をスタッフに渡して、空いている席に座る。
「なぁ、狗。相変わらず、使い魔はいるのか?」
「監視のプレッシャーはある。」
「砂影の婆さんが合流したのも筒抜けってことか。
ずっと、俺達を監視してる気かな?」
「俺達の監視も必要だろうが、
協力者(佑芽)の状況を把握するのが目的かもしれんな。」
「だったら、帰れば、俺達は監視から外れるってことか?
それとも、怪我人(佑芽)から監視が外れるのかな?」
燕真が喋りながらアイコンタクトをしてきたので、雅仁が視線を返す。
「さぁ・・・それは、夜野里夢にしか解らないことだ。」
「もしくは・・・狗よりも感知力が高いヤツ・・・か。
あんまり頼みたくないんだけど、呼ぶしかないか。」
4人分の食事がテーブルに乗ったので、監視に対して一定の警戒をしつつ、食べながら本題を開始する。
「佑芽が、本部で就学中ってことは説明したわよね。
教育課に確認をしたら、1ヶ月くらい休学しているってことよ。」
「1ヶ月前ってことは、アポロ事件の頃か。」
「里夢は、喜田社長の命令って言っていたぞ。」
「本部勤務の隊員なら話は解るけど、ただの就学生が上層部の極秘任務?
チョット考えられないわね。」
根古佑芽は、3ヶ月前に文架遠征の途中で殉職をした根古礼奈の妹。優秀な姉の後を追って退治屋を志している。本来ならば、就学から2~3年で実務に就くのだが、佑芽の場合は、高校卒業からの2年間は短大に通いながら就学をして、短大卒業から陰陽の勉強に専念をして、ようやく1年が経過しようとしていた。その為、実務に就くのは、もう少し先に成りそうだ。戦闘よりサポート向きの才能が高い為、教育課の評価では、妖幻システムを得る可能性は低いらしい。
「亡くなった姉は、どんな人物ですか?」
「礼奈は、エリートコースの階段を上がり始めたばかりだったわ。
生きていたら活躍が約束された優秀な子よ。」
砂影は就学には携わっておらず、根古礼奈は卒業して直ぐに本部付になったので接点が無いので、「優秀」という噂しか知らない。妹の佑芽に関しては、今回の事件が発生するまでは、「優秀な隊員の妹が就学中」程度の認識しかしていなかった。
「何故か、俺のことを知っている様子でした。」
「それはそうでしょう。貴方と礼奈は、就学の同期だったんですから。」
「え?」 「はぁ?」 「同期やて?」
「礼奈は、通常であれば首席クラス。
雅仁が突出をしていた影響で、2番手だった子よ。」
「根古礼奈?・・・ですか。」
燕真と粉木は雅仁に視線を向け、当の本人は首を傾げる。
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当時の雅仁は、「父の無念を晴らす為に強くなる」ことが全てであり、他者との共存や人生を楽しむことを考えている余裕が無かった。彼には、「惨殺体となった家族」と「戦いの中で力尽きた父親」だけが鮮明な記憶として残り、それ以外の全てが灰色に見えていた。
「猫には優しく接してあげるのに、人は苦手なの?」
そんな灰色の景色の中で、時々、雅仁に話し掛けてくる少女がいた。
「昨日の帰り道、野良猫に餌をあげてたでしょ?
冷たい印象があったけど、根は優しいんだね。」
「俺が・・・優しい?」
「猫好きなの?」
普段は見せない姿を見られてしまった雅仁は、戸惑いながら適当に誤魔化した。彼女は笑っているように見えたが、眼を合わせなかった雅仁は、彼女の顔すら満足に覚えていない。
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「彼女が・・・?」
「思い出したのか?」
「いや・・・明確には思い出せない。」
「オマエさ、全く覚えてないなんて、どんだけ自分しか見えてないんだよ?」
「そんなつもりは無い。妙な中傷はやめろ!」
「充分にヒドいヤツだよ。」
「まぁ、そう言わないで、燕真。雅仁には雅仁の事情があるんだから。」
雅仁の才能は同期内で突出しており、且つ、当時は「父の無念を晴らす為に強くなる」ことしか見えていなかった。だから、共に学んだ学友が全く眼中に入らなくても不思議ではない。
「いいや、今回ばかりは言わせてもらう!オマエは、相変わらず冷たいヤツだ!」
「なんだと?」
「だって、そうだろう!?
リンクスは、オマエのことを知っていて、オマエとの戦いを拒んでいたんだぞ!
それなのに、話を聞こうともせずに攻撃してただろうに!」
「未熟者が綺麗事を言うな。死者は本来の姿に戻さねば成らんの。」
「それが冷たいってんだよ!」
席から立ち上がって、雅仁に食って掛かる燕真。
「あげくに、中の人(佑芽)に怪我をさせやがって!
怪我が無ければ、今頃、真相を聞けていたかもしれないんだ!」
「だからといって、攻撃を仕掛けられているのに、放置をするわけにはいかない!」
「やりすぎって言ってるんだ!
俺が割って入らなければ、オマエ、あの子を殺していたんじゃないのか!?」
席から立ち上がって燕真を睨み付ける雅仁。粉木と砂影は、「急に何が始まったのか?」と、呆気に取られた表情で眺めている。
「オマエは、初めて会った時から、ずっと、自分しか見えていないんだよ!」
「足手まといの未熟者が、たまたま都合良く物事が進んだだけで、調子に乗るな!」
「もういっぺん言ってみろっ!」
‘お冷やが入ったコップ’を掴んで、目の前の雅仁に浴びせようとする燕真!しかし、雅仁は、燕真の手の上に自分の手を被せて防ぎ、空いてる手で手前のお冷やを掴んで、燕真にぶっかけた!
「うわっ!冷てぇっ!」
「・・・フン!未熟者め。」
「テメェ、何しやがる!?」
粉木と砂影は、周りに対して「うちの若いもんが騒いで申し訳ない」と配慮をしているだけで、燕真と雅仁を止めようとはしない。
「粉木さん、砂影さん、申し訳ないが、俺はこんな未熟者と同席はできません。」
「ああ・・・うん、そうやな。」
「退席させてもらいます。」
「そ、そんなが?気を付けて帰ってね。」
「俺だって、オマエの顔なんて見たくもねーよ!」
「そっくりそのまま、君に返す!」
「腹立つ!表に出やがれ!」
「フン!君など相手にする価値も無い!」
踵を返して立ち去っていく雅仁。粉木と砂影は、燕真と雅仁が喧嘩をしたこととはチョット違う理由でドン引きしながら、雅仁の背中を眺める。
(下手やのう。喧嘩の内容が強引すぎや。
お嬢のダイコンぶりと大して変わらんで。)
(これで、騙せたのかしら?燕真が水を掛けられ損にならんことを祈るわ。)
「クソッ!・・・あんにゃろう!すっげームカ付く!」
ズブ濡れになって、おしぼりで顔を拭いている燕真は、だいぶ苛立っている。
-屋外-
ヤマハ・MT-10を駆る雅仁が、病院の駐車場から公道に出て、しばらく走ったあと、路肩に寄って停車をした。
「悪く思うなよ、佐波木。」
雅仁は、振り返って文架総合病院をしばらく眺め、再びバイクを走らせる。




