30-2・遺品~燕真の心の弱点?~根古佑芽
-数分後-
部屋に帰った麻由は、自室の棚に飾られた‘十年前の自分と祖父が一緒に写っている’写真を眺めていた。嫌なことや悩みがあると、必ず、大好きだった祖父の写真に語りかけるのだが、今日に限っては、いくら語りかけても気持ちが休まらない。
それもそのはずで、悩みの種は、祖父の過去に関係をしている。キャリアウーマンふうの女が言ったことが気になって仕方が無い。優しかった祖父・葛城昭兵衛が「英雄だった」なんて言われても信じられないが、聞き流すこともできない。
「お爺ちゃんの遺品に何かの手掛かりがあるかも?」
麻由は、和室に行って押入れを空け、奥にあった古くて大きなダンボール箱を引っ張り出す。祖父の遺品の入ったダンボール箱を空けるのは、いつ以来だろうか?中には、腕時計や手帳等に混ざって、古い写真帳が入っている。祖父は、アルバムを開く度に、幼い麻由に向かって、「麻由は、死んだお婆ちゃんにソックリだ」と言ってくれた。懐かしい言葉を思い出しながらアルバムを捲るが、「英雄ふうの昭兵衛」の写真なんて1枚も無い。
「やはり、ただの冗談よね。バカバカしい。
鬱屈した大人が、私をからかっただけ。」
麻由はアルバムをダンボール箱に片付けようとして、破れた紙袋を見付ける。長年の保管で、紙袋が劣化をしてしまったのだ。紙袋の破損箇所からハミ出していた缶ケースのような物を取り出す。黒く焦げていて所々に凹みがある。祖父の子供時代の遊び道具?それは‘祖父が大切に保管していた缶ケース’なのだが、何に使う物なのか解らない。
「・・・あら?これ、なに?」
ケースの中には数枚のカードが収納してあった。それは、異獣サマナーの使うサマナーカード。育ててくれた祖父・葛城昭兵衛ではなく、麻由は聞かされていない血の繋がった祖父・本条尊の持ち物。
〈うう・・・うぅぅ・・・俺には・・・まだ・・・やり残したことが・・・〉
「えっ?なにっ!?」
缶ケースから声が聞こえる。以前は、触れても何も起こらなかった。だが、2ヶ月前の、茨城童子の生命力吸収の結界を経験して以降、麻由の霊力は活性化をしていた。厳密には、生命力吸収から命を守る為に、偶発的に潜在力を発現させた。
強い霊力を持った麻由が触れることで、サマナーホルダの中で眠っていた本条尊の念が呼び起こされる。
「何の声?どうなっているの?」
動揺をしながら、焦げた缶ケースを手放せなくなる麻由。その光景を、窓の外のカラスの目を通して、マンション前の路肩に停まった車の中で、夜野里夢が見ている。
「さぁ・・・目覚めてもらうわよ。英雄様の魂に。」
大魔会には、魔法生命体を作って仮の肉体を与える技術はあるが、退治屋のように、念を「会話できる物」として管理する概念は無い。2つの組織が手を組めば、思念に仮の肉体を与えることができるようになる。
実験の第一段階=ブロント事件では、強い怨念の塊が生きた肉体を乗っ取った。第二段階では、サマナーシステムに憑いた念を退治屋の技術で増幅させて、仮の肉体を与える計画だ。
「本条や、恋人の姓ではなく、全く別の姓で存在していたなんて・・・
捜索に時間が掛かって当然ね。」
サマナーシステムは、マスクドウォーリアシステム(MWシステム)の元となったシステムの為、大魔会の里夢でも比較的扱いやすい。過去の英雄・異獣サマナーアポロの情報は、当然ながら大魔会にも伝わっている。無念を残した英雄の末裔を探すのに時間を要し今に至る。
「根古さん、見付けたわよ。」
里夢が、後部座席に座る若い女性に声を掛ける。「根古」と呼ばれた女性は、小さく頷いた。
「何をすれば良いんですか?」
「簡単なことよ。過去の英雄の念と語らって、気持ちを増幅させてあげれば良いの。
喜田CEOからは、貴女の得意分野と聞いているわよ。」
喜田CEOから里夢サポートの任務を受けた女性は、根古佑芽、20歳。2ヶ月前の、文架市の鬼討伐戦では、援軍に参加をした姉・根古礼奈を失っている。
「その念が、このマンションにあるんですか?
どうやって、憑いた物と接触するの?住人に持ってきてもらうんですか?」
「今は、一番トラブルにならない方法を思案中。
名誉の殉職を遂げたお姉さんの為にも・・・妹の貴女が頑張らなきゃね。」
鼓舞をされて頷く根古佑芽。里夢は、佑芽に見えないように、不敵な笑みを浮かべる。
-文架警察署付近の公園-
冨久海跳は、燕真を「信用できる人物」と判断して、自分自身のことを説明する。これまでの18年間、海跳は、「自分が人間」ということを疑わずに生きてきた。だが、2ヶ月前の優麗高集団昏睡事件の時に、「人間ではない」と自覚をした。
「あの日、他の生徒と同じように、僕は急激に消耗をして動けなくなりました。
ですが、体の内側から別の力が湧いてきて、それがサトリの力だったんです。
僕は、人間の社会で、人間として生きることを望んだ妖怪でした。」
妖怪の力に覚醒をした海跳は、「優麗高内に、自分以外に2人、特殊な力に守られている者がいる」と気付いた。
「そのうちの1人が君(紅葉)だ。
退治屋に従事していると知って、納得ができたよ。」
「もう1人は葛城さん・・・でしょ?」
「葛城って、ロングヘアの美人だっけ?」
「ぅん、そう。」
「源川も気付いていたのか?」
「何かチョット、フツーの人とゎフンイキが違うと思ってた。
ハッキリとゎ解らないけど、葛城さんの周りゎ、空気がピリピリなの。」
海跳が、麻由の変化に興味を持って観察をした結界、彼女が淫らな感情に狙われていることと、その感情が妖怪に憑かれていることを知った。
「それが、地治井先生に憑いていた煙々羅だったんです。」
「なるほどな。それで、彼女を守る為に老教師を襲ったのか。
だったら、あとは俺達に任せろ。
どんな理由でも、傷害を負わせてしまったら、君は退治屋の討伐対象になる。
それに、悪い妖怪退治は、俺達の専門分野だ。」
「ァタシ達が煙々羅を浄化すれば、ダイジョブだよ。」
燕真は、海跳の行動が正義感ではないことに気付いた。紅葉は、麻由と海跳の潜在的な力には、曖昧にしか気付いていない。海跳も、紅葉の力には曖昧にしか気付いておらず、大して興味を持っていなかった。だが彼は、麻由の変化と、麻由の周りの喧騒は、ハッキリと感知していた。
燕真は、海跳の傍に寄って、コッソリと耳打ちをする。
「正体を隠したまま好きな子を守っていても、気持ちは伝わらないぞ。」
「なっ!?ぼ、僕は、彼女に、そんな淫らな感情など・・・。」
「俺は、君の感情が『淫ら』とは一言も言ってないんだけどな。
さっき、恋愛トークしながら俺と戦えば勝てるって言ってたけど、
恋愛トークしながら戦っても、俺に負けるんじゃないか?」
露骨に赤面をした海跳が、冷静さを装って、前髪を整えたり銀縁メガネを上げるが、動揺丸出しで忙しなく何度も同じことを繰り返すので、気障ったらしさは微塵も感じられない。
「解り易すぎて読心術を使えなくても解るぞ。
なぁ、爺さん、狗、この悩める妖怪少年は浄化する必要、無いよな?」
同意を求められた粉木と雅仁は、頷いて応じる。
「老教師の仕置きから手ぇ引いて、あとは退治屋に任せるんやったら、
サトリ絡みの事件は発生してへんのと同じや。
人間社会に害を及ぼせへん限りは、本部に報告をする理由もあれへん。
放置してもかまへんやろう。」
「まぁ、そ~ゆ~ことだ。後は、俺達に任せろ。」
「宜しくお願いします。」
「惚れた子に、他人が淫らな妄想をするのが嫌なら、
サッサとコクって、所有物にしちゃえよ。」
「大きなお世話です!
それに『所有物』という表現は、女性に対して失礼なのでは?」
「・・・そこは、聞き流せ。」
燕真は、海跳と会話をしながら、「クソ真面目すぎるところが狗塚と似ている」と感じた。
その後、地治井に憑いたエンエンラを祓ってメダルに封じ込め、海跳の憂いは解消された。ただし、何らかの力が覚醒をしている麻由については、調査が必要だろう。
「なら、ァタシが様子を見るねっ!」
「何かあったら、直ぐ僕に連絡をくれ。」
「リョーカイっ!」
海跳が、燕真&紅葉と連絡先を交換して、その場は解散となる。
-翌日・優麗高-
紅葉による‘麻由観察’が始まる。いつもより30分ほど早く登校して弓道場を覗くと、麻由はジャージ姿で弓を押して弦を引き、約30m離れた的に矢を射ていた。 麻由の手から放れた矢が、音を立てて的を射貫く。
「お~~・・・なんか格好イイ。」
部活動が強制参加の高校は多いが、優麗高では自由参加になっており、生徒の1/3は部活動には所属していない(ただし帰宅部は委員会に選ばる率が高い)。
紅葉は、麻由の美しい行射姿を神々しく感じ、「ァタシも部活動やっとくべきだったかな?」などと考えてしまう。
「・・・あの?」
「んぇ?」
紅葉は静かに眺めていたつもりだったのだが、麻由は視線が気になって、2射ほど的を外した後で振り返り、窓の外で眺める紅葉のところに寄ってきた。
「んぁ、ゴメン。うるさかった?」
「うるさくはないのですが、気配が気になってしまって。」
「・・・ケハイ?」
「放課後の練習時は、今よりも騒がしくて視線は多いのですが、
集中をすれば気になりません。
ですが、源川さんの視線と気配からはプレッシャーを感じてしまうのです。」
「ん~~~~~~。なんでだろ?」
紅葉は、2ヶ月前の集団昏睡事件以降、麻由からはピリピリした雰囲気を感じるようになった。海跳も、「麻由は特殊な力に守られている」と表現していた。紅葉が麻由に何かを感じているように、紅葉に自覚が無くても、麻由も紅葉に特殊性を感じている。
-15時頃・穂登華町-
海跳から麻由の住所を聞いた粉木が、高層マンション前の路肩にスカイラインGT-Rを停車させて車内から眺める。
「やれやれ・・・オヤッサンとの縁は切れたつもりやったんやけどな。
世代を超えて、繋がるとは思てへんかった。」
恩人が経営をしていた活気あるバイクの修理工場が、10年くらい前に上品な高層マンションに変わったことは知っていた。恩人の経営する工場を基地代わりにして転がり込み、盟友と共に戦い、若かった砂影滋子をからかったのは、50年も前の出来事。この街に、当時の面影は殆ど無い。
たまたま「恩人が過去に住んでいた住所と同じ場所に、恩人と同じ苗字の他人が住んでいる」可能性も有るが、葛城姓は頻繁にある苗字ではない。関係者と考えた方が自然だろう。
「無視はできん。」
散々世話になったのに、絶縁をして全く恩を返せなかった恩人。その孫と思われる娘をサポートすることで、ようやく50年前の恩返しをできるのかもしれない。粉木は、しばらくマンションを眺めた後、スカイラインGT-Rを発車させた。
「今のは、粉木支部長?」
マンションの屋上で根古佑芽が身を隠しながら、去って行くスカイラインGT-Rを見下ろす。直ぐ隣には、夜野里夢の姿もある。
「伝説の英雄様の‘古いお友達’が彷徨く程度のことは、想定の範囲内よ。」
「本当にやるんですか?生命の冒涜は陰陽の外法ですよ。」
「死者を呼び起こす行為を冒涜と考えるのは、頭の固い陰陽道の考え方。
大魔会では、過去の偉人から学ぶ為の重要な手段と考えられているの。
それに、貴女は、お姉さんの汚名を払拭する為に・・・」
俯く根古佑芽。戦いで姉を失ったことは悲しい。だが、組織では、姉の犠牲を悼む声よりも、将来のCEO(喜田栄太郎)を守れなかった責任を追及する声の方が大きくて、佑芽は肩身が狭い。その状況で、現CEO(栄太郎の父)から直々に「内密で大魔会の夜野里夢をサポートせよ」という特殊任務を与えられたのだ。佑芽には、任務を成功させてCEOに認められ、姉の名誉を回復する以外の選択肢は考えられなかった。
「わ、解っています。」
「始めるわよ。」
里夢は、Aウォッチから『Li』と書かれたメダルを抜き取って、蝙蝠の羽を模したバックルに装填!
「マスクドチェンジ!」
里夢の全身が、深紫のプロテクターと複眼のマスクに覆われ、マスクドウォーリア・リリス登場!
佑芽を抱きかかえ、翼を大きく広げて屋上から飛び上がり、最上階にある麻由の部屋のベランダに着地をして、変身を解除する。
窓越しに誰も居ない室内を眺める佑芽。押し入れの中から強い念を感じる。佑芽は霊感を研ぎ澄ませ、念に対して意識を集中させる。
〈うう・・・うぅぅ・・・俺には・・・まだ・・・やり残したことが・・・〉
佑芽の霊感を通して、佑芽の脳内に念の声が聞こえる。念に干渉をして、人と同じように扱う。これが、大魔会には無くて、退治屋が持つ陰陽道の技術だ。
「貴方は本条尊さん・・・ですか?」
〈俺の名は・・・本条・・・尊・・・〉
「やり残したことって何ですか?」
〈俺は・・・悪の秘密結社を壊滅させて・・・世界に平和をもたらした。
だが・・・肉体を失った・・・。
これでは・・・一生をかけて・・・愛する者を守ることが・・・できない。〉
里夢は、何らかの支配力が発生していることは感知できるが、佑芽と念の会話は聞こえない。だから、佑芽が伝える。
「そう・・・宿っているのは、愛する者を守りたい残留思念なのね。
ならば、逆撫でをして、その念を増幅してあげなさい。」
「そんなことをしたら、思念が暴走を・・・」
「私は『暴走させろ』と言っているの。」
「・・・でも」
「この任務が、何故、内密なのか・・・考えなさい。」
内密の理由は、表向きでは禁じられた任務・陰陽の外法を行う為。
「成功をすれば、喜田CEOに認められるわ。
今は実験段階だけど、この技術が安定をすれば、
大好きなお姉さんを蘇らせることも可能なはず。」
「・・・・・・・・・・・・・」
佑芽は、この任務が納得できない。だが、拒否がCEOに伝われば、退治屋内で居場所を失ってしまう恐怖がある。里夢に説得をされた佑芽は、再び本条尊の念に意識を集中させる。
「貴方が愛する人は、約束を守らなかった貴方を恨んでいるんでしょうね。」
〈うぅぅ・・・ぅぅぅ・・・〉
「そんなところで燻っていないで、気持ちを解放しなさい!」
念に語りながら、窓越しに押入に向かって霊力を送り込む佑芽。密閉された窓が振動をして、押入の襖がガタガタと音を立て、押入内で念と霊力が交わる。
〈おぉぉ・・・ぉぉぉ・・・〉
佑芽の脳内に‘闇の中で鋭い両眼が見開くビジョン’が浮かんだ。押入内の圧力が増し、襖扉が倒れて、黒焦げのサマナーホルダが浮遊しながら出現。佑芽の目には、サマナーホルダが闇に覆われているのが見える。
「妖怪が憑きやすい状態まで思念が増幅しました。
次は、何をすれば良いんですか?」
霊力を酷使した佑芽が息を荒げながら次の指示を求め、里夢が微笑む。
「もう、増幅に成功するなんて、さすがはエリート候補生ね。
ここから先は、大魔会の技術の出番よ。」
里夢は呪文を呟きながら窓越しに手を翳して、室内で浮遊するサマナーホルダに魔力を送る。




