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29-3・麻由と老教師

-数分後・1キロほど北西-


 徒歩で帰宅をする麻由の横に、偶然通過するフリをした地治井先生(老教師)の車が停車する。


「やぁ、葛城さん。今日は雪が積もったから徒歩で帰宅かい?

 乗って行きなさい。家まで送ろう。」

「良いのですか?宜しくお願いします。」


 地治井じじいを信頼している麻由は、何の疑いも無く助手席に乗ってしまう。車はスタートして、麻由の自宅の方向へ。信号を幾つか通過して、麻由が住むマンションが見えてきた。


「ありがとうございました。この辺で降ろして下さい。」

「・・・・・・・・・・・・・・」


 だが、地治井は無言でアクセルを踏んで、車はマンション前を通過。


「あの・・・地治井先生、ここで。」


 驚いた麻由が地治井を見詰める。老教師の顔色は青白く目は虚ろ。地治井の麻由に対する邪な思いは、妖怪の媒体になっていた。地治井の全身から煙が発生する。


「えっ?なにっ?」


 意志を持った煙が車内に充満をして麻由を包む。




-文架大橋-


「燕真っ!止めてっ!!」


 走行中のホンダNC750Xのタンデムで、紅葉が叫び声を上げる。


「はぁ?」

「戻ってっ!」


 驚いた燕真はホンダNC750Xを減速させて路肩に寄って停車させる。


「どうした?忘れ物か?」

「チガウチガウ!あっち(北西側)で嫌な感じがするっ!」


 紅葉がタンデムに乗ったまま、進行方向と逆を指さしている。燕真も振り返るが、特に異常は確認できない。


「どこ?」

「もっと遠く!」

「妖怪か?」

「かもしんないっ!」


 燕真はYウォッチをチラ見するが、まだ妖気センサーの通知は来ていない。だが、紅葉の直感的な感知力は信用に値する。


「マジで!?よりによって、このタイミングかよ!?」


 文架大橋は、片側2車線で中央には分離帯がある。つまり、渡りきって交差点まで行かなければ、Uターンができない。


「急ぐぞ!」

「ぅんっ!」


 燕真は、バイクを発進させて東詰交差点でUターンをして速度超過気味に来た道を戻る。Yウォッチに、粉木からの通信が入った。やはり、紅葉の直感通り「妖怪の出現」で間違いなさそうだ。




-駅北-


 妖怪エンエンラに乗っ取られて、全身が煙に包まれた車が浮上。ひとけが無くて、依り代の地治井が欲望を叶えられる場所を探す。濛々と煙が立ち込める車内では、地治井が麻由に抱き付いていた。


「や、やめてっ!」


 麻由は必死で抵抗をする。しかし、老体にもかかわらず強い力で抑え付けられて、逃げられない。しかも、煙を吸い込んでしまい、意識が朦朧としてきた。このままでは、老教師の欲望の捌け口にされるのは時間の問題だ。


「不埒な!」


 空を飛ぶ煙の塊の上に、身長180センチほどの猿顔妖怪が立っていた!怪物は、片膝を付いて拳を振り上げ、足元の煙に叩き付ける!拳は妖煙と車の屋根を楽々と貫通して、老教師を掴んで力任せに引き摺り出した!


「今ここで、依り代ごと握り潰されるか、

 車を無事に着地させて、彼女を解放するか、好きな方を選べ。」


 猿顔の人外は、上級妖怪・サトリ。下級妖怪のエンエンラでは、どうあがいても勝ち目が無い。




-優麗高付近-


 紅葉が、燕真の後で大声を上げる!さっきまでとは別の気配の発生を感じ取ったのだ!


「燕真、急いで!」

「急いでるよっ!」


 紅葉をタンデムに乗せたことがあだとなった。紅葉を乗せているので、黄泉平坂ワープロードに突入できない。


「まだ先か!?」

「もうチョットあっち(北西)!」

「踏切の向こうか!?」

「ぅんにゃ、たぶん、こっち側!」


 高層マンション(麻由のマンション)前を通過。燕真は、できる限り信号の無い道を選びながら、法定速度を無視してバイクを走らせる。


「んぁぁっ!!?」

「今度は何だ!?」

「嫌な感じ、消えちゃった!」

「はぁっ!?」

「妖怪が消えちゃったかもしんない。」

「なんで?」

「ワカンナイよっ!」


 目的を達成して満足をしたから消えたのか、他に理由があって維持ができなくなって消えたのか、燕真と紅葉には解らない。もう、行っても意味が無さそうだが、バイクの走行速度を法定内に戻して、念の為に現地へと向かう。




-駅北・線路沿いの空き地-


 冨久海跳が、屋根に風穴が空いた車から意識を失った麻由を引っ張り出して、抱きかかえて車の見えないところまで遠ざかり、丁寧に地面に寝かせる。


「葛城・・・怪我は無いか?」

「う・・・うぅ・・・」


 声を掛けられた麻由が、意識を取り戻して、薄らと眼を開ける。


「冨久・・・先輩?どうして、ここに?」

「偶然、車に閉じ込められた君を見付けてな。」

「私・・・どうして、車に?」


 降車を拒否して走る車、世話になった老教師から発せられた煙、車内で襲われかけた自分。徐々に意識がハッキリしてきて、理解不能な怖い記憶が、麻由の脳内で繋がっていく。


「夢?・・・いったい何が?」

「夢・・・そうだな。君は夢を見ていたのだろう。

 立てるか?家まで送る。今日はゆっくり休め。」

「・・・は、はい。」


 海跳が立ち上がり、麻由に手を差し出す。麻由は海跳に引っ張られて立ち上がり、「そう言えば地治井先生は?」と思い出して周囲を見廻した。しかし、老教師と車は何処にも無い。何故、自宅から北西に2キロ近く離れた場所にいるのかも解らない。何一つ状況を把握できないまま、海跳に寄り添われて帰宅をする。


「あの少年が妖怪?」

「うんにゃ。アミの初恋の冨久先輩。」

「今の会話で、平山さんの初恋情報いる?」

「う~~~ん・・・イラナイねぇ。でも重要ぢゃね?」

「全然、重要じゃない。妖怪は?」

「消えちゃった。」


 少し離れたところで、ホンダNC750Xに乗った燕真と紅葉が、麻由と海跳を眺めている。念の為に周囲のパトロールをして、空き地で、屋根に風穴が空いた事故車両を発見したので、通報をしてから帰宅をした。


 使い魔にされた猫が、紅葉が感知できない距離まで離れた位置(見付かると追い回されるから)で、一部始終を、眺めている。




-YOUKAIミュージアム-


「・・・かつらぎ?」


 燕真と紅葉からの事後報告を受けた粉木が、僅かに表情を顰める。葛城麻由の名は初めて聞くが、その珍しい苗字には聞き覚えがある。文架市在住の葛城家は、おそらく五件も無いだろう。


「何処に住んどる娘や?」

「あんまり仲良くないからワカンナイ。」

「徒歩で帰っていたから、優麗高からは遠くないんだろうな。」

「北に向かって歩いていたから、北中学区か、宗平良学区あたりじゃね?」

「写真はあるか?」

「あんまり仲良くないから無いよぉ~。」

「なんだなんだ?

 写真を見て好みのタイプだったら、家を突き止めてストーキングでもする気か?

 結構、美人だったぞ。」

「アホンダラ!そんなんちゃうわ!」


 粉木が、「葛城」と聞いて真っ先に思い出すのは、20代の頃に世話になった葛城昭兵衛のこと。ただし、昭兵衛は、粉木が退治屋として戦い続ける選択をした時点で絶縁している。

 葛城昭兵衛は、亡くなった友人の恋人を、腹の子ごと引き取って、自分の家族として育てたのだが、葛城麻由は血縁者だろうか?

 25年前に粉木が文架市に戻ってきた頃は、世話になったバイク工場は健在だった。だが、10年以上前に昭兵衛は鬼籍に入り、彼の土地は数年前に領地買収をされて、今は高層マンションが建っている。


「その娘の爺さんの名は聞いとらんか?」

「あんまり仲良くないんだから、わかるわけないぢゃ~ん」

「そやな、すまんすまん。」

「葛城麻由の爺さんや住んでる場所と、今回の妖怪事件が関係あんのか?」

「いや・・・無関係やろな。

 ワシが若かった頃、妖怪とは別の、異世界の秘密結社と戦った話は覚えてるな?」


 それは、50年前、粉木が、異獣サマナーとして戦い、敵組織壊滅の代償で盟友を失った昔話。


「あぁ・・・うん。覚えてる。」

「忘れるわけないぢゃん。」

「すまんかった。葛城と聞いて、当時のことを思い出してしまっただけや。」


 粉木は、過去の思い出に浸って報告を脱線させてしまった自分を律し、妖怪事件に話を戻す。一方の紅葉は、今朝の「嫌な感じ」が、「麻由の周りで発生している予兆」と確信して、今回の事件だけでなく、数日前のショッピングモールでの事件にも麻由が絡んでいたことから、順を追って説明した。


「その嬢ちゃん(麻由)については、まだ何とも言えへん。

 しばらくは、調査が必要やな。

 それよりも、確実に、妖怪事件に絡んどりそうなヤツの処理が先や。」

「屋根に穴が空いた車の持ち主か?」

「人間の仕業やあらへん。確実に、人外の事件に絡んどる!」

「地治井センセーゎ、ツーホーして連れてかれたから、今はケーサツだね!」


 燕真&紅葉&粉木は、土蔵に引き籠もっている雅仁を連れて文架警察署へと向かう。





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