Ⅳ-5・以津真天~園波は篠木会長の孫~燕真と砂影
-東京-
繁華街で、中級妖怪・以津真天が暴れていた。一定以上の霊感を持つ人々は、本能的に「人間ではどうにもならない」と逃げ廻る。興味本位で群がって、騒ぎをスマホで撮影する呑気な連中もいたが、次々と子妖に憑かれて妖怪の支配下に落ち、鋭い爪と翼を生やして暴れ始めた。
「・・・ん?なんだ?」
燕真が就職試験の会場に向かって歩いていたら、先の方が騒然として、逃げる人達がいる。少なからず霊感を持つ者なら「この先はヤバい」と感じるのだが、燕真は何も感じない。騒ぎは気になるが、試験会場を目指して先に進む。
「コスプレ?特撮番組の撮影か?」
やがて、騒ぎの中心で、顔が人間で蛇のような体をした翼長5mほどの鳥(=以津真天)が暴れているのを目視で確認するが、「この世には人間に理解できない物が存在する」等という発想は全く無い。
「良くできた作り物だなぁ~。CGとか使わないんだ?」
目的地までは徒歩で3分程度。指定された時間までは、あと15分くらいある。燕真は、撮影と勘違いして邪魔をしないように道の端を通りつつ、眺めながら通過をしようとした。
「・・・んっ!?」
高校生くらいの腰を抜かした少女が、子妖にに憑かれた中年男性に襲われそうになっている。霊感ゼロの燕真には、血色の悪い変質者が、少女を襲っているようにしか見えない。
「ホントに撮影・・・か?」
ようやく違和感を持って周囲を見廻す。街中で撮影する場合、一般の人が事件と勘違いをしないように、アナウンスや立入禁止の区画ってされないのだろうか?テレビカメラや撮影スタッフっぽい人も確認できない。
東京は物騒と聞いていたが、白昼の往来で少女が襲われるほど物騒とは思っていなかった。
「何かヤバくね!?」
付近のビルの屋上で、妖幻ファイターが配置に付き、退治3課の課長と、2課長の砂影が、現場の様子を眺めていた。繁華街で事件が起きた場合、可能な限り妖幻ファイターを人目に付かないように制圧作戦を立てる。プロテクターを着ただけのヘイシトルーパーが現場に入って、一般人の避難誘導をして妖怪から遠ざけ、妖幻ファイターは遠距離から攻撃対象を狙う。
狙撃の準備ができたので、3課長がヘイシトルーパーに突入の指示を出そうとしたが、砂影が「ちょっと待て」と制止をかけた。
「ありゃなんだい?」
渦中で、逃げもせず、発せられた子妖に憑かれることもなく、様子を眺めている青年がいた。
「どうしたんですか、砂影さん?」
「度胸があるのか・・・現状把握がなーんできんほどダラなのか・・・
ちょっこし、判断に困るヤツを発見ししもてね。
ヘイシには、避難誘導の指示を出いて。
ただし、あの青年の一角だけは手を出さんと、ちょっこし様子を見る。」
砂影は、ビルの屋上から、興味を引いた青年を指で示しながら指示をする。
「状況を理解した上で度胸があるタイプなら、スカウトしようて思うてね。」
その青年は、襲われていた女子高生を庇いながら、子妖に憑かれた中年に話しかけている。
「なぁ、オッサン。
この子と知り合いって感じでもなさそうだけど、女の子に何の用だ?」
「うがががががっ!ソノ娘・・・食ウ。」
燕真は「食う」を性的な意味で解釈する。
「さすがにマズいだろう。」
「退ケ・・・邪魔ダ。」
中年男性が奇声を発しながら、燕真に向かって拳を振るう!驚いた燕真は、逃げ腰になりながら腕でガードをするが、スーツの袖が、まるで鋭利なは物で切られたように裂け、腕には掠り傷が付いてしまった!
「マジかよ?」
更に、怯んだところで蹴りを喰らって尻餅をつき、ズボンが破けてしまう!少女を襲う変質者だとしても、素手の中年くらいなら追い払えると思っていたが、見誤っていた。変質者、メッチャ強い。
「おい、女子高生!念の為に聞くが、これはテレビに撮影か!?」
「違います!」
「了解!逃げるぞ!」
ようやく異常事態と判断した燕真は、少女の手を握って逃走をする!面接の時間まで、あと10分弱だが、考えている余裕が無くなり会場とは反対の方向に走り出した!振り返ると、中年男性が雄叫びを上げながら追い掛けてくる!
「東京は怖いところ」とは聞いていたが、まさか、こんなに怖いとは思っていなかった。燕真と少女は、路地から建物と建物の間に入って身を隠す。
「怪我は無いか?」
「はいっ!」
「しばらく隠れて様子を見よう。」
「はいっ!」
その後、ヘイシトルーパーが投入され、広くて人がいない空き地に誘き出された以津真天は、妖幻ファイター達によって狙撃されたのだが、隠れている燕真が退治屋による妖怪制圧を見ることはなかった。
-30分後-
周囲の喧騒が収まった。身を隠しながら様子を見るが、変質中年の姿は無い。まだ疎らだが往来を行き交う人々がいて、街が日常を取り戻したように感じられる。
「もう、大丈夫・・・かな。」
燕真は、助けた少女を連れて、一定の警戒をしながら来た道を戻った。
「助けてもらって、ありがとうございました。」
「さすがに、目の前で女の子が襲われてたら、無視は出来ないよ。」
慌てていて気付かなかったが、改めて見ると、少女は結構可愛い。燕真は内心で「助けて良かった」と考えてしまう。
「服がボロボロですね。」
「新しいの買わなきゃだ。出費が痛い。」
「・・ごめんなさい。」
「君に破られたわけじゃないんだから、君が気にすることじゃない。
東京って、あんな騒ぎが日常的なのか?」
「日常的ではありません。私だって、初めて遭遇して驚いちゃいましたよ。
お兄さんは、東京の人じゃないんですか?」
「うん、就職活動でさ、今日はシノギって会社の面接を受ける為に・・・あっ!」
言い掛けた燕真は、スマホで現在の時刻を確認して青ざめた。面接先の会社から指定された時刻を、豪快にオーバーしている。
「ゴ、ゴメン!遅刻だっ!もうダメかもだけど、俺、行くよっ!!」
就職希望者が面接の時間を守らないなんて、査定云々以前にアウトだ。慌てて駆け出した燕真を、少女が呼び止めた。
「お名前だけでも教えてください。」
「佐波木燕真っ!」
「私は、篠木園波。宜しくお願いします。」
「うん、ヨロシク!」
何が「宜しくお願いします」なのか解らないが、燕真は適当な社交辞令で返して、駆け出す。一方の篠木園波は、燕真を見送ってからスマホを取り出して電話をかけた。
20分後、燕真は【(株)シノギに】に到着するが、言うまでもなく面接時間は終わっている。しかも、スーツはボロボロ。「さすがにもう無理だろう」と思いつつ、「先ほどの騒ぎを理由にすればワンチャン行けるか?」と淡い期待をして、受付に顔を出した。
「・・・あ・・・あの・・・。遅れてスミマセン。」
「君、佐波木燕真君?」
「は、はい、そうですが。」
「おお!待っていたよ!」
「あの・・・面接は?」
「本来は人事部の仕事なんだがね。
君には、会長が直々に会いたいと連絡が来たんだ。」
「・・・はぁ?」
「君の内定は確実ですよ。
会長が到着するまで、応接室で休んでいてください。」
「こんなボロボロのスーツで?」
「名誉の負傷だ。大変だったね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
【(株)シノギに】は一部上場で伸び代のある会社。燕真は、「何でこんなにフレンドリーなの?」と疑問に感じながら、立派な応接室に通され、お茶まで出してもらえた。5分ほどするとドアがノックされたので、燕真は姿勢を正して入室者を待つ。
「あっ!ちゃんと入れてもらえたんですね。良かった。」
「ん?君は?」
顔を覗かせたのは、先ほど助けた少女だった。燕真は、呆気に取られた表情で少女を見詰める。
「君が会長?・・・まさかね?」
「会長は、私のお爺ちゃんです。」
「・・・えっ?」
「気付きませんでした?この会社名はシノギで、私の名前は篠木園波ですよ。」
慌てていたので、少女の名前なんて聞き逃していた。
「危ないところを佐波木さんに助けてもらったこと、
その所為で面接に遅れちゃったことと、スーツが破れちゃったこと、
全部、お爺ちゃんに教えたら、佐波木さんのことを気に入ったみたいで、
直々に会いたいって言ってました。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「出張中のお父さんも会いたがってましたよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「そろそろお爺ちゃんが来ると思います。
大丈夫と思うけど、面接、頑張ってくださいね。」
「ああ・・・うん、ありがとう。」
柔やかに会釈をしてから退出をする篠木園波。燕真は、園波が去った後の扉を興奮気味に眺めていた。
人助けをして面接に遅刻。助けたのが可愛い子で、しかも就職希望会社の娘。これって、確実に、アニメやドラマの「あるある」に突入しているんじゃね?数ヶ月後には、社長の娘と交際して、将来的には婿殿、兼、重役ってパターンか?
燕真は、期待に胸を膨らませながら、園波の祖父の到着を待つ。
-数分後-
会社の前に運転手付きの高級車が停まり、後部座席から髭を蓄えた好々爺が降りる。孫娘の園波に出迎えられ、事情と恩人の人間性を「そうかそうか」と笑顔で聞き、「任せなさい」と返してから、部下が持ってきた燕真の履歴書に目を通す。
「真面目そうな青年だな。中堅大学だが肝心なのは人間性。
園波のお気に入りならば、問題は無いだろう。」
余程の失礼が無い限りは、既に燕真の採用は決まっていた。篠木会長は、燕真の履歴書を持ったまま応接室へと向かう・・・が、会長には見えない司録&司命が真後ろを歩きながら、脳内に囁き続ける。
〈不採用、不採用、不採用〉
「採用で決まりじゃ。」
〈不採用、不採用、不採用〉
「可愛い孫娘の恩人を採用通知無しには帰せん。」
〈不採用、不採用、不採用〉
「園波のお気に入りじゃ。」
〈不採用、不採用、不採用〉
「園波の思いなど関係は無い。」
〈不採用、不採用、不採用〉
「可愛い孫娘に取り入る性悪め!」
〈不採用、不採用、不採用〉
「不採用で決まりじゃ!!」
応接室のドアが、ノックもされずに勢い良く開けられた。燕真が立ち上がり、礼儀正しく会釈をする。
「浪埜大学の佐波木燕真です。今日は・・・」
しかし、燕真が挨拶を掻き消すように、会長の怒鳴り声が鳴り響いた!
「貴様などクビだ!貴様のような男に可愛い孫娘はやれん!
手切れ金をくれてやるから、二度と儂の前に姿を見せるなっっ!!」
「えっ?あのっ!?」
面接時間2秒。篠木会長は、「スーツ代弁償」と書かれた封筒を「手切れ金」と言って机に叩き付け、早々に退出をする。燕真は、まだ採用されていない会社を解雇され、数分程度しか会話をしていない孫娘と別れさせられてしまった。
「内定確実じゃなかったっけ?・・・何が何やら解らない。」
1分前までは「人生バラ色」って感じだったのに、急に何が有った?色々とムカ付いたが、スーツは新調しなきゃなので、手切れ金(?)は貰っておくことにした。孫娘に事情を聞きたかったが会わせてもらえず、燕真は不採用になった会社をあとにする。
人助けをして面接に遅刻になるが、助けたのが可愛い子で、しかも偶然にも就職希望会社の娘で、重役に気に入られて採用され、数年後には交際するってパターンは、アニメやドラマの世界にしか存在しないらしい。人生は甘くない。
「孫娘の苗字と名前、篠木園波を逆転させると、
そのばしのぎ・・・こ~ゆ~オチかよ。」
不採用通知は何社も喰らっているが、今回は流石にキツかった。何が不興を買ったのは解らないが、「このままどこからも採用されないのでは?」と、少し不安になる。
最初の身分不相応な2社はともかく、今回を含めて他が不採用なのは、燕真の実力や人間性ではなく、一般人には見えない力が働いているからなのだが、燕真は全く気付いていない。一般人には見えない力は、燕真を退治屋に所属させようとしており、既に準備をされた『閻』メダルとYウォッチは、燕真が手にすることを待ち望んでいる。
「とりあえず、服を何とかしなきゃな。」
破れたスーツのままでは恥ずかしいので、どこかで着替えたい。貰った手切れ金(?)で、安物の服を買おうと思って周囲を見廻す。
「おもっしい子やちゃ。なんで、あの状況で、娘を助けようて思うた?」
「・・・え?俺のこと?」
立ち止まり、声のした方向に視線を向ける。其所には60代くらいの女性が立っていた。
「見ていたんですか?」
「一部始終をね。」
「何でったって・・・目の前で襲われてたんですよ。
相手が銃でも持ってればビビるけど、不健康そうなオッサンだったから、
俺でも、どうにか助けられる思って。」
「なるほど・・・霊感ゼロ。子妖の危険性に気付いとらんかったか。
戦うてみて、敵わんて思うたが?」
「うん、ヤバいと思いました。」
「それながに、なんで娘を見捨てなんだの?
あんたが、危険を肩代わりする必要ちゃ無かったわやちゃ?」
「見捨てられるわけないだろ。それにさ・・・」
「・・・ん?」
「最悪でも、俺が盾になれば、あの子を逃がすことはできるかな~って思ってさ。」
「見ず知らずの娘の盾に?」
「成り行きだったけどさ・・・中途半端に放置すんのは苦手で・・・。」
「そう・・・気に入ったわ。名前ちゃ?」
「・・・佐波木燕真。」
「佐波木燕真くん。あんたは、私の責任で採用してやる。」
「・・・はぁ?急に何ですか?
貴女が、何処の会社の誰なのかも、俺には解らないのに?」
「私ちゃ、怪士対策陰陽道組織の砂影滋子。
こう見えても、それなりに権限のある地位ちゃ。」
「怪士対策・・・?」
砂影は、スタッフが誰1人適合しない『閻』メダルを調査した結果、閻魔の妖力と変身者の霊力がぶつかり合って、満足に機能しないことを知っていた。根拠は無いが「性格が悪いと機動すらできない」ことも認識している。
つまり、目の前に居る霊力ゼロの男は、『閻』メダルに適合をする可能性がある。それに、彼は気付いていないが、彼の周辺からは、閻魔大王の書記官の気配を感じる。砂影は、「彼こそが閻魔大王が指定した男」と感じていた。
「あんた向きの職種やて思うわちゃ。
合わんにゃ辞めりゃ良いんやさかい、お試しで採用されてみっしゃい。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
砂影は「お試し」という甘言で燕真を誘ったが、彼との会話で、彼が「自分で決めたことを簡単に放棄する根性無し」ではなく、「一度始めたことは、簡単には投げ出さない性分」と見抜いたうえで気に入っていた。彼が「閻魔大王が指定した男」ではなかったとしても、事務職やサポート隊員等に配置転換をして面倒を見てやれる。
「それなりに長う生きとるさかい、自慢でないけど、人を見る目はあるが。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
捨てる神あれば拾う神ありと言うべきか?天国から地獄へ引き摺り降ろされた燕真は、砂影の採用告知を受け入れることにした。
「卒業したら、文架市のYOUKAIミュージアムを訪ねっしゃい。
支部長には話を通しとくわ。」
「文架市のヨウカイ・・・?」
燕真が「文架市のYOUKAIミュージアム」という単語を聞くのは二度目。4年前に木津郷のジジイ兄弟から、同じ単語を聞いている。
「文架市ですね。解りました。訪ねてみます。」
本来なら、入社後1~2年は本部で陰陽道を学ぶのだが、霊感ゼロの燕真では何も身に付かないだろう。それどころか、霊感ゼロの退治屋候補生など、本部が受け入れるはずが無い。だから、就学抜きで、いきなり文架支部に押し付けて、1~10まで粉木勘平に教育を施してもらう。
粉木は、この人事に文句を言うだろうけど、今まで、散々、厄介ごとを押し付けられてきたのだから、たまには押し付け返してやるつもりだ。
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文架市は、町並みと川の位置の都合で龍脈が整っており、人口密度のわりに妖怪の発生率が高く、実戦経験を積むには最適の地域。
当時の文架市には、支部長の粉木勘平と、部下の田井弥壱(妖幻ファイタータイリン)が常駐しており、砂影は「一定の実績を積んだ田井を東東京支部に呼び戻したい」と思っていた。
数ヶ月後の夏、新米退治屋・佐波木燕真は、文架市の少女・源川紅葉と出会い、『妖幻ファイターザムシード』の物語が始まる。




