五十六、餃子と罰と九十九神
五十六
式神が夏の空を走り抜ける。
一日目の夜は運良く公家に泊まることができた。
「なんだそれは」
小麦の生地を薄く伸ばすまどかを、康仁が見ている。
公家の使用人たちも、まどかを訝しげに見ていた。
「餃子を作ろうかと」
「餃子……? うどんの生地ではないのか?」
康仁もうどんは小麦から作ったことは聞いていたため、それと同じような生地を小さく薄く伸ばす様子が不思議でたまらなかった。
「この皮に具を包みます」
無理を言って調達してきたイノシシの肉を包丁で叩きミンチにして、香りのあるニラを大量に刻んで混ぜ合わせる。塩とひしお、ごま油で調味した具を皮で包んで香ばしく焼く。
「かぐわしいにおいだな」
「はい。香りのある食べ物は、食欲が減退する夏にもってこいです」
ここにニンニクがあれば最高なのだが、平安の野菜はなかなか未来ほど豊富とはいかない。だが、平安には平安の野菜が存在する。香りの強い、どちらかといえば野草に近いそれらも、癖の強いイノシシの肉にはちょうどよい。
「最後に葛を溶かした水を流し入れて」
じゅっ、と小気味よい音を立てる。鉄鍋のうえで葛の羽がこんがりと焼き上がる。
「はい、できました」
焼きあがったらそっと羽を鉄鍋から剥がして、逆さまにして盛り付ける。羽付き餃子の完成だ。
付け合せは野菜のナムル風に鳥のスープだ。
「すごいな。鳥の羽を模しているのか」
膳に乗った料理を前に、康仁が言う。晴明も黒雲も、初めての餃子に目を見張るばかりだ。
「ひしおと酢を混ぜた調味液につけて召し上がってください」
どれ、と康仁が餃子に箸を付けると、羽がパリッと音を立てた。料理は時に、目だけでなく、味だけでなく、耳でも楽しめる。
熱々の餃子をほふれば、もちっカリッとした皮に、じゅわっと溢れる肉汁が口内に溢れた。
「うまいな!」
「はい。とても」
「私もこのようなものは初めてです」
三人の反応を見てからまどかも餃子を口に入れた。手作り感満載の味である。
「でも、やっぱりお店の味は出ないなぁ」
「店の味?」
「あ、はい。餃子のプロには敵いません。あと、冷凍の餃子も今はとても美味しいんですよね」
まるで康仁には想像もつかない。これ以上にうまい餃子を、まどかは知っているのだと言う。未来ではどれほどうまい料理が並ぶのだろうか。
「まどかさんの料理、私は好きですよ」
「黒雲さん……!」
黒雲の言葉は、素直に嬉しい。
まどかは緩む頬を隠すことなく、自分の料理を平らげていく。
最近はどういう訳か九十九神はまどかのもとには現れない。
本来ならばまどかの存在により力をつけ暴走する九十九神は、まどかに引き寄せられる、というのが晴明たちの見立てだった。
「う……ん……」
確かに九十九神は現れない。現れないのだが、時折まどかは夢を見る。九十九神たちの夢だ。
黄泉の世界の、九十九神の。
皆まどか――イザナミに懐いていて、まどかたちは幸せに暮らしていた。そのはずだった。
『憎い、憎い』
その平穏を壊したのは、紛れもなく康仁――イザナギである。
神との対立により、イザナミは未来永劫の罰を受ける。九十九神を討伐する罰だ。
そして九十九神もまた、犠牲者なのだ。
黄泉からうつしよに移された九十九神たちは、力の制御が出来なくなった。それは九十九神が本来、黄泉に存在するものたちだからだ。
うつしよの九十九神たちもまた、まどかを待ち望んでいた。自ずから望んで暴走している訳では無い。
イザナミの生まれ変わりであるまどかによって、在るべき場所に帰りたい。
九十九神の感情が夢のなかからまどかに伝わる。だというのに、翌朝にはまどかは全てを忘れる。それまでもが神から与えられた罰であることに、気づくことすら許されない。




