五十七、神主と八咫鏡
五十七
三重は伊勢神宮。
まどかたちは一週間ほどかけてそこにたどり着いた。
大きな鳥居は、未来で見たものより厳かで、まどかは深呼吸ののち、ひと思いに鳥居をくぐり抜けた。
「っ!」
バンッ!
と、霊力が流れ込むのは予想内である。しかし、
「アナタは……」
鳥居の先に、神主の姿があった。出雲大社のときと同じ姿形をした、神主だ。
「お待ち申しあげておりました」
しかし、出雲大社とは違い、今回はまどかたちを歓迎しているようだ。よくよく見れば、その手に八咫鏡を持っている。
明らかに行動を見透かされ、まどかのみならず、晴明も黒雲も、康仁すらも緊張している。
「皇子さま。貴方が三種の神器を手にするか相応しいか、見極めさせてもらいます」
「なんだ――」
康仁の体がはらりと倒れた。慌てて晴明が体を支えたものの、康仁の意識はない。もっと言えば、顔は蒼白であるし、息も浅い。
晴明はすぐさま康仁を黒雲にあずけて、式神を何体か顕現する。
「皇子さまの魂をお返しください」
「ならぬ」
穏やかだった神主の顔が怒気に染まる。びりびりと伝わってくる霊力に、まどかは立ちすくんだ。
「晴明さん……あのかたは……」
「おそらく神か、それと同等の存在か……」
足が動かない。手すらも。
康仁を横目で見れば、相変わらず弱々しく息をするのが精一杯だ。
「その者が生きるか死ぬかは、その者自身にかかっています。ゆえに」
神主の姿が消えていく。半透明になり行く神主に、まどかが叫んだ。
「皇子さまを返して!」
バチバチバチ!、っと音がする。雷鳴に近い轟と共に、まどかの霊力が爆ぜた。
消えかけた神主の体が再び鮮明に浮かび上がる。その顔は、笑っていた。
「腐っても神……イザナミなのだな」
「……ち、がう……私はイザナミじゃ……」
しかし、まどか自身も驚いた。怒りに任せて放った霊力は、今までの比にならないほどの力を放った。
それが恐ろしくなり、まどかは再び霊力を閉じた。足をすくませた。
「皇子さまは今、ご自身と戦っておられます」
「それはどういう意味……」
「あとは、信じて待ちなさい」
今度はまどかも干渉できない。神主はすうっと姿を消した。
「ここは、どこだ?」
真っ白な空間、あるいは真っ黒な空間。康仁はそこに、たたずんでいた。
「父上、母上」
子供の声にはっと振り返る。聞き覚えのある会話だ。これはそうだ、康仁の幼き頃の記憶にほかならない。
「わたしはいい子になりますゆえ。だからわたしを捨てないで」
天皇陛下の御所から、今の御殿に移された日の記憶だ。確かそれは、五歳の頃だったと記憶している。
愛されたくて、捨てられるのが怖くて、康仁はいつだって怯えていた。
「つまらん。そなた、わたしに歯向かうのか?」
御殿に移されてから、自暴自棄に陥った。いわれのない罪で家臣を裁き、虐げる、命を奪ったことさえあった。
だが、実際に康仁の命を狙う輩がいたのも事実だ。敵がなんなのか、疑心暗鬼に陥るばかりで、毎日生きた心地がしなかった。
「うまいな、これは」
そんな日々を変えたのは、まどかの存在だったのかも知れない。最初はへらりとしたまどかが理解できなかった。だが次第に、まどかの純粋さを羨ましく思うようになっていた。
そして、康仁は呪いに立ち向かう決意ができた。他人に優しくしたいと思うようになった。
「だからといって、俺の今までの横暴は許されまい」
まどかとの記憶をかき消す。
犯した罪は未来永劫許されない。晴明が言っていた言葉だ。あの時は信じたくなかった言葉も、今となっては真理なのではと思わされる。
本当に?
その言葉を受け入れたら、イザナミの――まどかの罪が未来永劫許されないということになる。
「……この。この、この!」
抗う。
康仁にまとわりつく呪いを、諦めの心を。
必死にもがく康仁に、キラリとひかるなにかが見えた。
「……!?」
手を伸ばす。真っ直ぐに、迷うことなく。
光に手が届いたその時。康仁の目の前がパッと開けた。
「……ん……」
目を開けば、まどかをはじめ、晴明や黒雲が康仁を囲んでいた。
「なんだオマエたち。その呆けた顔は」
起き上がる康仁に、まどかがきゅっと手を握りしめる。
「丸一日、寝ていたんですよ」
涙ぐむまどかに、康仁は思わず手を伸ばした。頬に触れ、涙を拭い、そのまま頭を撫で付ける。
「俺は死なん。約束する」
ふあっと笑みを浮かべる康仁に、まどかの胸がひどく締め付けられた。




